VII-8罠
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「なーっはっはっはっはっはー!!ざまあ見ろなんだな、ルニアーパゴスめぇ!!」
オイラは机に突っ伏した人間達を代の上から見下ろし、しばらく勝利の高笑いをしていたんだな。
また前みたいにルニアー達を殺させるわけにはいかないんだな。オイラの作った罠や“幸福の花”から脱出したのは予想外だったけど、何とか上手くいってよかったんだな。
「さあぁぁてと、こいつらを〜縛り上げてーっとぉ……どうしようかなぁ〜?外に吊るそうか〜、エサにでもしようかなぁ〜」
オイラがあれこれ考えながら長い縄を用意していると、
「エサは勘弁してもらいたいなー」
不意にセリナって言う子の声がしたんだな。
そして、次々に立ち上がる影達。
オイラの手作り眠り花粉入りのお茶を飲んだはずなのに、この人間達は何事もなかったかのように平然と立っていたんだな。
「なあ〜!?なんで!!そそそそそんなはずはないんだな!何であれを飲んでもへーきなんだな!?」
「へへへ…実はこの天才的な鼻を持つロウ様が、敏感に危険を嗅ぎ取って――」
「ロウ、嘘は良くないよ?」
一番小さい子が踏ん反り返って言い始めたところを、一番大っきい人間が止めたんだな。
「ごめんなさい。最初にアルミスさんとウェーアさんが言い出したのです。それで、全員で手分けをしてノームさんのお家の中をあさらせて頂きました」
「そんで、この眠り花粉入りのお茶っ葉が出てきたって訳なのさ」
銀髪のナギが詫びを入れると、ロウは眠り茶の入ったビンを取り出したんだな。
「ど、どどどどこ、どの辺からオイラが――」
「ま、言ってしまえば、お前が姿を現した時から怪しいと思っていた」
今までの計画がみーんなバレてたと知ってうろた狼狽えると、赤眼の…男が呆れたような、嘲るような顔をして言ったんだな。
くっそぅ、不覚なんだな!どーしてバレたんだろ?オイラの計画はカンペキだったはずなのにぃぃ!!よおぉし、こうなったら………
「ねえ、何で私たちにこんな事をしようとしたのか教えてくれない?私たち、あなたに危害を加えようとしてここに来た訳じゃな―――」
さも優しげに話し掛けてきたセリナの言葉を、重々しい騒音が遮った。続いて沸き起こる驚愕の悲鳴に、オイラはニンマリしたんだな。
「なーっはっはっはっはぁ!上手くいったんだな!“どこでもできる家庭的で簡単な罠百科!!”これでもう、外に出ることはできないんだな、ルニアーパゴス!!」
パゴス達の周りには、鉄の檻が落とされていたんだな。実はオイラ、こいつらを縛るために用意していた縄と一緒に、鉄檻を降ろす為の縄も一緒に持ってたんだな!
「これは…簡単でも、家庭的でもないだろ…」
赤眼の男がボソリと呟いたけど、あえて無視してオイラは胸を張って言ったんだな。
「これでもう、悪さはできないんだな!!」
「ちょ、ちょっと待って!どういう事なの?私たち、まだ何にもしてないよ?」
「俺たちはファタムの動物を狩りに来た訳ではない」
「ルニアーパゴス(動物食い人)などではありません!」
「赤目菌はいいとして、なんであたい達をこんな目に遭わせるのさ〜!出せー!!」
とか何とか喚き散らしてきたけど、オイラはまた無視をして外に出る梯子に手を掛けたんだな。
「じゃ、オイラが戻ってくるまでおとなしくしてるんだな。そうは言っても、暴れられないだろうけどね。ニャハハッ!!」
オイラはこいつらが出られない事に安心して、いつもの見回りに出かけようとした。けど、そこを赤眼の男が引き留めたんだな。オイラはむっとしながらも振り返って、男の質問を辺に思いながらも、答えてやったんだな。
男はこう言ったんだな。
「ちなみに、どろぎょんとか言う奴は、生き物なのか?」
「どろぎょんはオイラの作った人形なんだな。オイラの言う通りに動くけど、生き物じゃあないんだな」
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ノームが出て行った後、自分達はどうしようかと考えていた。
まさか、こんな罠まで用意してあるとは思わなかった。
「まぁ、まずはここから出なきゃな。捕まえて逃げないようにしてからでないと、話も聞いてくれそうにない」
ウェーアさんが言うと、
「だから、どーやってここから出るって言うのさ!!」
当然のごとく、ロウが噛み付く。けど、今回は正当な意見だ。全員で力を合わせても、これをどかす事はできそうにない。
「ああ、それなら任せておけ。――できる限り退ってろ」
そう言うとウェーアさんは、すらりと抜刀した。まさか、それでこの鉄の檻を切ろうとでも言うのか。
「何をするおつもりですか?いくらその剣とはいえ、鉄は…」
「まあ見てろって」
心配したナギさんの言葉を遮って、彼は自信満々に宣言し、赤みを帯びた長剣を横に構える。そして――
「――う、そさ…」
それは一瞬の出来事だった。
ウェーアさんの剣が風を切って2度、閃いたと思ったら、次には乾いた音を立ててそこそこ太い鉄の棒がきれいに切断されていた。
「ん?どうした、出たくないのか?」
自分たちが唖然としていると、何事もなかったかのように檻から出た彼が振り返った。
と、どこからともなく突然、あの泥人形が湧き出てきた。
自分はウェーアさんに背後に現れたそれを警告しようと、口を開く。けれどもその前に、ウェーアさんは体ごと旋回して泥人形を一文字に切り裂いていた。切られた人形は、地面に溶けるように崩れていく。
「切ってしまってもよろしかったのですか?」
さっきの衝撃の残滓を残したまま、ナギさんが言った。
「一応確認したからな。さっきあいつ、これ泥人形のことを生き物じゃないって言ってただろう?」
「あ、そういえばそうさ」
ウェーアさんの言うことに自分も頷き、尋ねた。
「その剣、相当丈夫なんですね」
「ん?ああ、特注だからな」
彼はさらりと言ったけれど、自分はいくら丈夫だからと言って、剣で鉄を切ることができない事ぐらい知っている、彼もそれを承知で答えたようだった。
危険な人ではないようだけれども、どこか謎めいた所のある人だ。
「ねえ、どろぎょんって、1体だけ?」
セリナさんが言いながら出口に向かうと、ぞわぞわと泥人形が湧き出てきた。1体や2体どころじゃない。自分たちを取り囲むように。後から後から出てくる。
「上へ!!」
さすがに数が多すぎるので、自分達は逃げ出した。
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ノームさんの家から脱出した私たちは、暗くなってきた空の下を必死に逃げていました。
けれども追っ手は泥。元々は土からできているので、幾度となく私たちの目の前や足下に現れては行く手を阻みます。その度に、ウェーアさんやアルミスさんが助けて下さいました。
私たちはいつの間にか森から草原へ、草原から土が剥き出しの荒地へと向かっていました。これでは、彼らの格好の獲物になってしまいます。その証拠に、後ろや横手からは大勢にじり寄って来ていますのに、前方はまったくと言っていいほどいません。
ついに草原と荒地の境まで追い詰められてしまった私たちは、互いに背中を合わせてドロギョンさん達と睨み合いました。
「どこか、ドロギョンさん達の手の届かないような所へ逃げなければ、私たち食べられてしまいますよ?」
私は早口に言いました。もう、どうすればいいのでしょうか。焦りばかりがつの募ってしまい、満足に考える事もできません。
「そうだな。…ん?まてよ。つち…土、か。もしかしたら――」
「なんかいい作戦があるんなら、早く言うさ!」
「ああ、わかっている。――フォウル。先と後、どっちがいい?」
「…ウェ、ウェーア?冗談だとは思うけど、まさか…正面突破なんて、しないよね?」
勘鋭く尋ねるセリナに対し、ウェーアさんは口の端を吊り上げて、楽しそうにおっしゃいました。
「その“まさか”だ」
・・・この頃やけにウェーアさんの行動が大胆になっている気がします。歯止めの効かない子供のようで、見ていてとても恐いです。
「……先に行ってもいいですか?」
「ああ、構わない。そうだな…あの1番高い木に向かってくれ。ロウを真ん中に、君達は足下に注意をしてフォウルに続け」
そうして、冷戦状態を破った私たちは、襲い掛かるドロギョンさん達の中へ飛び込んでいく羽目になりました。
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ウェーアの指示に従って、私たちは無謀ともいえる作戦に出た。
前から順にアルミスさん、ナギ、ロウちゃん、わたし、ウェーアと並んで、この辺りで1番背の高い木を目指し、走り出した。
アルミスさんは前方に現れる泥人形をな薙ぎ倒し、ウェーアは後ろから私たちを守る。女3人は、足下から伸びてくる手などを避けたり蹴飛ばしたりして先を急いだ。
逃げても倒してもきりがない。このドロギョンはどうやらオートマ自動操作らしく、ウェーアに言わせれば、穴の中で襲われた時のより動きが鈍いらしい。それでも、この数ではどうしようもない。
息が切れてのどの痛みも相当なものになってきた。けど、止まることはできない。止まったら最後、泥の中に引き込まれて……ああ、想像もしたくない。
何度もドロギョンに足をとられて転びそうになったけれど、その度に周りの人形を切り裂きながらウェーアが助けてくれた。
やっとのことで、目指していた大きな木が見えてきた。どうしてここを選んだのかはわからないけれど、ウェーアが言ったんだ、何とかなるかもしれない。
巨木は、根が大きく地面から飛び出ているものだった。月の明かりの元、薄ぼんやりとそれを確認することができる。あと少しだ。
ところが、不意に土と頭を出した根っことの境界線に、今まで以上のドロギョンがにょきにょきと生えてきた。
「フォウル換われ!!」
止まりもせずに後ろから声がかかり、濃い緑の筋がわたしの傍らを通り過ぎる。入れ替わりに大きな体か逆を行き、わたしの後ろに迫っていたらしい1体を太い棒で薙ぎ払う。
ほんの一瞬、楕円形の空間が周囲に生じた。けれども、一瞬は一瞬でしかなく、それはすぐに泥人形達に埋められてしまう。
今度はウェーアが先に立ち、見事な剣さばきで行く手を塞ぐ泥人形を倒していった。わたしも負けじと、横から来るそれらを拾った棒で遠ざける。
と、急にドロギョンの林が開けた。どうしてかはわからないけれど、ドロギョン達は木の根が出ている所より中には入れないようだ。ウェーアはそれを狙って、ここを目指したんだろうか。
「――うっ」
低い呻きと共に、重いものが落ちる音がした。安全圏の中に入ったわたしは、その声にハッと振り返る。
「兄さ!!」
アルミスさんが倒れていた。見る見るうちに彼の大きな体は泥にまみれていく。
何度も棒を振るっては、近づけまいとしていたけれど、結局は数の多さに勝てなかった。
ほんの、一瞬の事だった。
「フォウル!」
「来ちゃだめです!」
飛び出すウェーアに、アルミスさんは抵抗しながら言った。
“何を言っている”とウェーアは群れに突っ込んで行く。
ロウちゃんが泣きながら兄の名を呼ぶ。
ナギがロウちゃんを押し留め、悲痛に顔を歪めていた。
わたしは、自分は何もできないのかと、あきれるほど呆然とその光景を見ていた。
ウェーアはなかなかアルミスさんの元へいけないでいた。それどころか、今にも泥人形達に取り押さえられてしまいそうだ。
アルミスさんは、たくさんの手に捕まりながらも、必死に逃れようともがく。
わたし、は―――
「二人から離れろ!」
不意に誰かが叫んだ。
わたしの体は、動きの止まった泥人形達の中へ、ウェーアとアルミスさんの所へと駆け寄っていた。
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正直言って、驚いた。
セリナのあのはき覇気に、俺も一瞬気圧されたほどだ。
彼女が駆け寄って来る時、泥人形達の動きは完全に止まっていた。その隙を突いて切り崩し、彼女と共にフォウルを助けた訳だが…なぜか泥人形達はそれ以上襲ってこようとはしなかった。崩れたまま、姿を起こそうともしなかった。
何故?
あの時、セリナに何が起こったというのだろうか。
“アルミスさんを放せ!!”
“ウェーアに手を出すな!!”
言っている時は、怒りとも焦りともつかない表情だった。ただただ必死に、懸命に俺達を助けようとしていた。そうとしか、見えなかった。だと言うのに、なぜ……
思いを廻らせながら淡い月の光が映る水の中にいた。幸運な事に、逃げ込んだ樹木の付近を小川が流れていたのだ。そこで俺は泥にまみれた靴を洗っていた。外套は、セリナ達がついでにと洗ってくれている。
水が熱を持った足に心地よかった。
疲労感と、とりあえず助かったという安堵感で肩が重かった。以前にも似たような出来事がなかった訳でもないが、何分今回はお荷物が多すぎる。疲れが出ない方がおかしい、か。
「ご飯ができましたよ、お姉様方」
ロウに“呼んでもないのに来るな!”とか言われそうだが、俺は濡れた靴を片手にそちらへ向かった。フォウルが俺の分も用意してくれているだろう。




