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VII-3罠

□□□


 「あ〜ぁ。お姉様達、今ごろ何してんのかな〜」


 あたいは今んとこなーんにも起こらない穴ん中を、赤目菌からはなれて歩いてる。

 あれから何回も横穴とか分かれ道があったけど、こいつは立ち止まりもしないでどんどん進んでいったさ。

 (どうしてああも、スパって決められんのかなぁ。やっぱこういう所だと、さんざん悩んだ後に“こっちー!”てなると思うんだけどなー。)


「何をぶつぶつ言っているんだ?」

「あんたの悪口さ」

半分振り返った赤目菌に、そう叩きつけてやった。けどこいつは、赤い目で面白くもなさそうにあたいを見て、フィッて前を向いたさ。

 (ちぇっ。怒りもしないさ。)


「……………ねえ!何とか言ったらどうなのさ!!」

なんか後になってムカついてきて、黄色い光にボンヤリ浮かぶ背中に怒鳴りつけてやった。


 赤目菌はため息を吐くと、肩をすくめながら、

「つまりお前は、俺にかまってほしいのか?“赤目菌・赤目菌”とさんざん言っておいて」

「うるさいさね!あんたが何にも言わないから、せいせいしてたとこさ!」

「………ムジュンしまくりだな」

またため息吐きながら言う態度が、余計に腹が立ってあたいはいつの間にか怒鳴ってたさ。

「訳のわかんないこと言ってんじゃないさ!」

「素直に“むずかしい言葉で意味がわかりません”って言えないのかお前は」

赤目菌は鼻で笑って、目を細めてとなりにいるあたいを見下してきた。

「ふーんだ!もういいさ!あんたの顔なんか二度と見たくないさね!!」

「あー、わかったわかった。――ん?ああ、ちょうどいい」

赤目菌はバカにしたように言うと、左を指した。あたいがそっちに目を向けると、天井の高い横道があったさ。

「俺はこのまま真っ直ぐ行く。お前はこっちに曲がるといい。お互いに目障りな人間と別れる――どうだ?」

「ふ、ふん!いいさ。あんたがどうしてもって言うんなら、そうしてやってもいいさ。け、けど、後で“やっぱ一緒に行かせてー”って言っても聞いてやんないからね!」

あたいはそこまでいっぺんに言っちゃうと、ズンズン横道に入っていったさ。

「ま、せいぜいガンバレよ」



 ブツブツ赤目菌の悪口を言ったり、お姉様や兄さの事を思いながら進んでると、



 ―――ひた   ひた   ひた   ひた   ・・・・・・


 って、誰かの足音が聞こえてきたさ。

 びっくりして止まると、向こうも2・3歩ずれて止まる。

 そしてまた歩き出すと、


 ―――・・・  ひた  ひた  ひた  ・・・・・・


まるであたいの歩きに合わせてるみたいで、気持ち悪いさ。

 (そうだ!きっと赤目菌がガマンできなくなって、ついてきたのさ!)

そう(半分希望)思って、勇気を出してふり返って言った。

「ぁ赤目菌!あんたなんでしょ!?わわ、わかってんだからね!さっ、さっさと出てくるさ!!………返事ぐらいしたらどうなのさ!!」

情けないけど、あたいの声はとても落ち着いてるって感じじゃなかった。

 (あ〜!お願いだから、せめて赤目菌が出て来い!!)

そんな願いに答えたのは、


 ―――ひた ひた ひた・・・・・・


少し早さの上がった足音だったさ。


「ひっ…」

 (あ、赤目菌のバカヤロウ!!)


あたいは心の中で叫びながら走り出したさ。そんで、すぐ近くにあった横道に入った。


 ―――ひたひたひたひた・・・・・・


 そしたら向こうも走り出して、しかもこっちに曲がってきたさ!

 後ろのヤツはどんどん近付いてくる。足音がさっきよりもっと大きく聞こえる。

 あたいも負けずに全力で走り出した。

 (こうなったら根比べさ!)


 ―――ひたたたたたたた・・・・・・


それでも後ろのヤツは、あたいと同じように速さを上げた。もう、すぐ後ろにいるって事がわかったさ。その距離は、そいつがウデを伸ばせばすぐにあたいを捕まえられるぐらい。

 あたいは思わずふり返っちゃって―――


「――っ!?ぎゃ――――――!!!」


だんぜん、速さが上がったさ。


 そいつは、うにゃ、それは人の形をした何かだった。全身ドロドロしてて、顔にはポッカリ開いたでっかい口だけ。で、頭のてっぺんから何か飛び出てたけど……それどころじゃない!!


 今はとにかく走るのみ!!


 ―――ひたたたたたたたたたたた………


 (くっそーぅ!!そんなに速く走れそうなヤツじゃなかったのに!)


 走れ!


 とにかく走れ!!


 走るんだあたし!!!


「わっ―――っでぇー」

あたいはもう一度ふり返ったひょうしに何かにつまずいて、すっ転んだ。

 ベシャッて地面におもいっきり倒れこんだあたいは、すぐに起き上がろうとして、


「げっ!」


あのバケモノの口が近付いて来たことに気付いたさ。

 あたいが悲鳴を上げることもできずに必死で座ったまま後退りすると、そいつは口をもっと大きく開けてせまって来る。


「あ、あああっち、あっち行ってよ!来るんじゃないさ!どっか行けっ!お…お願い、だからぁ〜…」


 声がどんどんしぼんでったさ。

 (こんな脳みそも入ってなさそうなヤツに何言ってもムダさね)

 あたいの頭なんて一飲みにできそうな口は、ちょっとずつ、ちょっとずつ近付いてきて――




 背中がカベに当たった。

 

 こっちは行き止まりだったみたい。



 「だっ」



あたいは届かないってわかってても、言わずにはいられなかった。


「だれか、だれか助けて!!―――っ!?きゃあぁぁぁぁ!!」

あたいの声が引き金になったみたいで、バケモノは一気にせまって来た。


 意味ないのに、頭抱えてうずくまる。



(食われる!食われる食われる死んじゃう!!!!!)





 ・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?







 ――――ガブリッ!!


 ――って、くると思ったんだけど、なかなか来ない。ひょっとして痛みもないまま死んだのかなって顔を上げたら、


「……親父?」


少ない明かりの中、あたいとバケモノの間に立って、バケモノを止めている人がいたさ。


「何寝ぼけたことを言っているんだ。早く逃げろ!俺の力じゃ、あまり持たない」

「あ、赤目菌!?何であんたがここに―――」

「二度も同じ事を言わせる気かっ!!」

「はっはいな!」


あたいは赤目菌に怒鳴られて、一目散に逃げ出した。

「突き当りを右だ!」

声の通りに走ったさ。


 右に曲がってしばらくして、また何かにつっかかって転んだ。もう起き上がる気もしなかったから、そのまま寝転んで息を整えたさ。



「――ん?死んだのか?」

「まっ…まだ、生きて、る・さー」

赤目菌は追いつくなりムカつくことを言った。

 (ちゃんと息してるさ!!)

「そうか。ま、とりあえずご協力かんしゃするよ」

「あ?ど、…どゆ意味さ」


 もう少したってあたいが動けるようになると、前を歩きながら赤目菌が説明したさ。

 それがまたムカつく事に、赤目菌はあたいとコイツが言い争う前から、何かが後をつけて来てたのを知ってた。そんで、そいつを足止めしたかったから、あたいをオトリにしたのさ。赤目菌は“ニジュウビコウ”して助けに来るつもりだったんだけど、あたいが急に道を曲がっちゃったから見失って、来るのが遅れたのさ。


「けど、結果的には上手くいったんだ。そう怒るな」

 赤目菌は軽い調子でカラカラ笑って言った。

 

 これが怒らずにいられる訳ないさ!!


□□□


 この得体の知れないモノと対峙し、仄暗い明かりに照らされたその全貌ぜんぼうを見た時、嫌悪にも似た戦慄が走った。

 皮膚が泥のように滴り落ち、顔には巨大な口しかなく、あろう事か頭上に付いた触角には、目玉らしきものがユラユラと揺れていた。“不完全な人の形をした泥人形”と言ったところか。事実、それと組合った時に手が泥だらけになった。不愉快極まりない感触だ。

 人形は1体だけだったので、足止めするのは簡単だった。だが、多少なりとも自分の意思で動いているのなら傷つける訳にはいかず、少しの間この場に留まってもらう事にした。

 俺は隙を突いて泥人形の背後に回り、“力”で壁を作った。これで、我々が逃げる時間を稼ぐことができる。

 泥の付いた手を布で丁寧に拭い、餞別せんべつとして襲い掛かろうともがくそいつにくれてやった。そしてロウに追いつき、今に至る。


 途中、何度目かの休憩を取っていると、珍しく黙っていたロウが口を開く。

「そいやーさー。流れで付いてきちゃったけど、何でファタム・ゾウムに来なきゃいけなかったのさ?」

「…出発する前に言ったはずだがな。“知る必要はない”と」


 不審に思うのは当たり前だった。ゼルチップを採りに行く訳でもないのに、このような奥地まで危険を冒しに来る者など皆無だ。

「いいじゃん、教えてくれたってさー」

 ロウの場合、セリナのように話をそらしても食いついて離れそうにない。そこで俺は、事の(かいな)で程度を教えることにした。

「とあるものに、用事があって来た」

「ファタムに人が住んでんの?」

「さあな」

「じゃ、“とあるもの”ってなんなのさ」

「とあるものだ」

「そんなんじゃわかんないさ!はっきり言え!!」

「お断りしよう」


 このようなやり取りが延々と続き、やがて道も登りになってきた。



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