VII-2罠
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「いったたたたたたぁ〜。もう、何なのさ!―――って、ここどこさ?」
あたいの頭ん中、ただ今大混乱中。いきなり落っこちちゃうんだから、びっくりしたさ。
「おい」
起き上がったあたいを迎えたのは、ものすんごくキゲンの悪そうな、イヤーな声。
「あれ?赤目菌、そんなところで何してるさ」
「寝ぼけているヒマがあったら早くどけ。男菌とやらを感染させてやってもいいんだぞ」
あたいのシタジキになっていた赤目菌――ウェーアとか言うヤツ――はかなりのゴキゲンナナメ状態とみたさ。
(は〜、こんな事ぐらいで怒るなんて大人じゃないさね〜ぇ。)
けど、感染させられるのはゴメンだから、しかたなくどいてやったさ。(ああ、なんて心の広い女なんだろ、あたいって)
一人感心していると、小さな舌打ちと“高いな”って言う声がしたさ。それにつられた訳じゃないけど、あたいも上を見上げた。
遠くの方に青くてきれいな空と、草が少しだけ見える。あとはまるーく全部土。まるで、タテに立てられてる筒の中さ。
(兄さやお姉様たちの声は聞こえないし…どうしたんだろ。このまま赤目菌なんかと2人っきりなんて絶対にイヤさ!早くこっから抜け出さなきゃ!)
そう気合を入れていると、いつの間にか赤目菌がいなくなってた。まさか、1人で逃げたんじゃ―――って思って振り返ると、そいつはいた。
「何やってんのさ」
しゃがみこんで何かやってるそいつの背中を、つま先で軽く蹴ってやった。
「………………」
けど、こいつはちょっと動いただけで何も言わなかった。
(まさか、出られそうにないからってゼツボーに浸ってんじゃないさねぇ。あ〜ぁ、これだから男菌は―――)
「…あっ」
赤目菌が明かりを点けると、そこには横穴があったさ。
あたいは似合わないモノクル片眼鏡なんかかけて、ずーっと何もない横穴を見ている赤目菌の横を、
「何でさっさと行かないのさ」
って、言いながら通りすぎて暗い穴の中に入ろうとした。
「ロウ――」
「何さ!」
あたいは記念すべき第一歩をふみ出しながら、なれなれしく名前を呼ぶ男をにらむ。そしたら、
―――ヒュッ
って、何かがうなって、土に突き刺さるニブイ音が足元でしたさ。
「…ワナがあるから気を付けろ」
全く変わろうとしないしゃべり方で、赤目菌がつぶやいた。
あたいの足のすぐ手前には、細い矢が突き刺さってたさ。
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俺は暗闇でも目の利く片眼鏡をしまい込むと、鞘から長剣を引き抜いた。次いで、おもむろ徐に横穴目掛けて軽く一振りする。と、
「うわっ!?」
壁や地を打つ連続音の合唱に、ロウが目を剥いた。これで驚かない方が異常なのだろうが、この後が面倒で仕方がない。
大抵、こう言う。
「い、今…何やったさ」
「罠を全て作動させたんだ」
肩を竦めてそれだけを言うと、なぜか膝から下ばかりに突き刺さっている武器の類を踏み付けながら、ゆっくりと暗闇の中へ入って行った。
後ろでブツブツと文句が聞こえたが、無視をする。今は一刻も早くここから抜け出さなければ。
おそらく、他の3人も俺達と同じような状況に陥っているのだろう。かすかにだが、落ちた後に別の叫び声を聞いた気がする。皆、無事だといいが…。
大きな荷物はクダラに積んであるので諦めるしかないだろう。運がよければまた見つかるかもしれない。
罠のあった所を通りすぎると、所々が光る別の穴に出た。確認すると、暗い所で光を発するコケの一種だった。あまり詳しくないため名前は知らないが、好都合だ。空気もちゃんと通っている。
しばらく行くと、道が2手に分かれていた。俺は迷わず右を取る。が、止められた。
「ちょっと!何で何も考えずにそっちに行くのさ!?って言うか、こういう時って左行きたくならない!?」
「人間の心理や行動学では、人は知らない場所で迷ったりすると無意識に左を選ぶ例が多いらしい。もしかしたら、それを踏まえて罠や行き止まりがあったりするかもしれないから、俺はこっちを選んだ。――いいんだぞ?別に。1人でも大丈夫だって言うんなら、そっちへ行っても。止めはしない」
無論、本当の理由は違うが、俺は丁寧に説明してやり、彼女に判決を促す。だが、ロウはあまり理解できていない様子で、しばし悩んでいた。解りにくかっただろうか?
「し、仕方ないさね!あんた1人じゃ頼りないから、あたいもついて行ってやるさ!!」
…素直じゃない。1人で行くのが怖いのならば、そうとはっきり言うか、何も言わずに頷いておけばいいものを…。ま、ロウが素直になった日には、天変地異の嵐となるだろう。
俺は鼻で笑って身をひるがえ翻す。
後ろからは怒号が追って来た。
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横穴が開いていると気付いた自分達は、一縷の望みにそこへ行くことにした。幸い、空気は通っているようで、息苦しくはない。
そこを抜けると、辺りがほんのりと明るくなった。光の素はヘリゴケと同じ形の植物だったけれど、それにしては大きさが桁外れに大きい。一粒が親指の爪ぐらいある。その塊が、道なりにぽつぽつとあった。
仄暗い洞窟は枝分かれが多かった。行き止まりに何度も遭う。まるで、巨大な迷路の中に放り込まれたみたいだ。それを知ってか知らずか、ナギさんはここに入ってからずっと自分の右側で手を壁に当てながら歩いていた。
どのぐらい歩いたのかはわからないが、しばらくして少し広い所に出た。
「…どれに行きましょうか」
道が3つに分かれていた。2つは同じぐらいの大きさで、真ん中は少し狭い。
「そのまま壁伝いに行くわけには――」
「時間がかかりますよ?」
確かにそうだった。ロウやセリナさんやウェーアさんの事も気になるし、ここで何日も過ごすこととなると、食料の問題も出てくる。もしかしたら、一生迷い続けてしまうかもしれない。
「アルミスさんは、どちらへ行きたいとお思いですか?」
のんびりと、ナギさんが聞いてきた。
「そう言うナギさんは?」
自分は自信がなくて、そう聞き返した。
「「……………」」
互いに相手の思うところを探るように黙った後、
「「こちらを」」
ほぼ同時に、自分と彼女の腕が交差した。
彼女は左を。自分は右を。
「決まりですね」
手を下ろすとナギさんは笑って、真ん中の穴へと足を運んだ。
自分は感心しながらその後について行った。
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三択の間から出て、人ひとりの幅の道をしばらく行きますと、また小さな広間に出ました。けれども今度は、道は分かれていません。正しかったのか、そうでないのかは判りかねますが、悩まずに進めるので、私にとっては都合のよいことです。
「待ってください」
広間の中ほどで、アルミスさんに止められました。
「どうかなさったのですか?」
「…何か、聞こえませんか」
そう言われて耳をすましてみますと、何やら複数の足音が近付いて来るようです。けれども、人にしては…。
私は短剣を取り出したアルミスさんの後ろに退けられ、静かに緊張してその“何か”が視界に入るのを待ちました。そして――
―――トットットットットッ……
「…え?」
姿を現したそれに、私は目を疑いました。
「サキュラー?」
そう、ラービニでよく見かける、あのフワフワと丸い生き物です。けれども、目の前にいるのは黒ではなく、真っ白なサキュラーでした。それに、彼らは地上で生活する生き物です。このような暗い穴の中にいるはずがありません。
純白のサキュラーは足元まで来ると、私たちを見上げて“なあに?”とでも言うように体を傾けました。普段、こんなにも人に近付く事なんてないはずです。なのに…。
私の隣でハッと息を呑むアルミスさんは、恐るおそるサキュラーに手を伸ばし、白いフワフワの毛を撫でると、
「かっ…」
「“か”…?」
突然、どうなさったのでしょう?頬を紅潮させています。
「かわいい…」
「あ、アルミスさん…。確かにかわいいですけれども…」
そういっている間にも、他の様々な動物達が入ってきて、私たちを取り囲んでいきます。アルミスさんは、早くも嬉しそうに戯れ始めてしまいました。
これは、誰かが意図的に仕掛けたのでしょうか。だとしたら、おそらく土の精霊が。という事は、私たちはまんまと精霊さんの罠に嵌ってしまったという事になります。
私は逼迫感に圧迫されて、
「あ、アルミスさん!そのような事をしている場合ではありません。早く行きますよ!」
らしくもなく怒鳴り、動物達に取り囲まれている彼を引っ張り出すと、私は足早に先を急ぎました。
行かせまいと阻む動物を、傷つけないように避けながら広間を抜けると、彼らはもう追っては来ませんでした。
しばらくどちらも無言で歩き、休みを取ると、アルミスさんがお詫びを言いました。
「すみません。自分、ああいう可愛いものを見ると、周りが見えなくなってしまって…」
小動物が特にお好きなのだそうです。
「これからは気を付けて下さいね?」
一応釘を刺して、再び迷路をさ迷い始めました。
他の三人は大丈夫でしょうか。
とても心配です。
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少したって、壁の一部に穴があるって気付いたわたしは、ちょっと迷って入って行った。
周りはボンヤリと黄色に明るい。とりあえず足元は見えるから、明かりはいらない。
何度も曲がり角を曲がって、方向が全くわからなくなった。けど、ずーっと一本道だから迷うことはなさそう。やばくなったらいつでも戻れるし。
何時間ぐらい歩いたのかわからない。
太陽の光の届かない薄暗い穴の中を、黙々と歩いていても、何の出来事もなかった。
ただ道が続いているだけ。
もう少し時間が経って、お腹が空いて木の実と水を少し飲んだ。
また延々と歩く。
「………たいくつ」
ポツリと声に出して呟く。
危険なことには遭いたくないけど、何も起こらないっていうのもつまらない。
「皆どーしてるかなー」
色々と想像を繰り広げながらてくてく歩いて、
「…………タイクツ」
また呟いた。




