VI-10幸・不幸
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結局、いくら探してもセリナは見つかりませんでした。いったい、どこへ行ってしまったのでしょうか?
約束の時間が近付いてきたので、私とウェーアさんは川を伝って水源へ戻ることにしました。
アルミスさんとロウちゃんが、見つけていて下さるといいのですが…。
―――バシャン!!
何か、大きなものが水に落ちたような音がしました。その音が私の耳に届くと同時に、
「セリナ!?」
ウェーアさんはいきなり叫び、一目散に走って行ってしまいました。私も慌てて追います。が、彼の足はとても速く、どんどん放される一方です。
私が追いつくと、ウェーアさんは石版の浮いている泉水の中で、誰かを抱えて立っていました。その向かい側からは、アルミスさんとロウちゃんが木々の間から姿を現しました。
「セリナお姉様!!」
「――セリナ!?」
ロウちゃんの叫びで、ウェーアさんの腕の中にいる人物がやっとわかり、私は駆け寄りました。ウェーアさんが、そっとセリナを黄金色の草の上に横たえます。
「セリナ!セリナ!?」
彼女の上半身を抱き上げてもずっしりと重く、全く動こうとはしませんでした。
「大丈夫だ。寝ているだけで、たぶん身体に異常はないと思う」
ウェーアさんに言われて、ホッと息をつきました。確かに、よく見ると胸が上下していますし、顔色もいいです。ただ単に、気持ちよさそうに寝ているだけでした。
「よかった」
アルミスさんも、胸を撫で下ろしました。
「それより赤目菌!!」
セリナの濡れた服や体を拭いていると、ロウちゃんがウェーアさんを指差しました。
「なんであんたが先にセリナお姉様を助けんのさ!お姉様を見つけんのは、あたいの役目なのに!!」
「そうか」
ウェーアさんは一言言うとセリナの傍らに座り込んで、誰とも会話をしようとはしませんでした。
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・・・・・・・・・・・・・・・
――――の では、か を て まい よ
――です 。 くをかえないと…
「でも、起こすのも悪いさ」
皆の声がした。ウェーアのだけ、ない。
何度かまばたきをして視界をはっきりさせると、隅の方に会話に参加していない彼の顔が見えた。
「……なんで、そんな怖い顔してるの?ウェーア」
「―――!?セリナ起きたのね!!」
ウェーアが答える前に、温かい腕がわたしの首に巻きついてきた。体を起こすと、動きにつられて銀色の髪が揺れる。
“よかった、よかった”と大げさに安堵するナギに続いて、ロウちゃんも飛びついてきた。
「セリナお姉様〜!心配したんですよぉ?赤目菌なんかがお姉様を抱き上げてたから、もう起きないんじゃないかってぇ〜」
わたしはもう一度、ウェーアを振り返った。
出会った絳い目は不思議と揺れていて、それがどうしてなのか思い当たる前に、彼は小さく頷いた。再び顔を上げた時にはその表情は消えていて、代わりにうっすらとした微笑に彩られている。
わたしがノースとお喋りしている間に何かあっ―――
「―――そうだ!ノース!!」
濡れていた服を着替えたわたしは、ノースとの会話を大雑把に伝えた。
なんとかその話を信じてもらうと、皆それぞれ安堵の表情を浮かべていた。ウェーアだけ、それが薄い。
次に、わたしがいなかった時の話をしてもらった。
どうやらこのノースには、それぞれの川を中心にして四つの季節があるようだ。
アルミスさんとロウちゃんが行った方は、冬と春。ウェーアとナギの方は、秋と夏。
少し気になったのは…ウェーアが夏の方へ行ったときの事を話している間、ナギが何か言いたそうにしていたこと。何かあったんだろうか?
話が終わって、皆が口を閉ざして音が消えてしまった。
と、不意にウェーアが立ち上がって泉の石版を覗き込む。すると、彼が真っ直ぐ立って見れる位置まで石版が浮かび、小さく体を揺らした。石版には紋章が刻まれているようで、ウェーアはしばらく黙ってそれを読んでいた。そして、
「・・・【 生きることは苦しみであり喜び
死ぬことは恐怖であり逃れ
生き続けることは業を担う
全ては運命
播かれたる者の運命
望めば入れよう 出るは自由
我らが季節 司る
目覚めが時 決して見えず
望ばねば 決して見えぬ
望みし者 迎え入れよう 我らノース
されど
秩序 乱す者あらば 即刻弾く
警告 聞かぬ者あらば 即刻弾く
我らノース 季節 支配す 】
・・・聖なる季節を運ぶノース、か」
謳うように、石版に刻まれた紋章を読み上げた。
「ふーん……って、何さこれ?全然読めないさ。あんた、今適当に作った?」
「まさか」
「ロウ、これは古代紋章だよ。ウェーアさんは読めるんですね」
アルミスさんは感心したような、驚いたような表情を見せた。ウェーアは“まあな”って答える。ちょっと得意げに。
まあとにかく、私たちはノースのお言葉に甘えて、ここ“エーオース広間”つまり曙の広間に寝泊りさせてもらうことにした。
○○○
ノースに入ってから数日が経った。
あれから何度かノースと話した。彼らとお話できたのは、わたしとナギとウェーア。共通点はワグナー・ケイだ。
でも、どうしてウェーアが?って事になるんだけど……それは本人がこっそり教えてくれた。
「俺の先祖がラルクと戦ったっていうのは聞いただろ?その時にもらったらしいんだ。剣の鍔元にあるやつ――ほら、これだ。ただの宝石に見えるだろう?誰にも言うなよー?恥ずかしいからなー」
カラカラ笑って去っていった。
彼の剣は代々受け継がれていて、ケイのおかげか何回使っても刃こぼれせず、曇りもしない。いつまでも新品同様って訳だ。日本刀なら3・4人ぐらいで限界だったかな?西洋の剣なら1人か2人切れればいい方だ。戦場じゃあ、次々に武器を替えるか、撲殺していくしかないとか言ってた。恐ろしや恐ろしや…。
話は変わってお昼頃。
危険〜
危険!
逃げろー 逃げろー
離れる 川
わー
わたしとナギとウェーアの頭に、子供の甲高い声が警鐘を鳴らした。
「川?」
そお〜
当たり!
離れる 離れるー
早く 離れる
るー
「何でまた、川なんだ?」
ウェーアが荷物を運びながら聞く。ナギはフォウル兄妹に警告を伝えていた。わたしも荷物、移動させなきゃ。
秩序〜
乱した!
人間 人間ー
人間 追い出す
すー
耳を疑った。私たちの他に人がいるなんて初耳だ。
驚いているわたしの背後で、小さな舌打ちが聞こえた。絶対ウェーアだ。他にする人なんていない。なんでこうも、いろんな事を話したがらないんだろう?
と、そこへ
「お!丁度いい。ちぃーと助けろや、ガキ共!!」
どこからか飛び降りてきたガサツな声は、それが人に物を頼む態度?ってぐらいに態度のでかいおじさんだった。
「おっさん、誰さ」
「おっさんじゃねえ!おじ様って言え、おじ様って。あるいは“素敵な”って付けてもいいからよ」
さび色の髪と髭を持った目つきの鋭いおじさんは、ニヤリと答えた。顔も格好もなんだか怖い。わたしは一番近くにいた人の背中に隠れた。
「リビール…だったか?」
わたしが隠れさせてもらった背中は、迷惑そうな雰囲気だった。やっぱり、知ってたんだ。
「おう!えーっと―――」
「ウェーア」
「そうウェーア!ウェーアだったなぁ」
おじさんは片目を包帯で覆っていた。そっちじゃない方を嬉しそうに細める。
けど……。
「いったい、どうなされたのですか?助けてくれとは…?」
「おう!そうだった。たーきぎをよう、面倒くせぇからそこら辺のモンぶった切って使ってたらいきなり――」
「ああ、なるほど」
「落ちていない木を使ってはダメなんですよ」
ウェーアは納得して、アルミスさんが教えてあげた。
「あぁ?何でだよ」
「それは―――っ!?何だ?」
「今度は何さ!?」
急に地面が揺れだした。地震――ん?違う?
「やっべ!もう来やがったのか!?――おい!ここから出るにゃーどっちいきゃーいいんだ!」
おじさんはひどく焦って私たちに聞いた。もしかして…これがノース達の言っていた危険?
それにしても、適当に走っているだけでも、すぐにノースから出られると思うのに…。
「リビールさん、寒いところはお嫌いですか?」
切羽詰っている所に、ナギののんびり声がやんわり尋ねた。
「あぁ?かなり苦手だぜ。それが―――」
「でしたら、あちらの方へ、川伝いに行けば外へ出られますよ」
と、おじさんが言いかけたのを遮って、ナギは一方を指した。おじさんはお礼も言わずに駆け抜ける。
「―――ねえ!おじさん……どれだけ殺せば気がすむの…?」
わたしはおじさんが森の中に消える前に、そう口走っていた。どうしてなのか、何でそんな事を言ったのかは当のわたしにもわからない。
「………はんっ知るかよ」
おじさんは一瞬驚いて、悪意に満ちた笑みを浮かべ――消えた。
そしてすぐに、
「うおっ!?いきなり来やがった!!―――って、」
―――ザバーン!
「こっち、寒いじゃねーかーぁ!!!!」
雪の降りしきる方から、殷々と叫び声が聞こえてきた。
しばらくして、何かが川をさかのぼって来た。
「水蛇…?なるほど、追跡者にはもってこいだな」
鎌首を持ち上げた巨大なヘビは、ウェーアの言葉に反応したのか頭をこちらに向けて、
「………………え?」
笑った。
目を細めて口の端を吊り上げたんだから、たぶんそうなんだろうけど…。
私たちが冷や汗を流している間に、ヘビは頭から石版に、それこそ溶け込むように消えていった。
「……もっと、生き物を大切にした方がいいさね」
わたしはロウちゃんに賛成。




