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VI-10幸・不幸

□□□


 結局、いくら探してもセリナは見つかりませんでした。いったい、どこへ行ってしまったのでしょうか?

 約束の時間が近付いてきたので、私とウェーアさんは川を伝って水源へ戻ることにしました。

 アルミスさんとロウちゃんが、見つけていて下さるといいのですが…。



 ―――バシャン!!



 何か、大きなものが水に落ちたような音がしました。その音が私の耳に届くと同時に、


「セリナ!?」


ウェーアさんはいきなり叫び、一目散に走って行ってしまいました。私も慌てて追います。が、彼の足はとても速く、どんどん放される一方です。


 私が追いつくと、ウェーアさんは石版の浮いている泉水の中で、誰かを抱えて立っていました。その向かい側からは、アルミスさんとロウちゃんが木々の間から姿を現しました。


「セリナお姉様!!」

「――セリナ!?」

ロウちゃんの叫びで、ウェーアさんの腕の中にいる人物がやっとわかり、私は駆け寄りました。ウェーアさんが、そっとセリナを黄金色の草の上に横たえます。


「セリナ!セリナ!?」


彼女の上半身を抱き上げてもずっしりと重く、全く動こうとはしませんでした。

「大丈夫だ。寝ているだけで、たぶん身体に異常はないと思う」

ウェーアさんに言われて、ホッと息をつきました。確かに、よく見ると胸が上下していますし、顔色もいいです。ただ単に、気持ちよさそうに寝ているだけでした。

「よかった」

アルミスさんも、胸を撫で下ろしました。

「それより赤目菌!!」

セリナの濡れた服や体を拭いていると、ロウちゃんがウェーアさんを指差しました。

「なんであんたが先にセリナお姉様を助けんのさ!お姉様を見つけんのは、あたいの役目なのに!!」

「そうか」

ウェーアさんは一言言うとセリナの傍らに座り込んで、誰とも会話をしようとはしませんでした。


□□□


 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ――――の    では、か を   て まい  よ

 ――です 。 くをかえないと…

「でも、起こすのも悪いさ」


 皆の声がした。ウェーアのだけ、ない。

 何度かまばたきをして視界をはっきりさせると、隅の方に会話に参加していない彼の顔が見えた。

「……なんで、そんな怖い顔してるの?ウェーア」

「―――!?セリナ起きたのね!!」

ウェーアが答える前に、温かい腕がわたしの首に巻きついてきた。体を起こすと、動きにつられて銀色の髪が揺れる。

 “よかった、よかった”と大げさに安堵するナギに続いて、ロウちゃんも飛びついてきた。

「セリナお姉様〜!心配したんですよぉ?赤目菌なんかがお姉様を抱き上げてたから、もう起きないんじゃないかってぇ〜」

 わたしはもう一度、ウェーアを振り返った。

 出会った絳い目は不思議と揺れていて、それがどうしてなのか思い当たる前に、彼は小さく頷いた。再び顔を上げた時にはその表情は消えていて、代わりにうっすらとした微笑に彩られている。

 わたしがノースとお喋りしている間に何かあっ―――


「―――そうだ!ノース!!」


 濡れていた服を着替えたわたしは、ノースとの会話を大雑把に伝えた。

 なんとかその話を信じてもらうと、皆それぞれ安堵の表情を浮かべていた。ウェーアだけ、それが薄い。

 次に、わたしがいなかった時の話をしてもらった。

 どうやらこのノースには、それぞれの川を中心にして四つの季節があるようだ。

 アルミスさんとロウちゃんが行った方は、冬と春。ウェーアとナギの方は、秋と夏。

 少し気になったのは…ウェーアが夏の方へ行ったときの事を話している間、ナギが何か言いたそうにしていたこと。何かあったんだろうか?

 話が終わって、皆が口を閉ざして音が消えてしまった。

と、不意にウェーアが立ち上がって泉の石版を覗き込む。すると、彼が真っ直ぐ立って見れる位置まで石版が浮かび、小さく体を揺らした。石版には紋章が刻まれているようで、ウェーアはしばらく黙ってそれを読んでいた。そして、


「・・・【 生きることは苦しみであり喜び  

      死ぬことは恐怖であり逃れ 

      生き続けることは業を担う

      全ては運命(モイライ) 

      播かれたる(スパルトス)の運命

      望めば入れよう 出るは自由

      我らが季節(ホーライ) 司る

      目覚めが時 決して見えず  

      望ばねば 決して見えぬ

      望みし者 迎え入れよう 我らノース

      

      されど

      

      秩序(エウノミアー) 乱す者あらば 即刻弾く  

      警告 聞かぬ者あらば 即刻弾く

      我らノース  季節 支配(クラトス)す 】

・・・聖なる季節を運ぶノース、か」


(うた)うように、石版に刻まれた紋章を読み上げた。

「ふーん……って、何さこれ?全然読めないさ。あんた、今適当に作った?」

「まさか」

「ロウ、これは古代紋章だよ。ウェーアさんは読めるんですね」

アルミスさんは感心したような、驚いたような表情を見せた。ウェーアは“まあな”って答える。ちょっと得意げに。

 まあとにかく、私たちはノースのお言葉に甘えて、ここ“エーオース広間”つまり(あけぼの)の広間に寝泊りさせてもらうことにした。


○○○


 ノースに入ってから数日が経った。


 あれから何度かノースと話した。彼らとお話できたのは、わたしとナギとウェーア。共通点はワグナー・ケイだ。

 でも、どうしてウェーアが?って事になるんだけど……それは本人がこっそり教えてくれた。

「俺の先祖がラルクと戦ったっていうのは聞いただろ?その時にもらったらしいんだ。剣の鍔元にあるやつ――ほら、これだ。ただの宝石に見えるだろう?誰にも言うなよー?恥ずかしいからなー」

カラカラ笑って去っていった。

 彼の剣は代々受け継がれていて、ケイのおかげか何回使っても刃こぼれせず、曇りもしない。いつまでも新品同様って訳だ。日本刀なら3・4人ぐらいで限界だったかな?西洋の剣なら1人か2人切れればいい方だ。戦場じゃあ、次々に武器を替えるか、撲殺していくしかないとか言ってた。恐ろしや恐ろしや…。



 話は変わってお昼頃。


 危険〜

 危険!

 逃げろー 逃げろー

 離れる 川

 わー


 わたしとナギとウェーアの頭に、子供の甲高い声が警鐘を鳴らした。

「川?」



 そお〜

 当たり!

 離れる 離れるー

 早く 離れる

 るー



「何でまた、川なんだ?」

ウェーアが荷物を運びながら聞く。ナギはフォウル兄妹に警告を伝えていた。わたしも荷物、移動させなきゃ。



 秩序〜

 乱した!

 人間 人間ー

 人間 追い出す

 すー



 耳を疑った。私たちの他に人がいるなんて初耳だ。

 驚いているわたしの背後で、小さな舌打ちが聞こえた。絶対ウェーアだ。他にする人なんていない。なんでこうも、いろんな事を話したがらないんだろう?


 と、そこへ


「お!丁度いい。ちぃーと助けろや、ガキ共!!」


どこからか飛び降りてきたガサツな声は、それが人に物を頼む態度?ってぐらいに態度のでかいおじさんだった。

「おっさん、誰さ」

「おっさんじゃねえ!おじ様って言え、おじ様って。あるいは“素敵な”って付けてもいいからよ」

さび色の髪と髭を持った目つきの鋭いおじさんは、ニヤリと答えた。顔も格好もなんだか怖い。わたしは一番近くにいた人の背中に隠れた。

「リビール…だったか?」

わたしが隠れさせてもらった背中は、迷惑そうな雰囲気だった。やっぱり、知ってたんだ。

「おう!えーっと―――」

「ウェーア」

「そうウェーア!ウェーアだったなぁ」

おじさんは片目を包帯で覆っていた。そっちじゃない方を嬉しそうに細める。

 けど……。

「いったい、どうなされたのですか?助けてくれとは…?」

「おう!そうだった。たーきぎをよう、面倒くせぇからそこら辺のモンぶった切って使ってたらいきなり――」

「ああ、なるほど」

「落ちていない木を使ってはダメなんですよ」

ウェーアは納得して、アルミスさんが教えてあげた。

「あぁ?何でだよ」

「それは―――っ!?何だ?」

「今度は何さ!?」

急に地面が揺れだした。地震――ん?違う?


「やっべ!もう来やがったのか!?――おい!ここから出るにゃーどっちいきゃーいいんだ!」

おじさんはひどく焦って私たちに聞いた。もしかして…これがノース達の言っていた危険?

それにしても、適当に走っているだけでも、すぐにノースから出られると思うのに…。

「リビールさん、寒いところはお嫌いですか?」

切羽詰っている所に、ナギののんびり声がやんわり尋ねた。

「あぁ?かなり苦手だぜ。それが―――」

「でしたら、あちらの方へ、川伝いに行けば外へ出られますよ」

と、おじさんが言いかけたのを遮って、ナギは一方を指した。おじさんはお礼も言わずに駆け抜ける。


「―――ねえ!おじさん……どれだけ殺せば気がすむの…?」


わたしはおじさんが森の中に消える前に、そう口走っていた。どうしてなのか、何でそんな事を言ったのかは当のわたしにもわからない。

「………はんっ知るかよ」

おじさんは一瞬驚いて、悪意に満ちた笑みを浮かべ――消えた。


そしてすぐに、


「うおっ!?いきなり来やがった!!―――って、」


 ―――ザバーン!



「こっち、寒いじゃねーかーぁ!!!!」



 雪の降りしきる方から、殷々と叫び声が聞こえてきた。


 しばらくして、何かが川をさかのぼって来た。


水蛇(ヒュドラー)…?なるほど、追跡者にはもってこいだな」

鎌首を持ち上げた巨大なヘビは、ウェーアの言葉に反応したのか頭をこちらに向けて、


「………………え?」


笑った。


 目を細めて口の端を吊り上げたんだから、たぶんそうなんだろうけど…。

 私たちが冷や汗を流している間に、ヘビは頭から石版に、それこそ溶け込むように消えていった。



「……もっと、生き物を大切にした方がいいさね」



 わたしはロウちゃんに賛成。



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