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vI-8幸・不幸

□□□


「こちら側には見当たりませんね。次はあちらの方へ行ってみましょうか」

「ああ」


 結局、来た方へ戻ってみたり周囲を探してみたのですが、セリナの姿は見当たりませんでした。それどころか、私たちのクダラ以外生き物の動きが見られず、思い静寂が垂れ込めています。


 ディスティニーさんに頼んでセリナとの連絡を取ろうとしたのですが、なぜかつながりませんでした。


 一度川に沿って行った時、外に出ました。木々はそこで急に途切れ、水も何かにスパッと切り取られたかのように終わっていました。そして、今日は砂嵐が収まっているようです。周りの景色がよく見え、ここが山脈からどのくらいの距離なのか大体把握することができました。けれども残念なことに、今の位置は前より遠ざかってしまっているようです。


 ここから水を腐らせずにファタムへ行く事はとても難しく、私は不安で一杯になりました。


 これからどうしましょうか。早くセリナを見つけたいです。


 しばらく行くと徐々にですが、涼しかった風が熱を持ち出したかのように蒸されてきました。


□□□


 辺りの景色が一変した。


 美しく赤や黄に彩られていた木々は青みを増し、空気は水気を含んで息苦しいほどムッとする。今のソイルのように乾いた暑さではない。体中の発汗機能が働きだし、首や背をじっとりと濡らした。

 俺は暑いところが苦手だというのに…。先程までいた所へ戻りたかったが、わがままは言っていられない。

 

 ナギはセリナを呼びながら、俺の傍らを歩いていた。友達思いの面倒見のいいよい子だとは思うのだが、然りながら甚だ怒るときのあの笑顔が少々…。それに対して――と、色々と考えていた矢先、


『おいガキ共。こんな所で人探しか?』


俄かに頭上から低い、がさつな声が降ってきた。

「―――っ!?」

次いで、甲高く鳴り響く金属音。


 俺は何者かの奇襲を、寸でのところで受け止めていた。すごい重みだ。


 ちょうど逆光で見えない相手の目の辺りを睨みつけ、

「不意打ちとは卑怯だな」

皮肉に口の端を吊り上げる。

「おお、これはこれは失礼した。てっきり俺の気配ぐらい気付いてるもんだと思ってたんでなぁ」

男が体を動かし、相手の表情が読み取れるように―――


「――なっ!?し、師匠!?」


 言い返そうと開いた口から出てきたのは、驚愕だった。


 目の前にいるのは、かつて俺が剣や薬の調合を習った男――いや、そんなはずはない。あの時確かに俺は…。


「あぁ?何言ってんだよテメーは。俺がいつテメーみてーなガキを弟子に取ったってんだ?」


 …やはり、俺の思い違いだ。当たり前だ。はっきりとこの目で見てきたのだから…。それに、師匠はこんなにも口が悪くは…………おそらくなかった。

「黙れ。お前が師匠に似ていただけだ。――それで?一体何の用だ。なぜこんな所にいる」

「ったく、ガキの癖に偉そうな口利きやがって」

「悪いか」

思わず力が入り、刃を押し返す。かみ合った刃が、うめき声を上げた。

「そ・れ・と・だ」

男は何事もなかったかのように語気を強め、続けた。

「人に物を聞くときは、自己紹介からだって教わらなかったか?」

男の挑発に奥歯をかみ締め、知らず知らずのうちに眼光に剣が差す。が、次の言葉に俺は唖然とした。

「俺様はリビール・リビョール。ご近所では陽気で楽しいおじ様と評判なんだ。ちなみに、野菜は大っ嫌いだ」

こいつ……いや、もう何も言うまい。

「んで?テメーは?」

男が急に剣を引いたので、危うく俺は倒れこみそうになった。だが、それを機に距離を取って構え直す事を忘れない。

「………ウェーア」

いくらか嫌悪に駆られながらも呟く。リビールはナギにも聞き、ふうんと興味なさそうに頷いた。

「質問に答えてもらおうか」

「あぁ?」

「あなたがなぜ、ここへいらっしゃったのか教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

機嫌の悪い声に応じたナギは、毅然きぜんとしていた。

「ハッ!てーした譲ちゃんだなぁ。テメーより礼儀いいじゃねえか。人に物を聞く態度をちゃーんと知ってるぜ?これだから上の奴らはダメなんだよ!」

「上?」

ナギが首を傾げた。

 ……まさか、な。だが、男の言動が気になる。気圧されるほどの鬼気に、見事なまでの身のこなし。相当の使い手なのだろうが、はっきりとは言えない。加え、右目から頬にかけてなぜ布で隠す?隻眼なのかもしれないが、どうもそうだとは思えない。

 男は片手を顎に伸ばすと、そこにある髭の束を撫で付けた。

 そしてしばらく俺たちを観察し、惟みるような目でこちらを探ると、不意に俺に近寄ってきた。

 反射的に剣を突き出すが、男はそこに何もないかのように平然とした顔で立ち止まる。しかしそこは、一歩踏み出せば楽に血しぶきが舞う距離だ。

「別に、テメーに危害加える訳じゃねーよ。―――今はな」

男はおどけるように肩をすくめ、意味深な言葉と同時に不敵な笑みを浮かべる。俺には、男が何を考えているのか全く読めなかった。

 剣を引こうか引くまいか迷っていると、男は切っ先を押しのけ、俺の胸倉を掴んで引き寄せた。

 咄嗟に袖から出した短剣は、男ののど元を捕らえる。だが、これに対しても退く気配がない。むしろ刃物のような灰色の目は、危惧に揺らぐどころか剣呑さを増していた。


「俺は、ウィズダムに行こうとしてたんだ。それがどうしたことか、こんな所に来ちまった。だけど、思わぬ収穫ってーやつだよなぁ。まさか、こんな所で会えるとは思わなかったぜ、×××よぅ」

「……貴様、何者だ」

男は後半、ささやくような声だったので、おそらくナギには聞こえていないだろう。俺も、口の中で言う程度の大きさで返した。

「へっ。リビール・リビョール様だって言ったろ?逃がしゃーしねえぜ。ここでテメーを殺っときゃー、後が楽なんだ。俺の名も、上がるってもんよ」

「いったい何を―――」

「と、言いたいところだが…そうもいかねぇ。他の奴らの都合ってモンもあんだよ」

「……?」

男は言いたい事だけを言い、また唐突に俺を突き飛ばすように放した。


「じゃあなガキ共。テメーらがどこに行くのかは知らねーが、旅の幸運を!」


言葉を残して男は消えた。それと同時に、俺を圧迫していた空気が軽くなる。

「…あっ!ま、待ってください!!黒い髪をした、私と同じくらいの背丈の女の子を見ませんでしたか!?」


『知らねーよ』


ナギの最後の問いに、どこからともなくガサツな声が降ってきた。

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