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VI-7幸・不幸

「それで、これからどういたしますか?」


 朝食を終えると、ナギが切り出した。

「そうですね・・・ここがソイルのどの辺りなのか、知りたいですね」

「俺もフォウルと同意見だな。現在地を把握しておかない限り、出発のめども立たない」

「そうだねー。あー、でもさぁ―――」

「ウェーアさんは、この森がどの程度の大きさで、どちらに行けば抜けられるのかご存知ですか?」

「「・・・・・・」」

 誰も答えられない。


「そうさ!みんなでこの中探検するさ!!」


と、いう訳で――ウェーアがブツブツ文句言うのは無視して――私たちは森の中を探検することになった。

 クダラと荷物は邪魔なのでそこに置いて行って、川伝いに流れに逆らって歩く。もちろん、後でちゃんと帰って来られるように道を覚えながら。

 紅葉した葉をカサカサ言わせながら進んでいくと、行く手が突然明るくなった。今まで通ってきた所も充分に明るかったけれど・・・でも、同じようで全く違っていた。それは、明るさは今までとそう変わらないはずなのに、蛍光灯と太陽のように歴然とした違いがあった。


 その光に誘われるようにさらに進んでいくと、開けた小さな広間に出た。


 黄金の輝きに包まれた水源だった。


 太陽や月や星などの、ありとあらゆる光の粒で作られたとしか思えないような木々が、水源を中心にぐるりを囲んでいる。力強く、それでいてホッとさせられるような柔らかな光を受けて、私たちはただ呆然と立ち尽くしていた。


 猫も杓子しゃくしも音を立てず、川のかすかなせせらぎを心地よく耳に響かせ、この風光明媚に見とれる。それだけで、何十年分もの幸せをもらっている感じだ。



 ――さわっ



 風が吹き、押されるように誰ともなく泉水に吸い寄せられた。


 四人は、泉水から湧き出す四つの流れを越して四方に別れ、泉水を背に遠く彼方を見つめる。


 水源には、石版が数十センチ水面から離れて浮いていた。


 なぜかわたしは、それをなんとも思わない。


 石版自体に浮力があるんだと、わかった。


 水は、風が吹いているのにもかかわらず、波紋のひとつすら浮かべない。磨き上げられた鏡のように、静かに空を映していた。


 恐ろしく澄んだ水底の、小石1粒ひとつぶの形が手に取るようにわかる。





 わたしは、膝を付いた。





 自分の顔が、水面に映り――――――


□□□


 ―――バシャンッ!!




「――っ!?」


 急に、フッと意識が戻ってきた。とは言え、これまでにないほど疲れ果て、寝ていたところを無理矢理起こされた時のように頭がはっきりとしない。


 俺は何をしていた?


 一番に問うたのはそれだ。


 フォウルがノースかもしれないと言った森の中で一夜を明かし、その後川に沿って――。急に目の前が明るく…だめだ。その先がどうしても思い出せない。

 「あたい・・・なんでこんな所にいるさ?」

 ロウの呟きが背後でした。

 振り返ると、彼女は泉を挟んで俺の正面に、ナギとフォウルは四方に伸びる川を挟んで両隣にいた。

 だが、


「ん?セリナ・・・?セリナは!?」


 一瞬にして目が覚めた。


「セリナ・・・?わかりません。なんだか私、気が遠くなっていたみたいで・・・」

ナギは苛立つほどゆっくりとした口調で、どこかに視線を漂わせている。

「そんな事はどうでもいい。もしこの森の中に獰猛な生き物がいたりでもしたら・・・。早く探さなくては」

言いながら俺の中では、倒錯感が蠢いていた。

 どこかで探しに行こうとしている俺を、嘲笑しているモノがいる。

 行くだけ無駄だと。 

 だが・・・この状況では行かざるを得まい。

「何か、手掛かりでもあればいいんですが・・・」

フォウルが額を押えながら呟く。そう、セリナが身に付けていた物でも落ちていれば・・・。


 辺りを見回す俺の目に、鏡のような泉が飛び込んできた。


「・・・水?みず・・・・・そうだ!目が覚める前に水音がしなかったか?」

「みず、音・・・ですか?」

「う〜ん」

ナギとロウは思いを巡らせる。この分だと、彼女達にその記憶はないようだ。

 お前はどうだとフォウルにも聞くが、彼はただ首を横に振るだけであった。


 では、アレは俺の空耳だったのだろうか。


「とにかく、二手に分かれて探しましょう?ずっとここにいる訳にもいきませんし」

 例のごとくロウが不満を言うが、女性二人で行かせる訳にはいかない。どうにかフォウル兄妹、俺とナギに分け、時間を決めてここへ戻って来るという事にした。


 「まずは、先程来た道を戻ってみませんか?」

 ナギに促がされ、疑念を抱きつつも周囲に目を配りながら、鮮やかな赤や黄に染まる木々の中へと再び足を踏み入れた。


 その背後で、何か言いたそうなフォウルの視線を痛いほど感じつつ。


□□□


 ウェーアさんはなぜ、水の音がしたと言ったんだろう。自分達には聞こえないものが、彼には聞こえるんだろうか。それに・・・自分にはウェーアさんが彼自身の何かを巧みに隠しているように思える。それがひどく気になっていた。


「――さ、兄さ!なにボーっとしてんの!早くセリナお姉様探しに行くさ!!」

ロウの頭の中は、セリナさんの事で一杯みたいだ。

 自分は頷くと、妹と一緒に背後の森へ入って行った。――途端に、景色が一変する。


「さむっ!!」


 辺り一面が銀の世界。


 葉の落ちきった木々と、色ごく葉を残した木々とが入り乱れ、雪を被っていた。

「変わった所だ」

「兄さ、ウィズダムってこういう所なんだよね?」

「そうだよ」


 サクサクと、雪を踏みしめながら川沿いを歩く。ロウははしゃいでいた。川は凍ることなく流れを刻み、それとは裏腹に凍てつく風が吹く。

 空を見上げれば、いつの間にか暗い。そこに灰色の影が無数ににじんでいて、横切った何かを目線で追うと白かった。

「わあ〜!兄さ兄さ、降ってきたよ!!」

 そういえば、ソイルでは滅多に雪が降ることはない。寒いけど、きれいだと思った。

 靴裏の雪の感触を楽しみながら、川を見失わなように木々の間をぬう。ロウはセリナさんを呼びながら、所々雪で遊んでいた。けど、一向に見つかる気配は感じられなかった。


 外に出た。


 たどって来た川は、そこで地面に吸い込まれるように忽然と姿を消していた。雪も、砂漠との境界線をはっきり残して終わっている。

「・・・こっち、寒いけど出たくないさ。ほんと、変なところさね、兄さ」

「そうだね。とても不思議な所だ」

こっち側には何も見えなかった。山脈もなければ月も見当たらない。

「今度はあっちの方へ行ってみようか、ロウ」

「はいな」


 こうやって二人で歩いていても、他に生き物がいるようには見えなかった。自分達の足音だけが殷々(いんいん)と響く、耳が痛くなるほどの静寂だ。

 体を動かしているせいか、空気が冷たくても手足は冷えなかった。

 

 進んで行くうちに、雪が薄くなってきた事に気付いた。

「兄さー!雪がなくなっちゃってる!!」

先を行っていたロウが、前を指しながら残念そうに口を尖らせる。

「本当だ。こっちは暖かいね」

白い覆いがはがされて、芽吹いたばかりの柔らかな緑が顔を出している。空を見上げると、木々は若々しく太陽に照らされていた。


 ――ああ

 

 自分は、この水分を含んだ清々しい草木の香りを吸い、思い出した。


 そうだ。自分は二年前、ここに助けられたんだ。


 ロウはもう覚えていないのか、咲き乱れる花の中を飛び跳ねている。

 あの時は、ここで寝ている間に町の入り口にいて、気付いたときにはもう、ノースは跡形もなかった。そして、×××店のおじさんに拾われて、今まで生きてこれた。

 それでまた、自分達は助けられたんだ。


 ロウが川を見つけた。

 水を飲んで一休みして、自分は心の中で呟いた。



 ありがとう、と。

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