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VI-5幸・不幸

○○○


 「あっつーい〜。ゆだっちゃうよ〜」


 上は晴天、下は少し砂の舞う程度の暑い日。

 太陽に熱されて熱を持った砂漠は、まさに温風吹き荒れるサウナと化していた。

 水も、思った以上に消費が激しくて、制限せざるを得なかった。


「夕方まで我慢しろ」

ウェーアは涼しい顔で冷たく言う。いつも適温に保ってくれるマントを着てるから、そんな事が言えるんだ。

「いーよねー、そういうマント持ってる人は〜」

「何か言ったか?」

恨みがましく呟いたのを、とぼけて躱された。ちょっとムカツク・・・。


「バカって言ったの!!」

「なぜ俺がバカ呼ばわりされなきゃいけない」

「バカだから」

「・・・ふ、二人とも止めておいた方が」


「ちょっと黙ってて!」

「貴様は黙っていろ!」


止めに入ったアルミスさんを、同時に怒鳴りつける。それがまた気に入らなくて、わたしはウェーアを睨み付けた。


「あー!?兄さを“キサマ”って言ったなー、赤眼菌!!テーセーするさ!」


そこにロウちゃん乱入。口論がさらにヒートアップした。

「訂正してもらいたいのは俺の方だ。大体、“赤眼菌”ってなんだ?失礼にも程があるだろう」

「あんたの目が赤いから赤眼菌なのさ!見たまんま言って何が悪いのさ!?」

「そうそう、こっちの気なんかなーんにも知らないくせに。ウェーアのバカ!」

「あ〜ぁ、知らないな!人の気持ちを解せる者がこの世にいると言うのか?だとしたら、ぜひとも教えていただきたいね」

「わたしが知るわけないじゃん!こっちの事なんかほとんど知らないっていうのに、どうやって教えるの!?もしかしたら、いるかもしれないじゃん!」

「いないな。俺の知る限りでは。君とて同じ事だろう。俺の気持ちなど解るはずがない。だと言うのに――」



「――ちょっと、よろしいでしょうか?」



言い返そうと口を開けた瞬間、ナギの声が――目の笑っていない笑みを浮かべて――割り込んできた。

 彼女の一言で私たちはピタリと口を閉ざす。

「あまり大きな声でお話していますと、余計に喉が渇かれて、水の摂取量が増えてしまわれますよ?それでもお話ししたいとおっしゃるのでしたら、制限をもっと厳しくさせていただきますが?」


「す・・・すみません」


なぜかアルミスさんが謝った。


 もしかしたら、この中で一番不快度が高くてイラついているのは、ナギかもしれない。



○○○



 意識が朦朧(もうろう)としていた。

 またもや砂嵐が止み、代わりに太陽が情け容赦なく照りつける。

 そんな中をほとんど水も飲めず、ただ先を急ぐ事しかできない私たちは急激に口数が減っていた。


 この頃クダラに揺られていると、フワフワ浮いているような錯覚に襲われたり、いつの間にかウトウトしたりしてしまう。

 体力が奪われてく・・・。

 火を見てそれとわかるように、私たちはどんどん衰弱していった。






「セリナ?おーい・・・生きてるか?」


 体を揺すられて、目が覚めた。


 また眠ってたみたい。眠気眼で斜め後ろを見上げると、揺れる絳い瞳に行き着いた。

「大丈夫・・・じゃ、ないよな。けど、皆辛いんだ。もう少し頑張ってくれ」

ウェーアの言葉にボーっとしながら頷き、彼の腕にもたれていた事に今頃気が付いた。真っ直ぐ座り直して、前方にそびえる険しい山脈を見据える。山は、だいぶ近づいてきた。それでも、あと十何日もかかる距離だ。ここから海岸沿いの町や村に行こうとしても、また一ヶ月ぐらいかかる。私たちに残された道は一つしかなかった。


 手綱を握る手が、わたしに水筒を差し出した。振り向くと彼は、

「少し飲め」

言って、それを押し付けると、ウェーアは片手でマントのポケットを探る。

「でも、これってウェーアの・・・」

「いいから。君は元の世界へ戻るんだろう?だったら、こんな所で倒れる訳にはいかないだろ」

懐から出てきたのは、小さな袋だった。その中身を一つ口に放り込み、わたしにもくれる。ウェーアだって、帰る家や心配している人達がいるのに・・・。

(ショウ)の結晶だ。水分と塩分だけでも取らないとな」

ポンッと、頭を叩かれた。

 わたしがまともに食事をしていないのを心配しているんだ。そう思った途端情けなくて、申し訳なくて、目の奥がキューっと熱くなったけれど、ぐっと我慢する。これ以上水分をなくす訳にはいかない。

「ありがと」

小さく呟いて、少しだけ水をもらった。その後、塩のカケラをあめ玉にしていると、


「あら?どうしたのでしょうか」


急に日が陰ってきた。

「雨でも降りそうな雰囲気ですね」

ナギの乗ったクダラがわたしの傍で止まった。ロウちゃんと二人で空を見上げている。

「ですが、雨雲には見えない」

少し後ろでは、アルミスさんも止まっていた。

「雨なら助かったんだが・・・」

ウェーアもクダラを止めて、不安そうに空を仰いだ。

「水、溜めれるもんね?」

わたしも皆に倣って見上げる。確かに、厚い雲が垂れ込めていた。それに、さっきまでそよそよと吹いていた風さえも、今はピタリと活動を止めている。

「うーん・・・・・雨の匂いはしないさ」

ロウちゃんがクンクンと鼻を鳴らすと、

「獣かお前は。ん?なんだ、これは?―――っ!?皆、固まれ!風が―――っ!」






 ――ゴォッ!!




 ウェーアの必死の叫びが、突風によって遮られた。




 強い風と共に細かい砂が空を舞い、一瞬にしてわたしの視界を奪う。





 遠くの方で、悲鳴が聞こえた気がした。





 ウェーアが飛ばされるものかと、わたしごとクダラにうつ伏せる。




 けど、



















 結局は無駄になったみたい。



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