VI-4幸・不幸
お尻痛い!!
クダラの足は意外と速く、そして上下左右に大きかった。
だから、一歩踏み出されるたびに大きく揺れる。
それがまた、並大抵の揺れじゃなかった。
乗り物には強い方のわたしだけど、これはもう、乗り物の域を超えてる!
誰か・・・!誰か助けてください!!
そんな心の叫びが聞こえたのか、ウェーアが乗り心地を尋ねてきた。
「天国に昇るような感じで地獄逝き」
笑われた。
わたしにとっては笑い事じゃない!!
「クダラの動きに合わせて体を動かしてみろ。少しはましになる」
「浮き沈みを合わせろって〜?・・・う〜難しいなぁ」
「ま、慣れるしかないな」
また肩を揺らして、面白そうに笑った。
初めのうちは、色あせた草や背の低い木々がまばらにある、荒廃とした土地が続いていた。
今のところはまだ、砂漠らしきものは見えていない。ここもある意味砂漠だけど・・・。
とか思っていると、前方が黄土色に霞んでいる。もっと近付くと、砂のような細かいチリが先の視界を塞いでいるのがわかった。
「セリナ、帽子と防砂眼鏡付けろよ?砂漠に入るぞ」
「あ。う、うん」
わたしはフードとゴーグルを装着した。ついでにスカーフで口を覆って、皆ガラの悪い格好になる。
変なの。こんなに境界線がはっきりしてるなんて・・・。
そして、私たちの乗ったクダラは何も恐れることなく、砂嵐の中へ足を踏み入れた。
「―――っ!?」
途端に、強風で砂が叩きつけてくる。フードが、ゴーグルで押さえてあるのにも関わらず飛ばされそうになる。それ以前に、わたし自身が飛ばされそうでやばい。
風速何m/sあるんだろう?まるで、台風の直撃を受けているみたいだ。おまけに砂嵐と言うからには、細かい砂の恐怖も忘れちゃいけない。服の隙間から侵入してくるし、服の上からぴしぴし攻撃してきて微妙に痛い。ゴーグルをしていても、目をつむってしまうほどの威力だ。
所々で休憩を取ったけど、岩とか一切ないからクダラの影に入るしかなかった。けれども、横から回り込んでまでして砂は私たちを襲う。
心配されていた方角は、今のところ正しく取れているようだった。あのピンクの月と反対側に、目指すべきファタムがある。月はボンヤリとではあるけど、背中の方に見ることができた。
砂漠では、日中はエバパレイトと同じくらい暑いのに、日が傾くと一気に肌寒くなる。
日が落ちきる前に寝床を造るため、クダラを降りた。けれども辺りは一面砂の海だ。テントを張ったとしても、風にあおられて飛んでしまう。いったい、どうするつもりだろう?
風に背を向けるウェーアは、荷物の中から小さな円盤を取り出した。お皿ぐらいの大きさのそれを砂の上に置くと、いくつかのボタンを押して、“下がれ”と身振りで示した。
数秒後・・・
プシュ〜という間の抜けた音がかすかに聞こえたのと同時に、円盤はゆっくりとドーム型に膨らんでいった。
ウェーアがドームの一部をめくり上げて、私たちを中へと促がす。次々に飛び込んだ私たちは、中に入ってやっと一息つけた。
「うっわ〜!何さこれー」
「またお父様がお造りになられた物ですか?」
「いや、知人が造った物だ。そのうち一般にも出回ると思う」
最後に入ってきた彼は、質問に答えながら出入り口をピッタリと閉めた。
中は、外の様子がうっすらと見えるようになっていた。外見は不透明だったから、マジックミラーのような物かな?と思ったら、ウェーアが押したスイッチによって不透明になった。切り替え可能ですか。
「ウェーアさんは顔が広いようですね」
「ん・・・?ま、そこそこな」
不思議なテントは、この嵐の中でもびくともしなかった。中の気温は丁度いいし、大人五・六人は余裕で寝転がれるほどのスペースもある。
「なかなか良いじゃないか。後は、この嵐の中どれだけ持ってくれるかだな」
ウェーアは一人頷きながら、いつの間にか固くなっていた壁をコツコツと叩く。
「え!?まさか、アンレイと同じ?」
「ああ。いつ壊れるかわからない。まあ大丈夫だ。あと二つあるから何とかなるだろ」
「「・・・・・・・・」」
先行き不安だ。
□□□
レイタム・ポートを離れ、一週間程たった。
この日は珍しく晴天だ。そして、暑い。まるでラルクの住処に舞い戻ったかのようで、いい気はしない。
その中を我々一行は、汗を流しながらクダラに揺られてファタム・ゾウムへと向かっていた。
「敵性人物、一人発見!男菌に間違いありません!!」
望遠鏡を覗き込んでいたロウが、唐突に鋭い警報を発した。
さらにそれは続けられる。
「補足――敵は不格好菌。美的感覚はないものと思われる!――あぁ!?さらに二人発見!一人は新手のデブ菌。もう一人は・・・しぶとさにかけてはゴルリ並みの黄ずくめ菌であります!!」
前方にある砂丘の頂点には、人影が三つ。こちらは忌避と警戒を込めて立ち止まるが、ちぐはぐな三人組は構わず近付いて来た。
この者達には見覚えがあった。
「貴様らー!よおーっく聞け!ワッシらはかの有名な――」
「行こ行こ。こんな男菌なんかに構ってられませんよ。ねー、ナギお姉様」
ロウは見事に、頭からつま先まで黄色づくしの男を遮った。
「って、待たんかーい!!このガキャー!!」
自己紹介を止められた男は、地団太を踏む勢いで怒鳴る。鼓膜が破けそうだ。
「お話だけでも聞いて差し上げましょう?」
「で?お前らはかの有名な・・・何だ?曲芸師か?」
ナギのおかげで素直に口をつぐんだロウに代わり、俺が言った。
「何じゃとー!?いいかー、よおーっく聞けい!ワッシらはかの有名な――」
「何でまた繰り返すの?」
故意に・・・いや、セリナの場合は意図せずに相手の出鼻をくじいた。
「口を挿むでねーわ!――いいか!!聞いて驚け!」
「見て笑え?」
「ソイル中を笑いの渦で震撼させた悪の三人組――ってちっがーう!!」
「セリナ、とりあえず聞いてやろう。あまりやりすぎると、あまりにも哀れだ」
「こんにゃろーう!ワッシらはー!あの悪名高いー!とおーっても有名なー!ゾルデイクじゃー!!」
「ほう、ザルディク?うん、確かにそうだな」
「「「ザルディク(短足)じゃねー!!ゾルデイクじゃい!!!」」」
三人声をそろえて吼えた。
本当の事を言って何が悪いのだろうか。彼らの足は、お世辞にも長いとは言いがたい。
「でもさ、有名でも悪名高くも、驚くほどの事でもないよね?」
「あたいもそんな名前聞いたことがないさ」
「自分も」
「ええ。私も存じませんでした」
「ま、よくいるゴロツキの一種だろう。弱そうだしな」
「な、な、な、なにを〜!?まーだ戦ってもねえのに、デタラメ言ってんじゃねーじょ!!」
「(じょ?)ふん。お前らが弱いのは一目でわかる。それも、赤子ほどにな」
挑発にのった気づくめは、刃先が三つに割れた槍を構えた。後の二人もそれにならう。
「バッカにするでねえ!死にだくねがったら――」
「身包み置いてけ!――か?ありがちな脅し文句だな」
太った男の言葉を継ぎ、牽制してみる。なるほど、こういう時の人の反応を見るものも一興だな。
「ウェーアさん、哀れだとおっしゃったのはどなたでしたか?――申し訳ありませんが、今日のように嵐のない日は滅多にないのです。ですから、あなた方に構っている暇がないのです。どうか、通していただけませんか?」
ナギは律儀にも丁寧に頼んだ。こんな連中に、丁寧語など使わなくてもいいのだが。
「どぁれがどくかっ!!――って、あん?あのデカブツ、どっかで・・・」
明るい朱と黄色、紫に冴えた草色というけばけばしい、おぞ気の走るような組合わせの服を着た男が、何かを思い出したのか言葉を切った。
あまり入っていなさそうな記憶をどうにか搾り出し、男の顔は青ざめ、次第に朱が差した。
「おっもいだしたっ!あん時レイタムにいたデカブツっ!っと、口うっるせーチビっ!」
「チビとは何さ!不格好菌に言われたかないね!!」
ロウは今にも飛び出しそうな勢いだったが、すかさずナギが止めに入る。
「だめよロウちゃん。これ以上あの人達とお話したら、舌が腐っちゃうわ」
「ええ〜!?もう遅いですよぉナギお姉様〜」
彼女はパッと口を覆い、軽く涙を流してまで嫌がった。
なるほど、こういう手もあったか・・・。
「・・・えーっとー。それでさ、あんた達は何しに来たの?」
「「・・・・・・」」
セリナはまだ、状況が飲み込めていないらしい。ザコとはいえ、この者達は一応盗賊だ。俺やフォウルのような保護者的存在がいなければ、今頃どうなっていた事か・・・。
「おんめー!話聞いてねーじぇろ!!」
赫怒し怒鳴りつける球体。男は、それなりに大きなクダラに乗っていたが、如何せん重すぎる。今にも足を折ってしまいそうなほど、彼のクダラは重みに耐えかねていた。
クダラに対して、労いと憐憫の言葉を掛けてやりたい。
「落ち着けウーベ。こんな奴らに何言っても無駄じゃ。どーせ死ぬんじゃし、どーでもいいじゃろ」
ウーベと呼ばれた球体は、黄づくめに言われるとすっと口を閉ざした。趣味の悪い男は、我々が血を流す所を想像してか、うっすらと口の端を吊り上げる。
「あー・・・悪いことは言わない。やめとけ」
親切心に言ってやるのだが、馬鹿共は聞く耳を持たなかった。
「どーでもいい!行くじゃ!!」
鬨の声と共に、男は槍を振り回しながら肉薄して来る。
下愚な連中だ。
俺は仕方なくクダラから舞い降り、剣を鞘走りさせる。後ろにいたフォウルも地に足をつけ、腰から短剣を抜いた。手助けなどいらないのだが・・・ま、人の好意は素直に受け取っておくか。
「不格好菌とやらを頼む」
フォウルは笑みを浮かべて頷いた。
そこへ勢いよく振り降ろされる切っ先。
俺を二つに切り裂こうとしたそれはむなしく空を切り、砂にのまれる。
すぐさま槍を切断し、多少は手加減をしながら、硬い踵で黄づくめのこめかみを強打した。
「「イーランあんちゃん!!」」
フォウルに槍を掴まれた悪趣味男と、逡巡していたウーべの愕然とした叫びに見送られ、イーランは白目をむいて崩れ落ちた。
しかし、この三人組は兄弟だったのか・・・。
奇妙な兄弟もいたものだ。
思いながらも俺は、動きが停滞しているウーベへと間合いを詰める。彼は自分が標的にされている事に気付くと、しゃにむにだが、反撃してきた。だが、妙に鉾先がぬるいのは・・・ああ、腰が引けているからか。
言葉にならない言葉を叫びながら振り回される槍を掴み取り、奪う。そのまま柄で鋭く突き返した。
「ひいぃっ!!」
情けなく声を引きつらせる球体の顔の横では、鋭く光る刃が揺れていた。多少首をかすった為、皮膚が赤く腫れ始めていた。
俺は彼を放っておいても害はないとみなし、もう一方の戦いへと視線を移す。悪趣味男はフォウルに間接を極められており、動く事ができないでいた。
「さて、お前に選択肢を二つやろうか。一つ、このまま俺たちの前から姿を消し、二度と顔を見せない。二つ、もう一度馬鹿な抵抗をして何ヶ月か治療所へ入る。――どっちがいい?」
屈んだ俺を恨めしそうに見上げる彼に、静かに恫喝を投げかけた。一層青ざめた男は震える唇をやっとのことでこじ開け、
「どっちでもねーじゃ!男たる者、前進あるのみ!じゃい!!」
叫んだのは、目の前の男でも、後ろで縮み上がっている球体でもなく、気を失っていたはずの黄づくめだった。
「なんだ石頭。もうお目覚めか?ロウの言う通り、しぶとさに掛けては本当にゴルリ並だな」
「どぁ〜れがゴルリじゃい!こんの、ヒョロヒョロ優男がっ!!」
ヒョロヒョロ?優男・・・?自分の顔がゴツくてブサイクで短足だから僻んでいるのか?
いや、それよりも・・・汗臭いブサイク男は踵を返し、短い足を精一杯伸ばしてひた走り出した。“男たる者”とか言っておきながら逃げるのかと思ったが、その先には先程まで俺が乗っていたクダラが。そして、当然のごとくセリナが乗っている。
「――え?えぇ!?」
突然自分に向かって来た黄づくめに狼狽し、彼女は動く事ができないでいた。
「セリナお姉様ぁ!!」
ロウがクダラから飛び降り、駆け寄る。が、到底間に合わない。それは、俺も同じ事だった。
「ガキ!降りるんじ―――」
「―――あ」
イーランと、俺の言葉に生じた空隙は、その場の悲惨さを物語っていた。
黄づくめの時間は、三方からの攻撃によってしばし止められていた。
俺は鞘を男の側頭部に投擲し、
ロウは自身の荷物を向かい側から投げつけ、
セリナは黄づくめの顔面に靴裏をめり込ませていた。
それらの衝撃を一度に喰らったイーランは、ゆっくりと、仰向けに倒れた。
「・・・・・・わぉ。ナイスタイミング」
ポツリと、顔面に蹴りを入れたセリナが呟いた。




