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VI-3幸・不幸

 辺りが闇に沈む頃、テーブルには豪華絢爛(けんらん)!アシュレイさんが腕によりをかけて作ってくれた自信作が、所狭しと並んでいた。

 人数分のコップをトレイに乗せて運ぶアシュレイさんの後ろには、ウグイス色の髪を持つ青年がビンを両手についてきた。

「紹介するわね。私の甥のテーゼちゃん。で、そこに座っているのが息子トルアよ。――テーゼ、トルア。こちらはナギちゃんにセリナちゃん。ウェーアちゃんは・・・もう知ってるわよね〜?」

 全員がそろうと、アシュレイさんは二人を紹介してくれた。トルア君の方は、アシュレイさんと同じような亜麻色の髪の八歳くらいの子だ。

「初めまして、テーゼです。以後、お見知りおきを」

「ほら、あいさつは?」

アシュレイさんが促すと、椅子の上でもじもじしていたトルア君が消え入りそうな声で、こんにちはと言った。

「お久し振りです、ウェーアさん」

爽やかな笑みでテーゼがぺこりとお辞儀する。

「あぁ。テーゼもトルアも大きくなったな。変わりはなかったか?」

「ええ。叔父さんがまた、盗み食いをしようとして怒られた事以外は」

「あいつも懲りないな・・・」

「さあさ。冷めないうちにどんどん食べてねー。砂漠に行くのなら、一杯栄養取っておかなくっちゃ〜」


 アシュレイさんの料理は、文句のつけようがないほどおいしかった。その分、食べきれずに下げられていくお皿が恨めしい。

「おにいちゃんピース(ピーマンみたいなもの)のこしてるー!」

トルア君が、自分は食べたのにとアシュレイさんに主張した。ウェーアは、苦い顔をしながらそれを食べさせられた。


□□□


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものです。今回のお食事会も例に漏れず、すぐに時間が来てしまいました。

 「あら、もうこんな時間。そろそろお開きにしましょうね。それじゃあ、皆杯を持って〜」

アシュレイさんにならい、私たちも新たに満たされた器を持ちました。

「それじゃーぁ、三人の旅の幸運を祈って―――アラザー!!」

「「アラザー!!」」

それぞれ、カチンと器をぶつけ合い、それを一気にあおりました。


 行く手に待つ不安を飲み込むように・・・。



 私とセリナとウェーアさんは、アシュレイさんとテーゼさん、寝てしまったトルア君にお休みなさいを言うと、寝床へ向かいました。


「少し、いいか?」


 今日はどんな夢が見られるのでしょうかと楽しみにしていますと、ウェーアさんが部屋に入るのを止めました。そして、話があると、私とセリナを部屋に招きました。

 寝台へ私たちを座らせたウェーアさんは、唯一の椅子を引っ張ってきますと、足を組んで座りました。

「わかっているとは思うが、今回はエバパレイトの時より辛い道のりになる。情報によると、昼と夜の気温差がかなり大きいようだ。植物は全くといってない。ファタムに関しての詳細はわかっていないが、二年前に比べて山脈は険しさを増し、容易に近寄れないようになっている。海の方も同じような状況だ」

ウェーアさんは一呼吸置いて、“さらに”と続けました。

「砂嵐が毎日のように吹き荒れていて、地形がすぐに変わってしまう。ために、方向を見失う可能性が高く、もしかしたら全員がバラバラになってしまうかもしれない。

 危険は夥多(かた)だが、――聞いていられる状況じゃなかっただろうから一応言っておくが――最短距離を行くことになった。砂漠を突っ切る。何事も起こらなければ二十五日程度で着くはずだ。遅れたとしても一ヶ月前後だろう」

 淡々と語るウェーアさんの指は、一定の間隔で絶えず自らの腕を叩いていました。それは、今言っている事を自分にも確認させているような仕草です。

「海岸沿いを行くわけにはいかないのですか?」

「俺もそう思ったんだが、そちら側からの山脈は一番険しくなっていてな。そこから登れそうなところへ行くには倍の時間が掛かる。そうなると、金の方が先に尽きてしまう。どうせ、俺が賭博で稼いでやると言ってもいい顔をしないだろう?だから、一直線で金も時間も節約しよう、ということになった。――他に質問は?」

「いいえ、特には」

「じゃあ話はそれだけだ。圧力を掛けるようなことを言って悪かったな。何も知らずに行くよりはマシだろう?」

「まあね」

ウェーアさんが立ち上がったのを皮切りに、私とセリナは扉へ向かいました。

「ゆっくり休めよ」

「うん。お休みー」

「お休みなさい」

        

○○○


「ああ〜!!」

「あれ?」

 町外れ。ロウちゃんとアルミスさんが待っている所までテーゼが見送りに来てくれた。アシュレイさんはお店の準備があるから、玄関でお別れしてきた。

 そこまでは、良かったんだけど・・・。

「爽やか菌!それと、新手の赤眼菌!!」

ロウちゃんはウェーアとテーゼを指差して、ズサッと後退った。

「今日から頼むな、アルミス」

ウェーアはそんなロウちゃんを完全に無視した。ある意味、正しい選択かも。

「こちらこそ」

「爽やか菌か〜。悪くないですよね?」

テーゼは面白そうに、赤眼に振った。

「俺のは何だって言うんだ?」

「どっちも同じさ!ナギお姉様とセリナお姉様を陥れようとしてるんだから!!――ささ、お姉様達。男菌なんか置いといて、さっさと行きましょう!」

ロウちゃんは二人に石を投げつけて(見事にハズれた)、その隙に私たちの手を引いて男菌から遠ざけた。

「――ったく・・・。じゃあなテーゼ。あいつに、ちゃんと仕事しろと言っておいてくれ」

ウェーアは私たちの後を追って、彼に別れを告げた。

「バイバイ、テーゼ!」

「さようなら。アシュレイさんにもよろしくお願いします」

「わかりました。皆さん、お気を付けてー!」


 なんとも慌ただしいお別れだった。


・・・


 レイタムの周囲には、暴風のための木がぐるりと植えられていた。が、その木が今にも枯れそうなので意味を成していない。

「ん?数が少なくないか?」

そんな木々に縛り付けられているクダラ(ラクダからコブを取ってあごにペリカンの袋をつけたような動物)を見て、ウェーアはアルミスさんを振り仰ぐ。

 旅の一行は全部で五人+往復分の荷物。

 そしてクダラは五頭。

「すみません、予備のクダラも急に病になって・・・」

アルミスさんは申し訳なさそうに説明してくれた。本当は人を運ぶ用のクダラと荷物用のクダラを借りたんだけど、昨日返してもらう予定のクダラが来なくてこれしか出せなかったらしい。

「仕方がありませんね。私とセリナが動きましょうか?」

「ぜひぜひ私のところへ!お姉様達!!」

「ロウ、さすがに三人は無理だよ」

「それでは――」

ナギがしばし考えて、

「体重的に、私はロウちゃんと一緒に乗ります。セリナはウェーアさんと。これでいいですよね?」

「だ、だめです!だめだめ!!セリナお姉様が男菌に感染しちゃう!!」

ぶーぶー言うロウちゃんを押し込めたナギに、なぜか上手く乗せられたような気がしてならなかった。まあ、ロウちゃんのテンションについていけそうにないわたしは助かったけれど。

 皆手際よく荷物を積み込むから、すぐに荷造りは終わった。わたしはどちらかと言うと水面でジタバタしていただけ。

 先にクダラに乗せてもらい、落ちないようにしっかりとタテガミを掴んだ。タワシの毛を長くした感じだ。

 ウェーアは後ろにひらりと跨り、わたしの目の前で手綱を取る。


「ロウ、先に行きな」

「はいな」

 アルミスさんの合図で、一行はゆっくりと歩き始めた。



 さようならレイタム・ポート。


 さようならアシュレイさん、トルア君、テーゼ。

 

 そして――




 こんにちは、恐怖の陸の船。

 無事、ファタム・ゾウムに着ける事を祈ります。



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