VI-2幸・不幸
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〜数時間前〜
日が傾き始める頃、見慣れない客が入店した。
ここ“フィルペル”はレイタム唯一の遠距離通信機のある飲食店だ。それなりに賑わいを見せる店内の一角に、それはある。
平然と、慣れた様子で入ってきたその客は、真っ直ぐに通信機へ向かった。素早く操作し、相手が出るのをしばし待つ。と、
『はいはーい、どちらさん?―って、あれー!?久し振りッスねー!どうされたんッスか?』
目の細い男の顔が浮かび上がった。もちろん、立体映像だ。彼は話しかけてきた客を見ると(見えるのか?)よりいっそう目を細めて、嬉しそうに破顔する。
『試作品?いやー。よくぞ!よくぞ聞いて下さいました!!もうバッチリッスよ。耐久性、持久性――あ、同じようなもんか。えーっと…強度に快適さ!どれを取っても文句なしッス!』
自慢げに熱く語る彼は、客の言葉を聞いて首を傾けた。
『ほえ?そちらに?いいッスけど、何に使うんで?――へえ〜。大変ッスねー。けど、丁度いいや。いろんな環境で実験したかったところなんッスよ。後で感想聞かせて下さいね。明日中には届くと思うッス』
言って、後ろを通った若い男に指示を飛ばす。
『え?ああ、いいッスよー、水臭い。お互い様ですってば〜。――ええ。また来て下さいね?そんじゃ、失礼しまーす』
ふっと映像が消え、客は店を出た。
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アシュレイさんとのお喋りを切り上げ、私たちも下におりて行った。
部屋に入ったものの、どうにもウェーアの事が気になって、一人で廊下に出る。
・・・ドアをノックしても、返事がない。いつもなら、扉の前に立っただけで中から声を掛けられるのに。
「ウェーア?入るよ?」
一応断って扉を開けた。明かりは点いていないけれど、廊下の光で少しは見える。
「ウェーア?」
後ろ手にドアを閉めて、暗順応した目で部屋を眺める。――椅子にマントと帽子が引っ掛けてあった。ベッドにいる気配はない。気付かないうちに出て行ったのかな?
いないんなら、いっか。と、部屋に戻ろうとして――
「何をしている」
「――!?あ・・・な、なんだ。いたの?びっくりさせないでよぉ」
パタンと、どこか(たぶんお風呂場)のドアを閉めて彼が出てきた。そして、ゴソゴソしていたかと思うと、
パッと明かりが灯された。
「それで?何の用だ」
黒いタンクトップを着た彼は、額に張り付く前髪を払いながら不機嫌な声で尋ねた。
「えっと・・・外で何かあったのかなって思って。その、すごく疲れてるみたいだったから、さ。それで、聞こうと思ったんだけど・・・邪魔したみたいだね。ごめん。――お休み」
とても話をするような雰囲気じゃない。退散した方がよさそうだ。
「・・・―――」
「え?」
出て行きかけの所で、ぼそりと何か言われた。よく聞き取れなくて振り返ると、ウェーアは口の端を少しだけ上げて、
「明日は砂漠を案内できる者を探すからな。・・・お休み」
「お休み・・・」
―――パタン
「はー・・・」
「ふふふふふ・・・」
「――!?」
心臓が飛び跳ねた。いきなり足元からナギの声がするんだもん。
「な、ナギ?何やって――」
「うふふふふ・・・」
彼女はコップを持ってすうっと立ち上がると、不気味な笑いを残して部屋に消えた。
な、なん、だったんだろう?
○○○
翌日、ナギには聞こえないようにウェーアに昨晩の事を話した。壁が薄ければ、コップを使って部屋の中の会話を聞き取れないことはないが、二人とも何のために?と首を傾げるばかりだった。
「ね〜え。今回はいつまで泊まっていって下さるの?」
食後のお茶を出しながら、アシュレイさんが妙に子供っぽい仕草で聞いた。
「そうだな・・・早くて明日。遅くても四日の内にはここを出る予定だ」
「まあ、短いのねぇ。寂しいわ〜。せっかくかわいい子が三人も来て下さったのに〜」
「ちょっと待て。三人って事は・・・俺も入っているのか?」
「もちろんよ〜。ねえ?」
即答されたウェーアは深い深い溜め息を吐き、同意を求められたわたしは苦笑いするしかなかった。
「砂漠を渡る方法だぁ〜!?んなもん、クダラ使って、ぎょーさん水持ってくしかねーじゃろが!!おめーさんらー、何のつもりか知んねーが、やーめた方がいいじょー?死に行くようなもんじゃてー!!」
「砂漠を横断するぅ!?冗談でしょう?あ。それよりさ、これ買ってかない?安くしとくからさー」
「砂漠を渡る方法・・・そうじゃな、この旅の商人屋さんの何かを買ってくれたら思い出せるかもしれんのう。――今日のお勧めはこのガルザイナー。4500と、ちと値は張るが、滅多に手に入らない――」
町の人に色々と尋ねてみたけど、今のところ収穫なし。仕方なく、クダラという動物を扱っているお店を聞き出し、そこへ向かった。
「クダラ貸します」と刻まれた看板の下には、もみ手をしながら近寄ってくるおじさんがいた。
「はいはい、いらっしぇーませ。クダラをお求めでーすか?生きのい〜い奴がそろってますだーよ」
「後々借りることになるだろうが・・・その前に一つ、聞きたいことがある」
「はいはい、何でござーっしょ?」
「砂漠を案内できる者はいるか?」
「はいはい、おーりますだーよ。ウチで雇ってる奴らができますだ。よーろしければお付けしーますだ」
「あぁ、そうしてくれ。今、その人達は・・・?」
おじさんは今は市場に買出しに行っているから、急いでいるようなら行ってみるといいと、その人達の特徴を教えてくれた。
「そういえ〜ば」
主人は何か言い忘れたのか、市場に行こうとした私たちの足を止めた。
「旦那様方はどーちらまで行かれるんで?大陸の方から来〜られたんでしょ?ゼルチップでも採りに行くんでーすか?かな〜り長〜い旅になーりますだーよ」
「その分儲かるんだ。余計なことは聞くな」
「へ・・・あ、も、申し訳あーりませんで・・・」
本当に、ウェーアは冷たい言い方が得意だ。こっちまで怖くなる。
「えーっとぉ。他の人より頭ひとつ背が高くて、モジャモジャの土色の髪で、彫りの深い男の人に――」
「こげ茶の髪を真ん中で分けている、私たちと同じ背丈の女の子…の、二人組みって言ってたいたわよね」
また二手に分かれて人探し。市場は結構広いから、重労働だ。
「はあー!?五十ぅ!?高ーい!!」
宗教さんに声を掛けられて間もなく、子供特有の甲高い声が一軒の店から発せられた。
「もう少しさ、十でどうさ?――ん?じゃ十五!これ以上は出せないさー。――だめ〜?そこを何とか助けると思ってー。・・・んー。もう一声!!」
道行く人が思わず足を止めるそこには、こげ茶の髪を真ん中で分けている女の子がいた。その後ろには、群集から頭ひとつ飛び出した、二メートルはある長身の男の人が両手に袋を抱えて、困りきった顔で少女を見下ろす。
「・・・あの人達、よね?」
「うん。あーけど、今は無理っぽい」
とりあえず、少女のワンマンショーが終わる前にウェーアに連絡した。すぐに来られる位置じゃないらしい。
「あの・・・×××店で働いていらっしゃる方ですよね?」
ついに主人が折れて、観客から拍手をもらった少女達を通りで捕まえた。
「はい、そうです!何か御用でしょうか、美しいお姉様方!!」
女の子は、さっきとは打って変わって目を輝かせ、かわいらしい声を作る。
「砂漠にお詳しいと耳にしまして・・・。私たちを案内していただきたいのですが、お頼みできますでしょうか?」
「はい!任せてくださいな!私達が無事・・・えっとー、どちらまで行くんですか?」
「ええっと・・・とにかく砂漠を渡らなくちゃいけないんだ」
「野生のゼルチップを採りに?」
わたしの曖昧な返答に、今まで口を開かなかった重みのある声が聞いた。
「それの取れる所よりさらに奥だ」
守護神のごとくたたずむ彼に答えたのは、やっと到着したウェーアだった。
「むむむむむむぅ〜!!」
女の子はサッと守護神の後ろに隠れて、来たばかりのウェーアを威嚇するように睨む。
「俺はウェーア。この二人の旅に同行させてもらっているんだ。よろしく」
彼が握手を求めると、大きな手が出る前にパシンッと小気味いい音が響いた。
「兄さ、こんな奴の話なんか聞いちゃだめさ!きっとお姉様達をたぶらかして――はっ!しまったさ!!手に男菌がっ!?兄さ、中和を!!」
なんだかよくわからない事を言って、女の子は叩いた手をお兄さんの服でこすった。
「・・・すみません。自分はアルミス・フォウル。こっちは妹のロウ。よろしく」
「あぁ。で、その妹はどうして俺を目の敵にするんだ?」
ロウちゃんは手を拭き終えると、今度は猫のように威嚇し始めた。
「お前は女の敵さ!こうしてやるさ!!」
不意にかがんだロウちゃんは、小石をウェーアに投げつける。が、あさっての方向に飛んでいってしまった。
「ロウ、だめだろ?」
アルミスさんは叱る――と言うより諭すような口調で注意した。そしてそのまま買い物袋を片手に、もう片手にロウちゃんを抱えた。力持ちさんだ。
「すみません。怪我は?」
「なんともない、が・・・。いや、止めておこう」
ウェーアは小脇に抱えられてもなお、彼に向かって罵声を飛ばすロウちゃんを見て肩を竦めた。
「ねえロウちゃん。その“オトコキン”って、何?」
ロウちゃんはニッコリと笑って、
「お姉様達のような美しい方を、こいつみたいに手玉に取ろうとする男達のことです。男菌に感染すると、体がごつくて臭くなってしまうんですよ。だから、触られないように気を付けて下さい」
“こいつ”を、ことさら強調してウェーアを睨む。
「手玉に、ねえ」
「想像力豊かね。なんだか妹ができたみたいだわ。かわいいし、無邪気だし」
クスクス笑い、ナギはロウちゃんの頭を撫でる。すると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。どこか仕草が猫っぽい。猫被ってるし・・・。
「無邪気?かわいい?」
ウェーアは、どこが!?とこれ見よがしに顔をしかめた。
「お前にかわいいなんて言われたくないさ!」
声に反応して、即座に牙をむく。噛み付かれそうな彼は大きく溜め息を吐くと、
「とにかく、その男菌とやらは空気感染はしないんだな?」
「本当に、すみません」
場所は変わって静寂とかすかなざわめきの混ざる喫茶店。大声で騒いでいる人達の側に、わざと席を決めた。
注文したものが並べられ、ウエイトレスさんが去ってから話は始められた。
フォウル兄妹にファタムへ行きたいと伝えると、当然のごとく理由を聞かれた。それに対して、
「言う必要はない」
ウェーアは冷たく突っぱねる。この秘密主義者め。
その後、道を選ぶ段階で少し時間が掛かったけれど、大体の決め事はとんとん拍子で進んでいき、会議は滞りなく終わることができた。偏に、ものわかりのいいアルミスさんのおかげだ。反対に、ロウちゃんはナギと話しては時々わたしに振ったりして、ウェーアとアルミスさんの話なんか歯牙にもかけなかった。
ノーム・ホルに戻ると、中はすでにお客さんで一杯だった。
「お帰りなさーい。あ、ウェーアちゃん、なにかお荷物が届いたわよ〜?」
ウェーアは示された地下の部屋に行き、わたしとナギはカウンターの空きに落ち着いた。
「どうだったー?案内してくれる人は見つかったかしら〜?」
「はい。クダラを扱っているお店の方々にお願いいたしました。明日、出発します」
ナギがジュースを受け取りながら言った。
「まあ!それはよかったわね〜。けど、ちょっと残念。もう少しいてほしかったわぁ。――あ、ねーぇ?今日は早めにお店閉めて、皆でお食事しましょうよ。夫はどうせ来ないから、私の甥と息子を呼びましょ。ね?いいと思わない?」
「うん!けど、どうしておじさんは来ないの?」
「あいつは気が向かなければ呼んだって来ない。そのくせ、必要のない時ばかり顔を出すんだ」
戻ってきた彼がわたしの疑問に答えてくれた。
「そうなのよぉ。困った人でしょう?そうやってウェーアちゃんのお仕事を邪魔するのよ〜」
アシュレイさんは相槌を打ちながらウェーアの分の飲み物を渡して、会計のために離れていった。
「そういえばウェーアさん。先程の荷物とは?何かご注文でもされたのですか?」
「ん?ああ、砂漠に出るからな」
彼はそれだけ言って、後はだんまりを決め込んだ。何が出るかはお楽しみってことかな?明日が楽しみだ。




