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VI-1幸・不幸

 港でパキャルー号の人達とお別れして、レイタムの町中へと入って行った。

 少し寂しい気持ちと共に、世界の破壊を防ごうという意気込みを胸に抱き、今日も私たちはひたすら前を目指す。


 「まずは情報収集と宿の確保だな。宿は俺が取っておくから、君達は先に聞き込みをしていてくれ。――ああ、耳飾りと留め具を貸してくれないか?離れていても、会話ができるんだろう?」

ウェーアは歩きながらテキパキと指示をする。さすが年上だ。

「いいよ。ディスティニーにもつながっちゃうけどね」

わたしは素早くブローチとピアスを彼に押し付けた。

「あー・・・まあいい。少し黙っていてもらう。俺から連絡するから、それまで町並み見学でもしながら――頼むぞ」

「ウェーアさんも、お願いいたします。くれぐれも、お酒屋さんには入りませんように」

ナギの言った事が図星だったのか、うっと息を詰まらせて、そさくさと人混みの中に消えていった。


 レイタム・ポートは港町だけに、新鮮な魚介類が豊富だ。だが、近頃突然現れたナシブ砂漠によって水が涸れてしまったので、水の類はとても貴重なものになっていた。そのため、どこかの科学者が発明した“固形水”と言うものが頻繁に市場を飛び交う。これは割ると一瞬にして水ができるという代物だ。コップ一杯から洗濯用の物など、大小様々な大きさがある。人体に悪い影響もなく、味も結構イケるらしい。いったい、どうやって造ったんだか・・・。



 その話は置いておいて。



 私たちは公園を見つけ、ベンチに腰掛けて走り回っている子供達を眺めているお婆さんをターゲットにした。

「こんにちは。お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、こんにちは。どうぞ。お座りなさいな」

おっとりと、話し相手ができてうれしそうに目を細め、席を勧めてくれた。

「あのね、私たち今調べものをしてるんだけど、この島に伝わる古い言い伝えとか、昔話とかってある?」

「え〜え〜、あるよ。ちょうどここから反対側にある半島、“ファタム・ゾウム”のお話しさね」

お婆さんはゆっくりと話し始めた。




 【昔々、ソイルこの島のファタム・ゾウムと言う所に、土の神様“ゲーノス”が住んでおられました。

  ゲーノスは、それはそれは心優しいお方で、動物が大好きでした。ですからゲーノスは、ファタムにいる動物達に普 通の動物達の倍の寿命を与え、いつも遅くまで遊んでおりました。もちろん、私達人間もゲーノスからの恩恵を頂き、 彼を崇めながら幸せに暮らしていました。

 

  ある日、彼らの庭に人間が数人、踏み込んできました。

  ゲーノスは、その人間達が動物をたくさん殺し、その毛皮を持っていってしまう所を見てしまいました。


  けれどもそれをやったのは、人間の形をした悪魔だったのです。


  そうとも知らずに怒り狂った土の神は、人間に復讐をと、ソイル中の土を枯らしてしまわれました。

  しだいに水も涸れ、木々も草花も枯れてしまい、ソイルのほとんどが砂漠と化しました。

  水のない生活に人々は苦しみ、町や村の数もどんどん減ってきました。


  そんなある日、アルケモロスがソイルを訪れました。アルケモロスは町の状況を見て、どうしたのかと人々に尋ねま した。そして、ある日を境に徐々に土が、水が、木々が枯れ、このような荒れ果てた土地になってしまったと知ると、 すぐにファタムへと向かいました。

  砂漠は、昼間とても暑く、夜はとても寒い所でした。おまけに毎日のように砂嵐が吹き荒れ、休みを取るのもままな りません。

  そんな中で、とうとう水も体力もなくなってしまったアルケモロスは、砂漠の真っ只中に倒れ込み、意識を失ってし まいました。


  目が覚めたアルケモロスは、目の前に広がる光景にしばし、我を忘れました。

  そこは何とも美しい林の中だったのです。

  泉の上には石版が浮かんでおり、そこから4つの川が流れていました。

  アルケモロスは、自分は死んでしまったのかと思いました。すると、泉のどこかから声が聞こえてきました。それは とても不思議な声で、まるで頭に直接響いてくるのです。

  驚きながらも、誰かと聞くと、声は“ノース”と答えました。

  ここはどこなのかと問うと、同じ答えが返ってきました。

  アルケモロスは色々とノースとお話し、ここで休息を取ることが許され、再び旅立つ為の準備をしながら充分に体力 を回復させました。


  数日後、ノースにお礼を言い、そこを出た時にはもう、ファタムの山脈が目の前にありました。

  険しい山道を登り、下ったアルケモロスは、視界一杯に広がる草原でゲーノスと会いました。ゲーノスは、まだ人間 がファタムの動物を殺したと思い込んでいましたから、当然アルケモロスも敵だと思いました。ですから、ゲーノスは 何の前触れもなく、アルケモロスを穴の中へ落としてしまいました。

  ゲーノスは覗き込み、何をしに来たのかと聞きました。

  アルケモロスは、何故ソイルが砂漠になってしまったのかを聞く為にと、答えました。

  ゲーノスは当たり前のように、お前達人間が友達のル二アー動物達を必要以上に殺したからだと言いました。そし  て、動物食いルニアーパゴスに復讐するために土を枯らしたのだ、とも言いました。


  アルケモロスはゲーノスを説得し始めました。

  自分達は決して一度に大量の動物を殺したりしないと。それはきっと、悪魔のせいだと。

  根気よく説明してくれたアルケモロスのおかげで、ゲーノスの誤解は解けました。彼はアルケモロスを穴から出し、 すぐにソイルの土を元に戻すと約束して下さいました。

  

  やがて、少しずつ砂漠はソイルから消えていき、新しい木々が芽生えました。

  それ以来ソイルは再び元の豊な生活に戻り、より一層ゲーノスを崇めましたとさ】




 話し終えるとお婆さんは一息つき、こう続けた。

「そんなお話しさね。今、まさにその状況さ。本当に悪魔が現れたのかねぇ」

「ええ、本当に。そう思ってしまうほど状況が似ていますね。――ところでお婆さん。このお話は以前、実際にあった出来事から作られたのですか?」

「さてねぇ。あたしにゃーわからないさ。ずーっとずーっと昔からあるお話だよ」

 私たちはお婆さんにお礼を言い、場所を移動しながらお年寄りを中心に聞き込みをした。

 やはり大体が同じ話で、エバパレイトと違う所は、今度は場所がはっきりしているという事。ファタムに土の神=土の精霊がいるという事だ。


 ナギはディスティニーにもらったソイルの地図を引っ張り出して、ファタムを探す。

 すぐに見つかった。

 近くにいた人に確認を取ると、この地図は古すぎると言われた。なので、急きょ資料館に足を運ぶ。

 レイタムの資料館は、ラービニと違って便利なナビゲーションがない。仕方なく案内板を見て、地理コーナーへ行った。

 やっと見つけた『ソイルの今昔』には、主な町がレイタムを入れて五つしかなかった。しかも、海岸沿いばかりで、内陸はポッカリと砂漠のオンパレード。

 わたしはナギから通信機を借りて、ディスティニーにつなげた。


『やあセリナ!元気だったかい?火の精霊からは無事、ワグナー・ケイをもらえたみたいだね。今、ソイルにいるの?ウェーアさんは?ナギは?皆元気?』


このお喋りインコ・・・。心の中で毒づいてから深呼吸をして、

「そんな事はどうでもいいの。それよりディスティニー!あんたがくれたこの地図、いつの物?ソイルのほとんどが砂漠になっちゃってるの知ってた?」

『もちろん知ってたよ。だからちゃあんと最新の・・・・・・・・』

「ディスティニー?」

初めは意気揚々と喋っていたのに、段々とその声は尻すぼみになっていき、ついには消えた。何度呼んでみても、バタバタという音しか聞こえない。

『・・・な、ない』

暗い声だった。楽しみにしていた大好きなデザートを、誰かに食べられたんだと気付いた瞬間。そんな時のニュアンスによく似ている。

『ご、ごめんよセリナ。どうやら間違えて十年くらい前の物を渡しちゃったみたいで――』

「ちゃんと確認ぐらいしなよ。地図探すの大変だったんだからね!」

『酷いよ!僕を責めることないじゃないか!誰だって間違いはするものだろう?だからちゃんと謝ったじゃないか!』

「問答無用!そんな奴には――」

わたしは窓に爪を当てて、

「セリナ、ここ資料館の中――」

角度を調節して、一気に引く。途端にあの甲高い、背中がぞくっとするような、エラの辺りがそわそわするようなイヤーな音がする。

 片耳を塞いでいるわたしにも結構効いていたけれど、やっぱり音の根源に一番近いブローチから聞いている彼が一番くる。

 ああ、女の人のような悲鳴を上げて、身をよじる姿が目に浮かぶ。

「まあ、今日はこれぐらいにしといてあげる」

ちらほらと、騒音に視線が集まり出したので切り上げた。すると、

『セリナ、何をしたんだ?ものすごい音が響いてきたぞ?』

ウェーアの迷惑そうな声がした。

『ウェーアさん!酷いでしょう!?セリナは僕がついうっかり間違えただけなのに、こんなに酷い仕打ちをするんだ!これって不公平だと思――』

「あっ、ごめんね。それよりさ、例のアレ。いそうな場所わかったよ。って言うか、ひとつしかないんだけど・・・」

『酷いよ!ひどいひどいひどい!!なんで無視するんだい!?僕独りでこんな中にいて、楽しみといえば君達とお話する事なのに、どうして僕に構ってくれないの!?ひどいよ不公平だよ構ってよ!!』

『ファタム・ゾウムか?そこぐらいしかないようだな。ま、わかり易くていいじゃないか』

『ウェーアさん!?君もそんなに冷たい人だったのかい!?そりゃー冷静そうで落ち着いてて、ちょっとおじさんっぽいから僕の苦しみもわかってくれるだろうって勝手に思っていたのは僕だけど、それにしても――』


「『うるさい!!』」


 辺りがシン・・・となった。

『・・・今、どこにいる?』

ゴホンと咳払いをして、ウェーアが気を取り直す。わたしとナギは、コソコソ地図のコピーを取りにその場から逃げ出す。

「資料館の中」

ピアスからはウェーアの他に、すすり泣くような微かな音が流れてくる。

『近いな。外に出て待っていてくれ』


「ナギ、ご苦労だったな。たぶん君が慰めていなかったら、ずっと泣き喚いていた」

合流したウェーアは、わたしにアクセサリーを返しながらうんざり顔を作る。ピアスを付けてもお喋りインコの声はしなかった。もしまだつながっていたら、謝ろうかなって思ってたんだけど・・・ま、いっか。

「いいえ。こういう事は得意分野ですから。そういえば、宿は取れましたか?」

「ああ」

「また、ストフィー・レグ亭だっけ?あんな感じのじゃないよね?」

「残念ながら」

とりあえずホッとした。役割分担の時はテキパキ割り振られたから、ウェーアの変な趣味のことをすっかり忘れていた。確かに、あの宿は面白かったけど・・・。

 今回は・・・・・・期待しておかない方がいいかな?



 そして、目的の宿に着いて一言。


「三人も泊まれる?」


 ウェーアよりも少し高いドア。土を塗り固めた半円球の家。看板には『ノーム・ホル』と刻まれていた。

 やっぱり、ウェーアに任せない方がよかったかな。

「ちゃんと二部屋ある。料金も格安だ」

彼は平然とした態度で取っ手に手を掛けた。

中からパタパタと誰かが駆け寄ってくる。

「いらっしゃーい。その子達がお連れ様?ええっとー」

「ウェーアだ。黒髪のこの子がセリナで、そっちがナギ。――こちらはアシュレイ・ウィザード」

なぜか慌てて紹介をする彼に構うことなく、アシュレイさんはマイペースにあいさつした。

「よろしくね、ナギちゃんセリナちゃん。さっそくお部屋に案内しましょうねー」

ニッコリと、琥珀色の瞳を細めた。

 彼女はゆるくウエーブの掛かった亜麻色の髪を揺らして、ちょっとした食堂も開いているのよと教えてくれた。中は意外と広く、余裕のある円形の室内には、対面キッチンと二人〜四人用のテーブルが五つほどある。


「ねーえ?何年振りかしらぁ、ええとー・・・ウェーアちゃんがここに泊まっていって下さるのはぁ」

「二年ぐらいじゃないか?――そういえば、アイツはどうした。またどこかに遊びに行っているのか?」

「ウチの亭主なら、いつもの所じゃないかしらぁ。――はーい、どうぞー。ここから入れるのよ」

ウェーアと話していたアシュレイさんは、カウンターの後ろのドアを開けながらのんびり言う。ドアの向こうには、上がっていない階段が見えた。

「行きつけのお店?」

螺旋階段を下りながら、1番後ろにいる彼に尋ねる。

「いつも来ているわけじゃないけどな。用があってソイルに来る時には――」

「主に、お酒目当てなのよねー。いけない子でしょう〜?お金はちゃんと払って下さるからいいんだけど――あら。そんな恐い顔をするものじゃないわ。せっかくの美形が台無しよ〜?」

さり気なく割ってきたアシュレイさんを、彼は“余計な事は言うな”って睨んでいた。それに対してペースを乱すことなくいなす彼女はすごい。

 やがて、薄闇の中に温かいオレンジの光が射した。

「はーい。向かって右が一人部屋で、左が二人部屋よ〜。私は上にいるから、何か御用でしたら扉の横に付いているヒモを引いてね。あっ。お食事はどうします〜?こちらまでお持ちしますか〜?」

「いえ、お構いなく。私たちがそちらへ行きますので」

「あら〜!しっかりした子なのねぇ、ナギちゃんは。セリナちゃんは元気でとっても明るい子だし、二人ともかわいいわ〜。ウェーアちゃんも早くいい子見つけないと、売れ残りになっちゃうわよ〜?」

クスクス笑ってからかう彼女に、ウェーアは拗ねたような顔をして、

「余計なお世話だ。――アイツのところに行ってくる。二人とも、ゆっくり休めよ」

あらあらと笑うアシュレイさんを尻目に、部屋に荷物を放り込んで足早に去っていてしまった。

 アシュレイさんとも別れて部屋に入ると、わたしは思わず歓声を上げた。

 中は地下室とは思えないほど広く、明るく、綺麗だった。ちょっとしたスイート並だ。


 日が落ちて、明かりが自動的に灯される頃、わたしとナギは夕食を求めて上へ向かった。

 階段を上がりきってドアノブに手を掛けると、さわさわと話し声が聞こえてきた。お店の中はほぼ満席だ。

 「あっれー?ウィザードさんとこの子、もうこんなに大きくなったの?他人(ひと)の子は成長が早いなあ」

「嫌だわー。この子達はお客様よ。ウチの子はまだ八歳でー、それに男の子。――セリナちゃん、ナギちゃん、何が食べたい?好きなもの選んでね〜」


 アシュレイさんの今日のお勧めメニューを食べていると、なにやら疲れた様子でウェーアが戻ってきた。

「あら、お帰りなさーい。ご飯はどうします〜?」

「いい」

彼は短い断りを入れて、そのまま下へ行ってしまった。

「どうなさったのでしょうか?ウェーアさん、ずいぶんとお疲れのご様子でしたね」

「ん〜。またいつもの事だと思うわー。あのひとったら、ウェーアちゃんの顔を見ると、いつも意地悪するんだもの」

アシュレイさんは困った人よねぇ、と溜息を吐く。

「意地悪?」


「そぉ。意地悪よ〜」


意味深な笑みを残して、彼女は新たに注文された料理を手に離れていった。



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