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V-1しばしの休息

 私たちはファスト山脈と小さな森を抜け、ノウム・ハーバーと言う港町にいた。

 イトレスと別れた昨日は久し振りにおいしい新鮮な料理に、暖かいお風呂に、ふかふかのベッドを存分に味わった。

 今はソイルへ行く船を探している所。

 船着場でお店を出している人に聞いてみる。

「ソイルに行く船・・・そうじゃな、この旅の商人屋さんの何かを買ってくれたら思い出せるかもしれんのう。――今日のお勧めはこの、どこで拾ったのかわからない首飾り。五千とちと値は張るが、滅多に手に入らない――」

「あぁ、いい。知らないのならいらない」

 気を取り直して、一人のおじさんに尋ねた。

「ソイルに行く船ねえ。ちょーど昨日来とったがね、あと三、四日しねーと来そうもねーなー」

肩をすくめられたけど、私たちはなるべく先を急ぎたい。なんたって、いつ世界が消滅するのかわからないんだ。だから、誰かそこまで乗せてってくれそうな人はいない?ってさらに問い詰めた。すると、


「なんだいあんた達、ソイルに行きたいのかい?」


後ろから声を掛けられた。振り向くと、背の高い気の強そうな女の人が紙袋を抱えて立っていた。

「あの、ソイルへ行く船があるのですか?」

「ああ。あたいん所荷物船だから客船みたくいい所はないけど、それでもいいってんなら親父に聞いてやるよ」

と、いう訳で親切なお姉さんのお父さんの荷物船に乗せてもらうことになった。

 その道すがら、ナギがお姉さんに名前を聞いたことをきっかけに、自己紹介をした。 

 オールバックの栗髪をヘアバンドで留めているお姉さんはアテネさんと言い、腕に巻いている赤紫の布はお父さんの船のトレードマークらしい。頭の四角いフレームのゴーグルは、お母さんからの贈り物。

「そいやぁあんた。ウェーアつったっけ?あんた前にもここら辺に来てなかったかい?」

アテネさんは不意に振り向いて深緑のマントを着込んだ彼に訊いた。

「ああ、ちょくちょく旅をしているからな」

「仕事さぼってね」

わたしが付け足すと、ギロって睨まれた。

「へーそりゃ悪い奴だね。まーいいけど」

思いっきり人事として済まされた。実際そうなんだから何とも言えないんだけど・・・。

「それにしてもよく覚えてたな」

「そんな暑っ苦しい格好してりゃーね。嫌でも目につくっしょ。・・・今回はツンツク頭のおっさんはいないんだね」

「ああ・・・。そうだマクライア。ひとつ聞きたいんだが―――」

 わたしは港の市に並ぶいろんな形や大きさをした魚介類を見ながら、二人の会話を聞き流した。


 「親父!親父!!いるんならさっさと出て来な!」

 アテネさんは、パキャルー号の船着場に着くなり怒鳴った。

 パキャルー号は荷物船だけあって、すごく大きかった。紺色に塗られた船体に赤紫の三本マストが――まだ折りたたまれているけど――よく映えていた。桟橋では、同じく赤紫の布を思い思いの所に着けている男の人達が、忙しそうに荷物を積み込んでいる。

 と、アテネさんの怒鳴り声に反応して、一人の中年男性がガニマタでこっちに近づいて来た。男の人は、頭に赤紫のバンダナを巻いて、白い物が混ざる顎鬚(あごひげ)をリボンで結んで、ガッチリとした体を揺らす。右目を×印に切られた痕があったけど、その目以外はアテネさんとは似ていない。

「お前、用があんなら自分から来るってーのが礼儀じゃろ!――あん?なんだーそいつらは」

おじさんは私たちを顎でしゃくった。

「こいつらソイルに行きたいんだってよ。どうせ行くんだから乗っけてっていいだろ?金も払うって言ってるし」

「へー。物好きもいたもんだー。部屋せめーし、食うもんもワシ等と同じじゃぞ?働いてもらうかもしれねーが、それでもいいってのか?止めといた方がお前達のためだと思うがなー」

そう脅し(?)ながらおじさんは、値踏みするように私たちを眺め回す。

「なに脅してんだよ。部屋だって二つや三つ余ってんだろ?乗せてくかんな。――ついてきな。案内してやる」

アテネさんはさらりとおじさんを無視して、ずかずかと荷物を運ぶ男の人たちの間をぬって行ってしまった。どうしたものかと立ち尽くしていると、

「うら、行かねーのか?ちゃんと乗っけてってやるから安心しな。ったく、言い出したら聞かねーかんなー、あいつは」

私達は、ぶちぶち文句を言うおじさんに続いて船へ上がっていった。


 アテネさんが案内してくれた船内は、必要最低限の物しか置いてなかったから、結構すっきりとしていた。船室は板張りの廊下伝いに両側にあって、それぞれ名前が書かれたプレートがぶら下げられていた。わたしとナギはそれぞれ一番奥にあった空き部屋を選び、ウェーアは少し離れた所にあるそれにした。

 わたしは荷物を置くと、甲板の様子を見に外に出た。同じタイミングで他の二つのドアも開けられ、私たちは笑いあって甲板に続くドアを開けた。

 外ではちょうど最後の積荷が入れられている所だった。アテネさんは見当たらず、代わりにおじさんが改めてあいさつする。

「ま、何にもねえがゆっくりしてってくれや。娘が滅多に拾ってこねー客人じゃからな。責任持って運ばせてもらうぜ」

「はい。よろしくお願いします。――私はナギ。こちらはセリナと、ウェーアさんです」

さすがはナギ。テキパキと私たちの分まで紹介してくれた。たぶん、こういう時わたしは話すきっかけを掴めないでいるだろうし、ウェーアはもしかしたら、お互いの名前もわからないまま過ごしてしまうかもしれない。

「おう。わしはシードクルドバルカン・マクライアじゃ。シドでええ。――ところで、さっきから気になっとったんじゃが、あんたー・・・・・・・いんや。なんでもねえ。忘れてくれ」

シドさんはウェーアを見て、思い留まったように言葉を切ってしまった。


「親っさーん!準備、完了ッスー!」


 なんだろうって思ったけど、元気のいい船員の声に阻まれてどこかへ行ってしまったから、聞きそびれた。ちょっと気になっただけだから別にいいけど。

 船が動き出し、慌しく働いていた船員たちもホッと一息つく頃、わたしはお昼までの時間を潰すため、甲板でボーッとしていた。乗り物には強いわたしは船酔いする心配もなく、心地よい海の風に髪をなびかせながら、雲ひとつない空や底まで見えそうな透き通った海を眺めていた。

 船の速度は速い。あっという間に港から離れて行ったし、ディバインの大陸もどんどん小さくなっていく。その割にはエンジン音がしなくて、水を掻き分けてすべるように進んでる。まさか風だけの力で動いてるのかな?


 しばらくして、アテネさんに呼ばれたので船内に下りて行った。

 食堂にはガヤガヤといろんな人がいて、それが普通なんだけど、なんだか不思議な感じがした。

 わたしは黙々と食べている人や、昼間っからお酒を飲んでいる人や、早食い競争をしている人達を横目に、一角で手を振っているナギを目指してアテネさんの後に続いた。 アテネさんが通るとおじさん達は、“アネゴ”とか、“姉さん”とか声を掛けていった。

「ちょっとうるさいけど我慢してくれよ」

一言いって、彼女は離れて行った。わたしもナギとウェーアのいる席について、すでに用意されていた昼食をいただく。味は少し濃かったけど、新鮮な魚介類を使っていたからすごくおいしかった。

 昼食後、私たちが甲板の邪魔にならない所で日向ぼっこしてると、

「よう、そこの兄ちゃん。食後の運動にオイラと腕試ししねえか?」

背の高い、青いホウキ頭の青年が寝転がっていたウェーアに話しかけた。

「俺と、か?」

彼は片目を開けてその人を見る。

「おうよ。オイラに勝てたら、パキャルー号イチの強っえー高っけー酒やるぜ!」

「のった!」

威勢よく持ちかけられた勝負を、威勢よく受けた。しかもうれしそうに破顔している。

「ちょっとウェーア。あんたまだ未成年でしょ?お酒飲んでいいの?」

立ち上がって早くも準備をし始めたウェーアの服のすそを引っ張った。

「問題ない」

「だめですよウェーアさん。あと一年待ちましょうね」

「譲ちゃんたち、そんな厳しいこと言わんといてさ。この兄ちゃんが勝ったら、良いもんやるからよう」

ホウキ頭の人の周りにいた一人のおじさんが、横からニコニコ顔で頼むようって言うと、

「ほら、何もしなくても君たちも何かもらえるんだ。いいだろ?」

「どうなっても知らないよ」

「大丈夫だ。俺が負けた所、見たことあるか?」

「そんな余裕かましてていいのかい?こいつ、一応この中で一番強いから、青あざ程度じゃすまないよ」

「お?なーんだアテネ。今日はやけに肩持ってくれっじゃん。やっとオイラのよさを解ってくれたんガハッ!?」

箒頭がニヤニヤしながらアテネさんの肩を抱くと、鳩尾に強烈な肘鉄が送られた。

「はん。ただ客に怪我させたくないだけだよ。あんたこそ、こんなヒョロヒョロした優男に負けたらバタムラバの傷が泣くよ」

不意を付かれて痛みにうめくホウキ頭を見下して、アテネさんは涼しい顔でヒョロヒョロの優男を顎で指した。

 確かに、ホウキ頭と比べたらウェーアは小さくて細くて少し頼りないような気がするけど、見た目に反して力も結構あるし、タフだし、スピードがある。

「そのほほの傷は、バタムラバに付けられたものなのか?」

ウェーアはなにやら、目つきをほんの少しきつくしてそう聞いた。

「おうよ。けど、その代わりにそいつを海ん中突き落としてやったぜ!――まあ、かなり手こずったけどよ」

情けないとでも言うように、決まり悪げな苦笑いだった。

「そうか。けど、大したもんだな。――俺はウェーア。お前の名前と勝負方法は?」

「オイラはシユウ・クロト、二十五歳。武器はなし。相手が“まいった”っつうか、気絶するまで続ける。ようは(これ)で勝負だ」

シユウと名乗った箒頭は、ぐっと握り拳を作った。

「ちょいと、そりゃあウェーアって奴に不利じゃないかい?あんたの攻撃喰らったら一発で骨折れるかのされちまいそうだよ?」

 せっかくアテネさんが心配してくれてるっていうのに、ウェーアは問題ないとか言って、帽子とマントを取り外した。


□□□


 俺は長剣を丸めた外套の上にそっと置き、軽く準備運動をしながら相手を観察した。

 長身のシユウは上背があり、腕も太い。荷物運びを仕事としているくらいなのだから、脚腰も相当鍛えられていることだろう。捕まってしまってはだめだ。俺が唯一彼に勝っているものは速さぐらいか。

「準備はいいか?先手取っていいぜ」

隙のないいい構えだ。武術を習った経験があるのかもしれない。

「それじゃあ、お言葉に甘えるとするか」

対して俺は特に構えない。ただ左足を少し引き、余分な力を抜く。

「いくぞ?」

「おう!」


 思い切り甲板を蹴った。

 体勢は低い。相手にとっては突然消えたかのように見えただろう。


 俺はシユウの足元で片手を付き、その顎へと向かって踵を突き上げる。一発で終わらせるつもりだった。だが彼は敏感に反応し、すれすれの所で体を反らした。靴の底がヂッと顎を掠める。動体視力もいいようだ。

 シユウが躱した反動で足を振り上げてきたので、右手を軸に反転し、攻撃を避ける。そこへ拳の雨が降ってきた。何とか躱すことが出来たが、その威力には目を剥いた。振り下ろされる度に、甲板の板が割られてしまいそうな程たわむ。アテネの言ったとおり、当たれば一発でのされてしまいそうだ。


「どうしたいウェーア!逃げてばっかじゃ勝てねーぜ!」


 引いた足が何かに当たった。どうやら船の縁まで追いやられてしまっていたらしい。

 相手は俺のあばらを狙い、蹴りを放つ。


 背後はうず高く積み、固定された荷物。


 右へ行けば海。


 左からは蹴りが迫ってくる。


 しゃがむような余裕はない。


 逃げ道は――いや、ひとつだけ・・・


 俺は見計らって彼の足の上に手を添え、体を浮かして彼の背後へと回る。

 そして――


「――うお!?」


体の回転を利用して回し蹴りを決めようとしたのだが、太い腕に防がれてしまった。俺は素早く後退し、間合いを取る。


「なっかなかやるなあ。後ろ取られたの、初めてだぜ」

「そっちこそ。俺も今の蹴りを防がれるとは思わなかった」

 師匠とあいつには、よくそれを逆手に取られたものだが。

「へへっ。久しぶりの上玉だ。もうちょい楽しませてくれよ〜」

「さて、期待にそえるかな」

「お前ならできるさ!」

 雄叫びを上げ、拳を振りかぶり、そこそこ早い足で突進してくる。俺はそれを見切り、横に体を(さば)きながら彼の腕を掴みひねる―――と同時に足を払った。するとシユウの体は一瞬中に浮き、重力に逆らうことが出来ず、甲板に叩き付けられる。

 普通の者ならばこれで勝負が付いているはずなのだが、今回は例外だ。シユウは肺の空気を無理矢理押し出され苦しむが、すぐに起き上がりまたしても拳の雨を降らせる。


 そろそろいいだろう。


 攻撃を避けながら心の中で呟き、隙を突いて彼の懐へ飛び込み――


「――うぐっ」


 掌底をまともに喰らったシユウは後方へ飛ばされ、縁に体をぶつけた。

 今度は息を荒げ、立ち上がろうとはしなかった。

 俺は両手足を大きく投げ出して倒れている彼を上から覗き込んだ。

「へへ・・・だめだ、まいったぜ。オイラの負けだぁ〜」

「すまないな。少しやりすぎたか?」

手を差し出し、彼を起こした。

「うんにゃ、いいってことよ。オイラおめーをなめて掛かってたかも知れねーなー。それにしても、小っこくって細っせーのに強いんだな、ウェーア」

「小さいと細いは余分だ。太れない体質でな」

また子供扱いする手を払い退け、意地悪く見えるようニヤリと笑みを浮かべた。


□□□


 なんだかんだ言って、本当に勝ってしまった。あんなに体格に差があるのに、ウェーアはいとも簡単に相手を負かす。しかも、息ひとつ乱れてない。ウェーアの本気って、どんなものだろ。

「まさかあんたが負けるなんてね。ほら、汗拭いときな、風邪引くよ。――それにしても、あんた本当に人間かい?シユウの攻撃全部避けるわ、かすり傷ひとつ負わないわ、息乱れないわ」

アテネさんは持ってきたタオルを二人に渡し、しげしげとウェーアを見た。珍しい生き物でも見るような目つきだった。

「残念ながられっきとした人間だ。旅をしていると、自然と体術が身に付くものでね。ま、最も得意としているのはこれだけどな」

そう言って、彼は剣を掲げて見せた。

「ガッハハハハハ!こりゃあ愉快、愉快!!ウェーアの坊主、感謝するぜ!」

「やりましたね、親っさん!」

 いつの間にか来ていたシドさんは、一人の船員と肩を組んで皮袋をチャラチャラ鳴らしながら、小躍りしていた。

「礼には及ばない。俺は酒が欲しいだけだからな。くれるんだろ?」

どうやらここに集まった人たちの中で、賭け事がされていたみたい。で、その結果ウェーアに賭けたシドさんと紫っぽい髪をした人が勝ったって言う訳。

 ウェーアはそんな事どうでもいいって感じで、お酒に飛びつき、私たちは小物がごった返している箱の中からひとつづつオマケをもらった。ナギは青い綺麗なリボンで、わたしは八角形の、厚みのある水晶のペンダント。ウェーアはもうお酒の栓を開けて飲もうとしていた。

「・・・そういえば、ラルクと戦った時、尻尾がスパーッと切れたよね?あれってなに?」

ふと思い出して聞いてみると、ウェーアははたと手を止め、

「おーいシユウ。一緒にどうだー?」

思いっきり無視された。

「ちょっと!無視しないで教えてよぉ!」

彼の腕を掴み、おもいきり揺する。

「ぅわっ!?や、止めろ。酒が・・・せっかくもらった酒がこぼれる!」

「嫌なら教えて!」

「おーおー。仲がいいねー、お二人さん。まるでオイラとアテネみてーだあっ!?」

冷やかすシユウさんの頭に、大きな箱が飛んできた。


「おお!!アネゴ必殺、物投げ炸裂かぁ!?」


とか言って、周りではやし立てるおじさん達をアテネさんはひと睨みで黙らせた。

「ひっでーことすんなー、アテネ。オイラじゃなかったら死んでたぜ!?」

「あんただからやったんだよ。どうせ脳みそまで筋肉だから、痛いなんて思わねーだろ!」

「っんだとー!?」

「あんた達、悪い事は言わねえ、早く避難した方がいいぞ」

シドさんが私たちを振り返って警告した。

 わたしにはシドさんの言葉の意味が汲み取れなかった。けど鼻先を、アテネさんかシユウさんが投げた物が掠めたので、他の人達と一緒に船内に逃げ込んだ。


 結局、その喧嘩は夕食にまで影響を及ぼした。

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