IV-16新たな出会い
「!!」
大きい。とてつもなく大きな羽を持った巨大なドラゴン。鎧のような鱗は赤銅色に鈍く光り、鋭い牙や爪をギラつかせ、それはそこに威風堂々と佇んでいた。
『我が名はラルク。炎が力、司る者なり。我、そち等の名を問う』
ラルクは、火の精霊は荘厳としていた。あの高圧的だって思ったディグニさんの、何倍ものプレッシャーが重く圧し掛かってくる。ましてやルシフと比べたら天と地の差だ。
そして、ウェーアが堰を切って名乗ると、続いてナギの服を掴んでいたわたし、最後にナギが名乗った。
『む。ウェーアなる者、アライオスが血 そちの中より騒ぎ立てるか?』
ラルクはその大きな鉤爪をウェーアに向けて、重々しく告げる。
「アライオス?」
「一年中旅をしていた人達の事よ。放浪の民とも言われているわ」
ナギがこっそり教えてくれた。
「祖先が世話になったらしいな。ちなみにもう、アライオスではなくなってるぞ?」
『む。しかし、アライオスが血、しかとそちの中に見ゆる。我、剣交えたりし者と、そち似通らん』
わたしはラルクが言っていることが所々判らないけど、ウェーアちゃんと理解しているみたい。
「その目は見えているのか?」
『我が眼、見えつらん。されど、そちの魂が炎しかと見えん』
「“魂の炎”だなんて、よくそんな恥ずかしいセリフを・・・」
思わず口に出ちゃった。ナギもウェーアも驚いた顔でわたしを見て、スイシュンは開いた口が塞がらない。
これは、失言でした。
「セリナ、場の空気を読め」
ウェーアは呆れて、ナギは笑い出し、スイシュンはわたしを睨みつける。
「そんなこと言われたって、言っちゃったものはもう・・・ウェーアだってそう思わなかった?」
口を尖らせて言うと、
「俺は・・・・・・・・・話を戻そうかラルク」
彼はわたしを見て、次にラルクに視線を戻しながら言った。
『・・・・・・』
「「・・・・・・・・・」」
しばらく気まずいような沈黙が流れて、ラルクがそれを破った。
『む、むぅ。して、そち等は何故 我 来駕したり』
「私たちはあなたのワグナー・ケイを譲っていただきたくて、ここまで参りました」
『我がケイを、とな?何故』
「えっとね、ワグナー・ケイを集めれば、世界の消滅が止められるの」
『・・・む?セリナとやら、そちはこの世界が者と違なる。悠遠の彼方より耳にせりしあれなる詩、惜しむらくは浮世となりしかな。むぅ・・・“アルケモロス”はそちなりか』
なんて言ってるのかよく判らないけど、ラルクは驚いていて、そして少し悲しそうだった。
「アルケモロス・・・確か、“運命の開始者”だったか?」
ウェーアがボソッと記憶の辞書を引いた。
運命の開始者?わたしが?アルなんとかって、前にどこかで・・・
「ラルク様!その詩とはどういうものなのですか?」
今までずっと沈黙を守っていたスイシュンが口を開いた。ラルクは赤銅色の鎧を鳴らしながら頷き、こう答えた。
『悠遠の古来より伝わりし詩なり。
“違なる世界より 出し者現るる時
互いが 消滅せん
違なる世界より 出し者現るる時
ワグナーなる石 集めるべし
さすれば 同等なる日常 再び回らん”
それなるもの 今浮世となる。我、力貸さん。されど無条件では通すまじ』
詩は、以前ウェーアが教えてくれたものと似ていた。たぶん同じ物なんだと思う。
「なんだ?条件があるのか。あれだけ俺たちを危険な目に遭わせておいて、それはないだろう」
わたしはハッとした。そういえばここにくるまでに、散々な目に遭ったんだ。怪物に襲われたり、道を隠されたり通れなかったり、ボーリングのピンにされたり・・・・・・
『あれなるもの 我の時潰し。故にこれとは関係あらん』
私たちの不満もよそに、ラルクは平然としている。他人が楽しむ為だけに、あんな危険な目に遭わせられたなんて。
「でしたら、今度は私たちに何をしろとおっしゃるのですか?」
『む。我、ウェーアと手合わせ願う』
「ほう、それは望む所だ」
ウェーアはあっさりラルクの挑戦を受けとると、その前にと付け足した。
「彼女たちを安全な所に避難させてくれないか?もしものときがあったら困る」
ラルクはそれを聞くと、広い広間の隅を前足で指した。
首を巡らせると――
――何にもない。
からかわれたのかな?
『今しがた 外からの衝撃、遮断する幕 張りにけり。行くがよい』
どうやらあの、透明な壁を作ったみたいだ。
三人でさっそくそこへ向かった。その前に、わたしはウェーアに呼び止められた。
「これ、持っててくれないか?」
「え?いいの?」
手渡されたのは荷物と帽子と、いつも着ているマント。今まで外にいる時は、絶対取った事のなかったマントを外すなんて珍しい。
「ああ、耐火性じゃないからな。誤って燃やしてしまうと困るから」
「ふうん」
腕に掛かったマントは、なぜかひんやりとしていて気持ちが良かった。
いったい、何でできているんだろう?
不思議に思いながら、わたしは前の二人を追って、透明な壁――だから、あるかどうかわからないけど――に入った。 その時、リンと冷たいけど軽やかな音がした。
壁の向こうでウェーアが剣を構えるのが見えた。
□□□
こんなにも巨大な力を持つ者と戦うのは初めてだ。はたして勝てるかどうか・・・
ラルクは火の属性。ならば、水に弱いはず。だが、少量の水ではすぐに蒸発させられてしまうであろうし、そんなにも多くの水を持っているわけでもない。
これは、全力で掛からなければ、命を落としかねないだろうか・・・
『ウェーアよ、アライオスが力、しかと見せよ。ゆくぞ!』
「来い!」
言った途端にラルクの口から紅蓮の炎が吐き出された。
速い・・・!
ギリギリのところで躱した俺は、ラルクとの距離を一気に縮める。すると、横手から素早く狙う何かがあった。俺はその尾に手をそえ、反動で上へと跳ぶ。と、同時にまだ追ってこようとする尾に、真空の刃を放つ。
『ぐぬぅ・・・。その歳で・・・恐ろしき人間なり。されど――今だ甘し!』
「しまっ――!」
空中へ逃れた事により逃げ場を失った俺は、格好の獲物となってしまった。そして当然のごとく、噴射口から炎が繰り出される。俺は咄嗟に“力”で勢いを半減しようとしたが、あまりの速さに上手くいかず、少し足と手を焼かれてしまった。
どうにかしてこの巨躯の死角へ回りこまなければ。このままでは丸焼きにされかねない。
俺はゴロゴロと転がるように地へ落ち、すぐさま反撃へと転じた。
上からは連続して炎の塊が降ってきている。それを躱しながらラルクの懐へ潜り込み、
「喰らえ!」
剣に“力”を上乗せさせ、赤銅色の甲冑の腹を切り裂いた。
一拍遅れて、獣の叫びが鼓膜を打つ。
『ぬぅ・・・。我の力、炎だけにあらず!』
苦しみながらも発せられた言葉を全て認識する前に、俺は激しい衝撃を受け、吹き飛ばされていた。
威力を減らそうとはしたが、あまりの強さにそれもままならない。
岩壁に叩き付けられ、肺の空気が無理矢理押し出された。一時的呼吸困難に陥るが、容赦なく襲い掛かる炎に素早く反応した―――つもりだったが、如何せん、速すぎて対応しきれない。俺はついにその一つを足に喰らってしまった。
(まずいな・・・)
これでは動きが鈍る。向こうもそのつもりで狙っているのだろう。俺もだいぶ息が上がってきた。それに加えこの暑さ。そろそろ決着を付けなければ・・・
その時、
一瞬攻撃の波が止んだ。
俺は体中の痛みを無視して、ラルクへと肉薄する。
『終わりにしてくれようぞ!』
ラルクが口に炎を溜めていた。かなりの大きさだ。
それが鼓膜を打ち破る程の轟音とともに打ち出された。
大きさの割に、恐ろしく速い。
巨大な炎の塊が対象に当たって弾け―――
―――だが、俺はそこはいなかった。この時のためにラルクをできるだけ壁の近くまでおびき寄せて置いたのだ。
ラルクは俺の思惑に目敏く気が付き、頭を巡らせる。そこへあるものを投げつけ、短剣で割り砕いた。
『ぬぅ!?されど所詮は少量。効かぬわ!』
それはわかっていた。水筒はただの牽制に過ぎない。ラルクが気取られている内に、俺は壁を足場に横手から跳躍していた。
「これで終わりだ!」
言葉と共に遠心力を付け、その首筋へと鋒鋩を吸い込ませ―――
『何故我、貫かん』
「質問を質問で返そうか。――なぜ手を抜いた」
剣の切っ先は、精霊の鱗の隙間に食い込んで、そこで止まっていた。
『はて、なんの事やら』
「ふざけるな!」
らしくもなく、俺は声を荒げていた。だが、すぐに自制をきかせて感情を押し込む。
「貴様、わざと手を抜いたな?今のは充分に躱せたはずだ。炎とてあんなものではないだろう」
精霊は押し黙っていた。
俺はもう、経験の浅い子供ではない。相手の力の大きさぐらい、大体把握できる。
「答えろ」
『むぅ・・・確かに、そちの言葉、真なり。されど、さもなければそちが命、落としかねん。・・・そちにも同等たる事、言えつらんに』
痛いところを点かれた。確かにそうだ。
『連れ居る為、か?』
「それは・・・そうだが。お前が手を抜いていたせいでもある」
釈然としない面持ちで答えると彼は、
『屁理屈を』
笑みを含む声(と言えるのだろうか)で、返してきた。腹黒いやつめ。
「あのなあ・・・まあいい。これで貸し借りなしだ。一応、条件は満たしたんだから、約束守れよ?」
『む。よかろう』
俺は礼を言い下へ降りると、足の痛みに思わず膝を付いた。
「戦闘って、いいですね!」という回でした。すみません。
ええ、趣味に走りましたとも!!
後悔はしない。反省はする。




