IV-15新たな出会い
『我が僕。太陽が高く昇り来る頃、三なる人間来る。我が許し得る時まで 決して近づけぬよう。――良いか』
「御意」
□□□
暑い!!
いったい何なのこの暑さは。どうもここ最近暑さが増してきている気がする。それは、ラルクに近づいているって事なんだろうけど。
さすがのウェーアも汗を流し始めた。私たちは流れる汗を拭い拭い進む。今のところはありがたいことに、何にも襲われてない。この暑さが和らいでくれたらもっとうれしいんだけど。
言葉もなくダラダラ歩いていると、
「あら?何か光っていませんか?」
と、ナギが前方を指す。もう少し近づいてみるとそこには―――
「水だ―!」
清らかな川が道を大きく横切っていた。
「エバパレイトは比較的川の本数が多いが、こんな所からも流れているとはな。暑いし疲れたし、ここで少し休んでいくか」
「やったー!」
「だが、迂闊に近づくと――」
わたしはウェーアの言葉も聞かずに、乾いた喉を潤そうと一目散に駆け出していた。そして川の淵に膝を付いた途端――
―――パシュッ!
「!?」
「人の話は最後まで聞け」
「あ・・・・・・?」
何が起こったのか全然わからなかった。
いつの間にかウェーアの手の甲が目の前にあった。
わたしが、彼が何の事を言っているのか理解する前に、またさっきのパシュッ!っていう音がして、
「ちっ」
彼は頭を傾けて飛んできた何かを躱した。そしてすぐに水の中に手を突っ込んで、素早く何かを捕まえる。
「まあ」
出てきたのは口の所だけ大きく膨らんだ、体の細い魚だった。
「口に含んだ小石で獲物を狙う魚の一種だ。普段は小さな虫とかを標的にしているんだろうが・・・また火の精霊の仕業か、セリナが虫に見えたのか・・・」
「どーやったらわたしが虫に見えるのよ」
魚を遠くの方に逃がしてやったウェーアをひと睨み。あの音は、口から鉄砲のごとく発射された小石の音だったみたい。
「冗談だって。そんなに怒るな。ま、これ以上は出てきそうにないからもういいだろう」
ということで、私たちはやっと、おいしい水にありつける事ができた。
交代で水浴びと荷物番をして、汗をかいた体をさっぱりさせた。
空にはピンク色の月が浮かんでいた。ナギが言うには、あの月はどこにいても必ず見えて、太陽よりは弱いけど自分で光を放っているらしい。だからこんな昼間でもくっきりと見る事ができる。
しばらくすると、被って遊んでいた帽子が取られた。
「さて、行くとするか」
水の恵みでさっぱりとした私たちは、再び歩き始めた。
せっかく汗を流したのに、また服が重くなるほど汗をかいちゃった。うだってしまうほど暑い。
「あの角を曲がった所だ」
お昼過ぎ、不意にウェーアが呟いた。
あの先に火の精霊、ラルクがいる・・・はず。
「なんだか、緊張するわね」
「うん」
ラルクはどんな精霊なんだろう。性格は、今までのいろーんな事で少しわかったけど。
緊張、不安、期待。今の気持ちはそんな感じ。
「行くか?」
ウェーアは確認するように私たちの目を見た。
もう、ここまで来たんだ。今更“ちょっとタンマ!”はできない。
「行こう!」
私たちは足を踏み出した。――地獄の劫火へと向かって――
「そこで何してるんだ?」
角を曲がった先には岩の壁しかなかった。つまるところは行き止まり。けど、そこには一人の少年がアグラをかいてどっかり座り込んでいた。
「別に?座っとるだけや」
エバパレイトの訛りで少年はぶっきらぼうに答える。彼は、そばかすのある顔に茶色い目、真っ赤な髪をしていた。
「そうか」
ウェーアが無防備に岩壁へと近づき、ゴツゴツの岩肌に手を伸ばす。
「なあ〜!?ちょ、ちょちょい待てや!何入ろうとしてんねん、あかんやろ!」
少年は急に慌てて、背後にあった槍のような物を持って、ウェーアを引き止めようと立ち上がった。
「なんだ?ここに手をつけば中に入れるのか?」
かかったな、とばかりにニヤリと笑う。
「げっ!・・・と、とにかく入るな!」
槍を構えた赤髪は、ウェーアの鳩尾辺りに焦点を定める。
「入っちゃいけないのか」
矛先を突きつけられているのに、彼は動じることなく続けた。
「駄目に決まっとるやろ!」
「なんでだめなの?」
少し近づいて、少し高い位置にある茶色い目を見上げた。
「だめだからや」
苛立っているのがよくわかった。
「ちゃんと答えてよ」
早口に言う彼の言葉がディスティニーと重なって、ちょっとムッとした。
「うるせー黒髪チビ!!」
「なんだってぇ!?そばかす猿!!」
「まあまあセリナ、落ち着いて」
今まで黙っていたナギがこぶしを震わせているわたしをなだめて、
「なぜあなたは私たちを通してくださらないのですか?」
と、ムカツク赤髪に優しい笑顔を見せながら、丁寧に尋ねた。問われた方はなにやら口をパクパクさせてたけど、やっと声を出して、
「あ・・・な、なな中に、ら、ラルク様が居られるからです」
と、態度を一変させてそう言った。
わたしとウェーアはそろって顔を見合わせた。
□□□
私がこの男の子に話し掛けると、正直に答えて下さいました。これは使えそうだと思い、私は話を進めました。
「そうですか。ではここが火の精霊さんの住家なのですね?」
「そ、そうです」
「中に入れていただけませんか?」
「あ、あなた様なら喜んで!」
彼はそう言ってくださいました。けれども私だけでは意味がありません。
「ひとつあなたにお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「は、ははい!」
「私たちはどうしてもラルクさんにお会いしなければなりません。私たち三人を通していただけませんか?」
すると彼はしばらく黙り込み、
「・・・すみません。残念ながらそれはまだできません。ラルク様に許しを得るまでは、何人たりとも中へ入れるなと仰せつかまっておりますので・・・」
と、申し訳なさそうに言いました。
すると――
□□□
『スイシュン、そこな人間、我の所へ案内せよ』
ルシフの時と同じ、鼓膜を震わせる感じじゃない頭に直接送り込んできているような、重い重量感のある声がした。
「ラ、ラルク様!御意!!すぐに案内いたします」
慌てた様子で返事をしたスイシュンと呼ばれた少年は、わたしとウェーアの方を見ると、
「ホンマはなぁ、お前らなんか連れていきとうないんや。ラルク様の広い御心に感謝せいよ」
さも偉そうに告げる。
わたしが怒りで何も言い返せれないでいると、スイシュンはさっさと壁に手を当てて、岩の扉を開いた。途端にブワッと熱気が洩れてくる。
「足下に気を付けて下さい。――そういえば、あ、あなた様のお名前は?」
「ナギ・セイムです。案内よろしくお願いします、スイシュンさん」
「は、はい!任せてください、ナギさん!・・・い、いい名前ですね・・・」
「「・・・・・・」」
ディスティニーじゃないけど――
「差別だよな、これは」
「やっぱ?同じ事考えてたみたいだね」
冷めた視線で前の二人を眺めながら、その後に続いた。
しばらく細い道(両脇は奈落の底へと続く深い谷)をひたすら歩いた。周りは不思議な緑色の光で包まれていた。
わたしは落ちそうで恐くて、ウェーアのマントをがっちり掴みながら進んでいた。
「高所恐怖症か?」
ウェーアが肩越しに振り返った。
「そうでもないけど、こんだけ道幅狭くちゃ・・・。ウェーアは恐くないの?」
「綱渡りしているわけじゃないか――」
「?――わっ!?」
突然言葉を切ったかと思ったら、いきなり彼が足を止めた。降ろしかけてた足を止められず、頭の隅で止まれって叫んだけど駄目で、わたしはウェーアの背中にぶつかってグラリと体が傾い――
「――っと。大丈夫か?」
落ちる前に彼に支えられて、なんとか難をまぬがれた。
「あ、ありがと。もう心臓が止まるかと――って、ウェーアがいきなり止まるから落ちそうになったんじゃない!」
「ああ、すまない。少し、な・・・」
謝る彼の目は、どこか遠くを見つめていた。
「セリナ?ウェーアさん?置いていかれてしまいますよ?」
ナギの声がかかったので、私たちは先を急いだ。
「ラルク様、お連れいたしました」
スイシュンが言うと、目の前の壁が突如として青白い炎に変わった。溜め息の出るほど綺麗な眺め。けど、炎が消える気配は一向になく、逆に勢いを増していった。
「安心してくださいナギさん。この炎は熱くありませんし、何かに燃え移る事もありません。さ、行きましょう」
「はい」
スイシュンはさり気なくナギの手を引いて、行ってしまった。
「本当に大丈夫なのかな」
「ま、二人の叫び声も聞こえないからな。――ああ、平気だ。なんともない」
ウェーアは炎に手を突っ込んで確かめると、すぐに歩を進める。
「行くぞ?」
一人残されるのはごめんだ。
「う、うん――にゃ!?」
頷いた途端、頭をぐしゃぐしゃなでられた。
「心配するな」
炎の海へと足を踏み入れた。頬をちらちらくすぐる火は、言われた通り何にも熱くはなかった。むしろ火照った体を冷やしてくれる。
「うわ熱っ!」
冷気の炎を抜けると、いきなりものすごい熱気に襲われた。まるで焼けた鉄板の上に立たされているみたい。
「これだけすごいと笑えてくるな」
腕で顔を守らないと焦がされそう。喋ると灼熱の空気が肺を焼く。
「どーや!すんげーやろ!一歩落ちたら命あらへんぞ――あ、ナギさんは何があってもそうはさせませんから、安心してください」
下から来る赤い光に肌を赤黒く照らされながら、スイシュンは自分の事でもないのに威張ってた。
『よくぞここまで辿り着けた。人間、我、近こう寄るが許さん。されど、道より落つるなれば、さもあらばあれ』
またラルクの声がして、
「何て言ったの?今」
わたしは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「最後のか?道に落ちてしまったんなら、それはそれで仕方がないなってことだ。――言ってくれる」
ウェーアはそう説明して、鼻を鳴らした。
「セリナ?」
ナギが再び私たちに急ぐよう呼びかけると、
「いいじゃないですかナギさん。あんな奴らなんかほっときましょう?」
赤髪そばかすはこっちにも聞こえるように言うと、私たちに向かってベーってしたを突き出した。
「あのガキ・・・」
ウェーアが頬をピクつかせながら呟く。
ペットは飼い主に似るっていうのは本当だったみたい。
道、と言っても下から伸びている飛び石みたいな物の上を歩いて、わたしはなるべく下を見ないようにナギの後に続いた。はるか下では沸き立つ溶岩が私たちを飲み込もうと、真っ赤な炎を吐き出している。これなら確かに、落ちたらいっかんの終わり。
そして、行き着く先には―――




