IV-14新たな出会い
なんて目覚めのいい朝でしょう。やはり昨日、たくさん運動をしたおかげでしょうか。
ウェーアさんは岩壁に背中を預けて、座って寝ています。セリナはなんだかぐったりとしていました。また具合がよくないのでしょうか。できれば休ませてあげたいのですが、先を急ぐ私たちはそういう訳にもいきません。
私は心を鬼にして、
「セリナ朝よ、起きて」
彼女の体を揺すって起こそうとしました。そうしたら、
「――まだ〜?」
と、なにが“まだ”なのかわかりませんが、寝返りを打ちました。
「だめよ起きなくちゃ。ほら」
「…お兄ちゃんのバカー」
「あらあら…」
セリナはまだ夢の中のようです。
「起きない奴は朝飯抜きだな。昨日二食抜かしたから、お腹すいてるだろ?」
ウェーアさんがいつの間にか起きてきて、セリナの額を指でつつきました。すると、
「・・・・・・うん?」
彼女は目を開け、ボーっとはしていますが体を起こしました。
「・・・あれ?お兄ちゃんいつの間にウサギみたいな目になったの?」
「「・・・・・・」」
□□□
ああ、まったくもって食欲が湧かない。確かに昨日二食抜かしたからお腹減ってたけど、暑くてだるくて食べる気がしない。
昨夜のあれ、ウェーアは本当に何にも見なかったのかな。速すぎて暗くてよく見えなかったけど、たぶん生き物。気になるなー。
「そういえば」
と、先を歩くウェーアが振り返った。
「賭けは俺の勝ちだったよな」
ニヤリと笑う。
「あっ!」
そうだった。一昨日そんな賭け事をしたような気がする。で、負けた方は質問に正直に答えなきゃいけないっていう・・・。
「嘘はつくなよ」
「もう、ウェーアさんも悪い人ですね。しっかり覚えていらっしゃるなんて。黙っていれば忘れてくださると思ってましたのに」
ナギは悔しそうに溜め息を付いた。
「それはそれは。残念だったな。生憎と、記憶力は良い方でね」
ウェーアは嬉しそうに帽子の上から指で頭をたたく。
「さて――心の準備はいいか?」
わたしはドキドキしながら頷いた。
「君たちは何を俺に隠している?」
なんていい質問の仕方だろう。隠してる事全部言わなきゃいけないじゃん。
「・・・ええと。セリナ、彼の事以外に何か隠し事していたかしら?」
ナギはさり気なく胸のブローチに触れながら言った。
思い返してみれば、言わなかった事ってそれぐらいのものだった。あとは光と闇の精霊がどこにいるのかわからない、ってことぐらい。どっちにしろ言ったってどうこうなるわけじゃないし。
「うん、これ以外はないと思うよ?」
わたしは答えて、マグネットピアスを二回叩いた。と、
『やあ!ナギ、セリナ!爽やかな朝だね。元気だったかい?やっと僕に話し掛けてくれたんだね!』
のん気なうれしそうな声が響いてきた。なんか、うるさくなりそう。
「その“彼”って、誰なんだ?」
ウェーアにはピアスからこぼれる中性的な声は聞こえないみたい。うらやましい。
「ちょっと待って。――ディスティニー、あんたの事話さなきゃいけないんだけどいいかな?」
『えっと、あのウェーアさんって言う人にかい?なら僕から話させてよ。ここのところ誰も来ないからつまんな―――』
わたしはピアスとブローチを取って、ウェーアに渡した。
「何だ?」
「ウェーアと話したいって。詳しい事はこの人から聞いて」
「こちらを耳に付けて、こちらに向かってお話してくださればいいですよ」
「・・・・・わかった。君たちは先を歩いてくれ。しばらくこのまま一直線だから」
彼は言われた通りにすると私たちの後ろに回り、ボソボソとディスティニーと話し始めた。
「・・・あら?」
ナギが突然声を上げ、ピアスに手を添える。
「どうしたの?」
「二人の会話が聞こえなくなっちゃったわ」
「突然?」
「ええ。ディスティニーさんが自己紹介をしたら、ウェーアさんが“あんたの他に誰か聞いている奴はいるか”っておっしゃって、そうしたらプッツリ」
ウェーアには聞こえないように声を落としながら教えてくれた。
どうしてウェーアはそんな事したんだろう。ディスティニーもなんでそれに従ったのかな。
□□□
訳のわからないまま、俺はセリナから耳飾と止め具を受け取り、指示通りに付けた。すると、耳飾から男なのか女なのかはっきりしない声が流れてきた。
『セリナー?ナギー?おーい、返事してほしいなー。どうしたんだーい?』
とりあえず二人を先に行かせ、その者と話すことにした。ナギもこれと同じような物を付けていたので、もしかすると聞こえているのかも知れない。
「お前がディスティニーか?」
セリナが口にした名前――だと思うが――を出してみる。
『・・・えーっとー。あ、ウェーアさんって言う人だね。初めまして。そう、僕がディスティニーだよ。ラービニのタイレイム・イザーの住人さ』
あの尖塔に?
「あんたの他に誰か聞いている奴はいるか?」
『――――これでいいよ、ウェーアさん。もう二人っきりの空間だ』
何故かこの者はうれしそうに“二人っきり”を強調して言う。どうも調子が狂うな・・・。
「・・・聞きたいことがあるのだが」
『どうぞ、どうぞ』
「――お前は何者だ」
前の二人が何か話していた。おそらく会話が聞こえなくなったので、不審に思っているのだろう。
『いやだなー、さっきタイレイム・イザーの住人の、ディスティニーだって言ったじゃなーい』
「いや、そうなのだが・・・。タイレイム・イザーに人が住んでいるとは聞いたことがなかったので」
どうにもふざけているとしか思えない口調に戸惑いながらも、冷静さを取り繕った。
『うん、まあ信じる信じないは人それぞれだけどね。僕はちゃんとここにいるよ。ナギとセリナとも顔を合わせたことあるし、後で聞いてごらん。―――それより、ウェーアさん?なんかさっきと雰囲気変わった?』
「気のせいだろう」
『うーん、そうかなー?変わっていると思うんだけどなー』
「お前には関係のないことだ」
『ふむ、確かにそうかもしれないね。あ、そんな呼び方じゃなくって、ディスティニーでいいよ。言いにくかったら“ディティー”ってかわいらしく呼んでもらっ―――』
「ディスティニーと、呼ばせていただこう」
気を付けなければ、この者の調子に巻き込まれそうだ。どこか他の人間とは違った雰囲気がする。
「それで、ディスティニーはセリナ達の、ワグナー・ケイを探す旅に手を貸しているのか?」
『うん、そうだよ。いやあ、びっくりしたよ。セリナがいきなり別の―――』
「その話は聞いた」
『あ、そうなんだ・・・。そっか、聞いたんだ・・・』
なぜか生き生きと喋り出し、長くなりそうだったので打ち切った。すると、かなり落ち込んだ声が返ってきたが。この者は、どうやら長い間人と話をしていなかったようだ。話し相手が欲しくてウズウズしている奥方を連想させられる。
「申し訳ないが、手短に答えてはもらえないか。火の精霊の差し金がいつ来るのかわからないものでな」
そう請求すると、ディスティニーは素直に頷いた。
「すまないな。・・・前々から思っていたのだが、タイレイム・イザーの塔の頂点についている球体は何なんだ?」
『ああ、それはえーっと・・・そう!動力源だよ。月や太陽、星なんかのヘーリを集めていろんな事ができるようになってるんだ』
「ヘーリ?確か、光という意味だったか?」
何かの古い資料に載っていた記憶がある。だが、もうこの言葉は使われていないはずだが。
『あ、そっかー、もう使われてないんだっけねー。ごめんごめん。時々ごちゃ混ぜになっちゃって』
「・・・失礼だが、年齢を聞かせてもらっても?」
ヘーリなど、日常の会話で出てくるようなものではなかった。ましてや使われなくなったのは数百年前の話。これほど若い声の主では――俺や俺の同胞を抜かして――知っている訳がない。
『ん〜わからないなー』
「それは・・・どういうことだ?」
とぼけたような声に、俺は反応に困った。
『あれー?寂しい反応だなぁ』
「担いでいるのか?」
『いいや、本当さ。いたって真面目だよ。まあ、実際年齢はわからないけど、この塔の中では時の進み方が遅いみたいだから外見じゃあ二十五ぐらいかな?――そう言うウェーアさんはいくつなんだい?』
「十七だ」
いったい、わからないとはどういう事なのだろう。親が物心付く前に亡くなったのか、途中で忘れたのか。それほど長く生きる事が可能なのだろうか。加えて、“時の進み方が遅い”とは…
『へえー、十七かぁ・・・・・・えっ!?じゅ、じゅうななぁ!?』
突然耳元で叫ばれた。鼓膜が破られそうだ。
「何を、そんなに驚く」
半ば呆れながら、毎度の反応に溜め息を吐く。
『い、いやあ。喋り方だけ聞くと・・・』
何故俺はこうも、実際年齢より上に見られがちになるのだろうか。
「・・・まあいい、話を戻そう。――先程の、時の進み方が遅くなるというのは、どういうことだ?」
『そのままの意味だよ?』
さらりと返された。もう少し詳しく、と願うと、
『そんなこと言われてもなー、僕もよくわかんないし。ただ、塔の外とは時の流れ方が違うってだけだよ』
「つまり、極端に言えば私達の一年がディスティニーにとっては一ヶ月、もしくは一週間になると?」
『うん、もしかしたら一年が一日かもしれないけれど』
ディスティニーは軽い調子で言った。どう考えてもからかわれているようにしか思えない。
「ずっとそこにいるのか?外に出る事は?」
『ないよ。僕はここから出る事を許されない。多分、死ぬまでここで人々の監視をしているんだろうね』
妙に堂々と、誇らしく答えた。不思議な者だ。
「監視?何の為にだ」
『さあ?』
「・・・・・・・・・」
自分の仕事に誇りを感じていたのではなかったのだろうか。何の為にしているのかもわからず、今までずっとそうやって過ごしてきたとは・・・
「真面目に答えていただきたい」
『そう怒らないでくれよ。僕だってわからない事はあるんだからさぁ』
「わからない?自分でそうしているのではないのか?」
『うん』
「では、誰かの指示でか?そんな事、いったい誰から」
『うーん・・・“とてつもなく巨大な力”ってことで・・・』
なんともあいまい曖昧な。さらに問い詰めようとしたが、思い留まった。曖昧に答えるという事は、それに対してあまり触れてもらいたくない証拠だ。俺も良くやる。
「ま、いいだろう。――ああそうだ、一つ確認しておきたいことがある」
『なんだい?』
「“ノイン”と言う人物を知っているか?」
『ああ、ノインさんね!知ってるも何も、ナギとセリナの前にお招きした人だよ。彼、この塔にすごく興味を持ってくれてね、色々お話したんだ。いやー、あの時は楽しかったなー。まさに!夢のような時間だった!彼頭良かったし、話が合ってねー。うん、いい人だった。今どうしてるのかなぁ』
そのときの様子を思い出しているのか、ディスティニーの声はうっとりとしていた。
「・・・彼は、楽しそうだったか?」
『うん、僕があんなに楽しめたんだ、ノインさんもきっとそうだったはずだよ。――って、ウェーアさん何でノインさんを知っているんだい?』
「知人だ。もう、遠い所へいってしまわれたが・・・」
『ふうん、引越しでもしたのかな?あっ、じゃあさぁ、ウェーアさん。今度会ったらよろしく伝えといてくれないかい?またいつでもどうぞって。あと、ノインさんの住んでたウィズダムにいるディムロスって人、知ってるかい?』
「・・・ああ、一応な」
『その人って物知りだよね?多分ノインさんの息子さんだと思うんだけど。例えば精霊の居場所を把握してたりしないかな?』
「精霊の事を知っているかは定かではないが、知識はそこそこあると思う」
俺が淡々と答えると、ディスティニーは明らかに安堵したような口調になった。
『そっかぁ、ならいいんだ。いやー、二人にその人の所に行くといいって言っておきながら、ちょっと心配になっちゃってね』
「二人はウィズダムにも行くのか」
『ふむ、そうなるだろうね』
「・・・そうか」
『そういえばウェーアさん、この頃せ―――』
俺はもう聞くことは聞いたので、耳飾を外した。
□□□
ウェーアはディスティニーと話し終わったみたい。ピアスとブローチをわたしに手渡しながら、
「こいつの事をずっと隠していたのか?」
なぜか眉根を寄せた。
「そうだけど、どうして?」
「いや、聞かなきゃよかったと思ってな」
そうかもね、とわたしは頷いた。
「ディスティニーさんは、ウェーアさんの質問にきちんと答えて下さいましたか?」
「ま、大体はな」
わたしが二人の会話を聞きながらピアスを付けると、
『――さーん?あれー?どうしたのかな。おーい、ナギ〜。何かあったのかい?ウェーアさんはー?返事がないんだー』
どうやらウェーアも話してる途中で嫌気が差したらしい。ディスティニーはナギにも話しかけてるから、彼女も聞こえてるはずなのに、完全に無視してる。いつの間にかナギの胸にはブローチがなかった。
わたしも彼女にならってブローチをポケットにしまった。ちょっとディスティニーの反応を楽しもうとして。
けど・・・
「――あーもうディスティニーうるさい!」
一向に鳴り止まないアップダウンの激しい声につい、怒鳴っちゃった。
「なんだ?まだ何か言っていたのか?」
呆れるウェーアと、
「ディスティニーさんは淋しがり屋さんですから」
さんざん無視しておいて言う言葉がそれ?って言いたくなるようなことを言うナギの声に、
『酷いよ!差別だ!!僕だってたくさんお喋りしたいのに〜!!』
嘆くディスティニーの声が重なった。
「誰かとお話したいのでしたら、ユーン・ウィーゼルさんとお話してはいかがですか?」
彼女は優しい声で恐ろしい事を言う。
『いくら心の広い僕だって、あんな短気なバカと話すのは嫌だ!』
ごもっともで。
「冗談じゃない」
ウェーアもなぜかディスティニーと同意見のようだ。
「あら、ユーンさんをご存知で?」
「ん、一度会ったことがある。よくあんな硬い頭で科学者になれたよな。素人の俺がこれじゃあ絶対に無理だって言ってやったのに、“このユーン様に間違いはない!”とか言っといて、結局失敗して高い機械を爆発させた。で、そいつの髪に火が移ってな。髪によく油がのっていたからすごい勢いで燃えていたな」
「まあ。そういえば一時期包帯をグルグル巻いて歩いていた所を見かけた事があります。そのせいだったのですね」
ナギが笑って言った。
「へえー、見たかったなそれ。あ、ウェーアは大丈夫だったの?」
「ああ、ウィーゼルが無理矢理側に置いておいた助手を除いて、他の者達を連れて外へ避難しておいたからな。もう、金輪際あいつの所へは行きたくない」
彼は苦虫を噛み潰したような渋い顔で、首を振った。
「そういえば、捕まったらしいな」
「ええ、リーバで大きな爆発を起こしまして」
あぁ、今でもあの時のことが鮮明に思い出せれる。
「ああ、聞いた。今度こそ資格剥奪かな」
「そうなれば、どんなに町が平和になることでしょう」
皆でしみじみと頷く。と、そこに、
『そうだ!』
やっと引っ込んだと思っていたディスティニーが、また出てきた。
「何でしょう、ディスティニーさん」
『ナギ、君のお婆さんなら大丈夫だよね!君たちの事情も知っているし、優しそうだし!あ。けど、どうやってここへ呼ぼうか・・・』
「わたしを呼んだ時みたいにすればいいじゃん」
『ああ、そっか!そうだよね!ありがとうセリナ。よーし、明日にでも試してみようかなー』
と、ウキウキ声を残してやっと通信が途絶えた。
「・・・よく喋る奴なんだな。あれは、女性なのか?」
「うーん、僕って言ってるから男なんじゃない?女の人って言われれば、それはそれで頷けるけど」
「ふうん」
こうして、うるさかった一日が幕を閉じた。




