IV-10新たな出会い
「ん〜っ」
目覚めのいい、気持ちのいい朝だ。
伸びとあくびをして、疲れの取れた体を起こした。熱は下がったみたい。
「おはようセリナ。具合はどう?よくなった?」
ナギは相当心配していたみたい。わたしの顔を見るなり聞いてきた。
「うん、もう元気!なんともないよ」
ナギにお礼を言うわたしに、ほんの少ーし笑みを浮かべたウェーアが朝食をくれた。
「熱はないな。顔色もいい。昨日爆睡したのが効いたみたいだな」
熱を測ってくれたウェーアにそう言われて、“そうなの?”って聞いたら、
「ああ、見事としか言いようのないほどな」
とか言って、意味ありげにナギに目配せする。しかもクスクス笑い出した。
「?なに?何で笑うの!?もしかして・・・イビキとか?寝言とか?」
「いや、違う」
「そうよ。本当に気持ち良さそうに寝ていただけだから安心して」
そしてまた、肩を揺らして笑い出す。
「何なのよ!!」
何がなんだか解らないわたしは、頭の上に?マークをたくさん浮かべて腹を立てていた。
今朝の怒りが収まりきらないまま、辺りに注意を払いながら進んでいた。
何でもこの辺りは“キマイラ”っていう怪物が出やすいポイントらしい。確かに、道端に大きな岩があったり、穴が開いていたりと死角が多い。
ちなみにわたしは、またウェーアの背中の上で揺られている。また熱が出ると困るからって、かなり強引に・・・。誰かが見てるわけじゃないけれど、ちょっと恥ずかしい。
深い谷間をなおも進んでいくと、突然ウェーアが足を止めた。肩越しに振り返る。
わたしもつられて後ろを見ると、視線の先にはひとつの人影が・・・。
ウェーアはその人物から眼をそらさずにわたしを降ろすと、ナギと一緒に背中に庇った。次いで腰の剣に手を添え、いつでも攻撃できる体勢をとった。
そして―――
「エナお婆ちゃん!?」
「エナさん!!」
二人で同時に叫んだ。
何で、こんなところにエナさんが!?
ナギはすぐにお婆さんの方へ駆け寄ろうとした。けれどもそれは、真っ直ぐに伸ばされた腕によって阻まれる。
彼女は責めるようにウェーアを睨むと、逆にビクリと身を竦めた。瞬時に怯えた表情に変わる。
「お前は何だ」
ウェーアは、少し離れた場所で立ち止まったエナさんに問い掛ける。
「だからナギの――」
「黙っていろ。喋るな」
眼の端にエナさんを収めつつ、わたしを見て低く、無感情に呟く。
せっかく教えてあげようとしたのに、それはないんじゃない?・・・って思ったけど、口には出せなかった。目がマジだ。
「女の子に向かって酷い事を言うねぇ。はるばる孫に会いに来たっていうのに・・・」
エナさんは残念そうに、軟調な笑みを湛えたまま顔を曇らせた。
「・・・質問に答えろ。お前は何だ」
そんなエナさんにひとカケラの優しさも見せずに、さらに問い掛けた。
「さっきその子達が言ってたろう?ナギの祖母のエナさ。私としてはお前さんの方が気になるがねぇ。人に名乗らせておいて、自分は言わないつもりかい?」
「そのつもりだ」
冷たい対応に溜め息を漏らすエナさんに向かって、ウェーアは相変わらず冷たい返事を返す。本当に、どういうつもりなんだろ。
「・・・エナ、お婆ちゃん?その・・・どうして、ここへ?」
ナギが迷いながらも口にした言葉は、不審な響きが含まれていた。
「どうしてって・・・ナギ、お前さん達を連れ戻しに来たんだよ。やっぱり、こんな危ない事は止めておくれ。私の元へ帰ってきておくれ。三人で仲良く暮らしてゆこうよ」
必死に旅を止めさせようとするエナさんは、一回り小さく見えた。それにしても、どうしてナギまで・・・。
「なるほど、彼女達を連れ戻しにね・・・。それで?どうやってここまで来た」
「もちろん馬車さ。老体に鞭打ってね。長い道のりだったよ」
「どこから来た」
「私の家からに決まっているだろう?」
「その家は、どこにある」
「・・・・・・・」
そう聞かれた途端、エナさんは黙ってしまった。
変だな。自分の家を忘れるわけないのに。
「・・・若い人が老人を虐めるのはよくないねぇ」
しばらくの沈黙の後、エナさんは言い逃れるかのように溜め息を吐く。
「それは悪かったな、ご老体。じゃあ、この子の名前は言えるか?お前の孫の友人なんだろう?面識もあるはずだ」
ウェーアは全く気にせず続ける。ちょっと酷いんじゃない?
「・・・ナギ、この人は何なんだい?さっきから散々・・・」
ナギは、何も答えなかった。その代わりに、複雑な表情でその人を見つめ返す。
「俺はただ質問しているだけだ。そんなに嫌なら、これで最後にしよう。――お前は、何だ」
有無を言わせない口調だ。顔も、硬く厳しい。普段とはまるで別人だった。
「・・・さっきから何だい?人を人間じゃないみたいに“何だ”って。失礼な人だねぇ」
「“人間じゃないみたいに”?――笑止。お前のどこが人間だ」
・・・・・・?どゆこと?人間じゃ、ない?
エナさんじゃないという事は、話の流れでなんとなく解ってきたけど、人じゃないとまで言い切るなんて。
「おやまあ、どこからどう見ても人間じゃないか。本当に酷い人だねぇ」
「ま、外見はな」
そう言うと、ウェーアはスラリと剣を抜いた。
「・・・どういう事かしらねぇ」
エナさんの格好をしている人の目が、急に冷たい光を湛えた。
「―――こういう事だ」
ウェーアの声が、ずいぶんと離れた所でした。
「―――!!」
わたしは目の前で起こった惨劇に悲鳴を飲み込む。ウェーアの剣は、完全にエナさんの喉元を貫いていた。
その、はずなのに・・・
「なるほどねぇ」
“エナさん”は、何事もなかったかのように喋り出す。
「見破ったか、人間。されど我、汝らを生き長らえ、ここより帰すまじ。心得ておくがよい」
声のトーンが下がったエナさんは、口調を変えて言うと、消えた。本当に、忽然と。
「エナさんじゃないって、最初からわかってたの?」
剣を収めながら戻ってきたウェーアに尋ねた。
「別に最初からそうとわかっていた訳じゃないけどな。ま、何でも初めは疑ってかかれということだ」
答えた彼は、再び当然のようにわたしを乗せて歩き出した。
「何、だったのかな。さっきの」
「さあな」
彼の言葉からは、アレの正体を知っているのか知らないのか、汲み取ることはできなかった。
エナさん偽者事件以来、今日は何事もなく順調に火の精霊に近付いていった。進むたびに暑さが増すんだから、間違いない。――はず、だったんだけど・・・。
夕闇が近付いてきた頃、ウェーアはハタッと足を止め、辺りを窺い始めた。
「どうしたの?何かあった?」
わたしは彼の横から顔を出して、絳い目を覗き込む。
「道が・・・いや、ハハハ・・・・。何でもない。忘れてくれ」
「まさか、迷ったなんて言わないよねー?」「まさか、迷ったなんて言いませんよねー?」
わたしは笑って誤魔化そうとする彼の肩をがっしりと掴みながら、声が重なったナギと同じように笑った。
「ハハハハ、ハ・・・・」
決して目を合わせようとしないウェーアの笑顔が、引きつった。
「で?結局どうするの?」
とりあえず道端の窪みに身を寄せて、一晩明かすことになった。
「どうするって言われてもな。まさか道を隠されるとは思わなかったからな・・・」
ウェーアは困り果てた様子で溜め息を吐いた。
「道を隠されるとは・・・どのような方法で、ですか?」
「ほら、前にも話しただろう?幻覚だ。確か・・・“この瞞着は視覚だけでなく、触覚・嗅覚などの五感を全て再現しうる高度な術であり、幻覚か否かを見破ることは困難を極める”とか言っていたか・・・。精霊同士ならば何か出来るかもしれないが・・・って、」
「「それだ!!」」
難しい言葉の羅列を聞いていたわたしは、最後の言葉を聞いた途端ウェーアと指をさし合った。
「確か、ルシフ(風の精霊)さんがティーイア・ケイがあれば何とかなると、おっしゃってました」
「そうか。なら、本当に何とかなるかもしれないな。よし、明日朝一でやろう!」
「おー!!」
なんだかあっさり糸口を掴んじゃったけど、この巨大迷路からは出られそうだ。
そういえば、時々ウェーアの雰囲気が変わってるような気がするんだけど・・・気のせいかな?
長いですね。自分で書いておいて、ですが。
この辺りで全体の半分って所です。後半に入るとテンポよくいきますので・・・。
本当にここまで読んで下さってありがとうございます。
どうかもう半分も、よろしくお願いします。




