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IV-9新たな出会い

                   ○○○


 「楽だよねーこれ。手で持たなくても雨避けてくれるし」


 朝のくせに薄闇の中、次の洞窟を捜し求めて深い谷間をさ迷っていた。

 私たちの頭上には乳白色の膜が浮かんでいる。こちらの世界の最新型傘だ。と言っても、一般に出回っている訳ではない。持っているのはお金持ちだけ。

 仕組みはわからないけど、手の平サイズのスイッチを押すと、突起物から膜が出てきた。しかも、本体のスイッチを持っていれば勝手についてきてくれるから両手が空く。まさに画期的だ。

「私も実物を見るのは初めてです。かなりお値段が張ると思いましたが・・・。ウェーアさんはお金持ちなのですね」

「さあ、どうだろうな。これは買ったわけじゃあないからな。試作品として押し付けられたんだ。あー、だからいつ壊れるかわからないからあまり当てにするなよ?」

さらりと言う。

 昨夜(と言うより明け方)の一件以来、吹っ切れたのか表情が明るい。相変わらず秘密主義だけれども。

「試作品、ですか」

「ああ。必ず壊れるというわけじゃないが・・・ま、一応注意しておいた方がいいんじゃないか?」

彼にとっては人事らしい。壊れたら自分も濡れるのに。

「ですが、一体どなたから…?科学者に知り合いがいらっしゃるのですか?」

「ん・・・まあ、そんなところか。仕事上――」

ウェーアは急に口を閉ざした。どういう訳か、視線が逃げている。

「お仕事ですか?そういえば、ウェーアさんは何をなさっているのですか?」

ナギは逃さずがっちりと腕を掴んでから聞いた。ああ、笑顔が怖い。

「べ、別に。面白くもなんともないやつだ」

「ふーん。じゃあ、今は休暇中?」

「・・・そう、だ」

とか言いながらも、目が泳ぎだした。

「まさか・・・」

「サボってる、とか?」

「い、いや、その・・・アレだ、この辺りの視察に・・・」

 しばらく尋問を受けさせると、犯罪を認めた。


 「ねえ、この“アンレイ”?これをさ、差したまま寝るわけにはいかないの?」

 そろそろ夕方になる頃、わたしは頭上を指して提案した。そうすれば、雨の日でもわざわざ洞窟探さなくてもいいし。

「できる限りそれは避けたいな。動力源が無駄になるし、それ以前に地面が濡れていて座ることもできないだろ」

「じゃあさ、水を弾く布とかないの?」

「ない」

即答された。

「役立たず」

「文句なら科学者に言え。喜んで研究してくれるだろう」

静かに、そして興味なさそうに返してきたウェーアに、

「負け惜しみ?」

ニッコリ笑顔つきで返してあげた。すると、

「うるさい」

忌々しそうに眉をひそめた。まだまだだね。


「あら?」


 私達のやり取りを和やかに見ていたナギが、何かに気付いて声を上げた。

「あの上にあるものは何でしょう?」

示した先には、かなり急な上り坂。ここからじゃあ、どうなってるのかなんてわからない。

「行ってみるか」

 一人が(もちろんウェーアが)先に行って安全かどうか確認してから他の二人が登っていけば、ダメだった時の手間が省けるのに、ここは何が出るかわからないからと、全員で急な坂をのろのろと登っていく。

 ほとんど垂直な坂道は、大きな石がごろごろしていて、木の根が飛び出していたり、動物の骨が転がっていたりと、足場が(色んな意味で)最悪だ。

 この頃体がやけに重く感じられるようになってきたわたしにとっては、この坂はキツすぎた。

 「洞窟・・・のようだな」

足元ばかりを見ていた顔を上げた。洞窟が、薄闇の明かりさえも飲み込もうと大きく口を開けている。

 ウェーアはそこで待っていろと言い置いて、明かりと剣だけを持って一人、侵入していった。

 コッコッコッコッ・・・と、彼の足音が明かりと共に闇にすいこまれていく。

 ハラハラしながら待っていると、一度は消えかけた足音がしだいに大きくなってきた。帰ってきた彼の顔は、心なしかうれしそうに見える。しかも、手に何かをぶら下げていた。

「夕食ができた」

 そう言って持ち上げたのは、二本の尻尾を持った、エリマキトカゲとイグアナを足して割ったような爬虫類。それを四匹、片手で軽々と持っていた。

「まあ!思わぬ収穫ですね!」

ナギもうれしそう。

「えっと・・・・・・それ、食べれるの?」

テレビでは良く見るけれど、実際には爬虫類を食べたことはないわたしは、かなり引いていた。正直、イヤ。

「当たり前だ。リーザドはれっきとした食料だ。栄養豊富で嫌な臭みもない。しかもうまいんだ」

ウェーアには心外だ、とばかりに力説された。

 トカゲの顔を覗き込むと・・・食べる前にこういうものは見ないことにしよう、と胸に誓った。

「ちなみに・・・料理方法は?」

「もちろん、丸焼きよ」

ああ、ナギの顔が輝いている。語尾にハートマークが付く勢いだ。

「なかなか見つけられない、幻の食材ですから高いんですよね。このような所でタダで食べられるなんて…。私たち、運がいいですね」

「ああ、俺も何年ぶりだろうな・・・」

「・・・・・・・・・」

ナギとウェーアは意気投合して、洞窟の奥へと消えていく。少し遅れて、トボトボ続いた。


 ガツガツ食べるウェーアにゆっくりと味わうナギ。そしてわたしは、

「あぁ、幸せ〜」

勇気を振り絞ってかじってみたら、意外とおいしかった。味は牛肉に似てる。脂がのっているのに、ぜんぜん脂っこくない。

 私たちが半分ぐらい食べ終わった頃、ウェーアが残った一匹に手を伸ばした。が、

「ダメですよウェーアさん。ちゃんと三人で分けましょうね?」

ナギに目敏く止められた。上辺はにこやかだけど、一皮剥がしたら・・・。

 食べのもの恨みは恐ろしい。


○○○


 体を揺すられて目が覚めた。なんだか、目を閉じた途端に朝が来た感じだ。

 頭がガンガンする。疲れでも出たかな?


 昨日とは打って変わって、今日は雲ひとつない晴天。爽やかな朝日を浴びて、大きく伸びをした。

「ねえウェーア。ウェーアが聞いたっていう場所まで、まだ遠いの?」

洞窟の外で冷たいスープを飲みながら、まだ眠たそうな彼に尋ねる。

「ん・・・あと、もう二日ってところか。なんでも、かなり奥の方にあるらしいから」

「その情報は、どこでどうやって手に入れられたのですか?」

ふとナギが聞く。

「あっ!そういえばそうだよ!私たち、まだ聞いてない!!」

「……………」

ウェーアは無言でスープを一気にあおると、

「さて、まだまだ先は長い。今日も頑張ろう!」


 消えた。


 彼は荷物を掴むと崖の方へ走って、飛び降りたのだ。

「!?ちょ、ウェーア!?」

 慌てて下を覗き込むと、すでに着地していた彼は余裕で手を振っている。二階建ての屋根ぐらいの高さがあるはずなのに・・・。

「ボーっとしてないでセリナ!行くわよ!!」

「え?あ――う、うん!」

本当に人間かどうか怪しんでいたら、ナギに急かされた。

 私たちは急いで支度と後片付けをして、坂を・・・・・・落ちていった。

「ウェーアさん!逃げないで下さい!」

無事地上へ降り着いたやいなや、ウェーアは逃げた。逃げながら、後ろ向きで走って茶化してくる。ムカついたけどちょっと楽しい。

 両脇に崖の壁がそびえる道を行くと十字路にぶつかり、私たちは彼を追って右に曲がった。

「・・・あれ?」

 確かに曲がったところを見たのに、姿が見えない。もちろん隠れられるような場所もないし、真っ直ぐな一本道だ。

 私たちは息を切らしながら、半ば茫洋とした道を見渡す。そして、先へ進んでみようとして―――


「きゃあぁぁぁぁ!!」


「うわっ!?」

突然ナギが悲鳴を上げたから驚いて、バッと振り返った。

「そっちに行くとすぐに崖だぞ?」

ウェーアも驚いたのか、彼女の肩に置いていた手を離して言った。

「ああもう、驚かさないで下さいウェーアさん!!」

「わたしはナギの声にびっくりしたよ。って、そういえばウェーア、いつの間に後ろに回ったの?」

「ん?ああ、さっきのはおそらく――」

ウェーアは、ずれていた帽子を直し、


『「幻覚だ」よ』


もう一つの声と共に言った。まさか、この声は――

「ディ――」

「幻覚とは、一体どういう事ですか?」

ナギがわざと声を大きくして、わたしの声を打ち消した。そして、間髪入れずに目配せしてわたしを黙らせる。これは、文句を言うと怒らせてしまいそうだ。おとなしく従いましょう・・・。

「・・・つまり、この周辺に人間を蟲惑(こわく)させるような術が掛けられているということだ。さっき君たちが見たのは、俺そっくりの偽者。虚像、みたいなもんか。あのまま俺が止めなければ、君たちは谷底に真っ逆さまだ」

ウェーアは一度訝しげにわたしを見た後、ナギの雷が落ちないように説明した。

「それよ――」

「それで?その話のおちは?」

たぶん、さっきの事を聞こうとしたんだろう。

「・・・・・・これは、この先に居るものが俺たちの行く手を阻んでいるっていう事だ。ま、進行方向はこっちで合っていると教えているようなものだが・・・。その分、どんどん進みにくくなるだろう。三人がバラバラにされる可能性もあるから、なるべく単独行動はしないように」

「ウェーアが逃げるような事、しなければね」

「・・・・・・」

ウェーアの睨みを笑顔で躱した。と、不意に彼は踵を返す。

「これでお相子なんだから、誰に聞いたとか、なぜ言わなかったとか聞くなよ?」

「おあいこって?」

置いていかれないように、すぐについていく。

「何か言いかけただろう?それを聞かずにいてやるから、俺に関与するなと言っている」

淡々と話す声には、少なからず苛立ちの色が見られた。


 同じところを回っているとしか思えないほど、同じような景色の中を延々と歩いていた。

「セリナ、フラフラしているけれど・・・大丈夫?」

「んー?そう?」

言った途端、背筋がゾクッときた。

「うぅ。なんか寒くなってきた?また雨でも降るのかな?」

わたしはほんの軽い気持ちで言ったのに、二人は弾かれたようにこっちを見た。

「・・・何?」

「セリナ、今寒いって言ったか?」

ウェーアが確認するように聞いてくる。

「言ったよ。それが?」

「背中、ゾクゾクしない?」

頷いた。

「失礼・・・」

ウェーアはわたしのオデコに手を当てて――って、ああ。そゆことね。

「・・・熱があるな」

「起きてからなにか違和感はなかったの?」

「ん〜?・・・あー、ちょっと、頭ガンガンした・・・かな?」

「今まで気が付かなかったのか?」

正直に答えたのに、ウェーアにあきれられた。

「だって、ウェーアがいきなり逃げるんだもん。忘れてたよ」

「忘れるようなものか?――まあいい、とりあえず安静にできる所を探そう」

ボソッとツッコミを入れた彼は、いきなりわたしに背中を向けて片膝を突いた。

「・・・何?」

「何って、熱がある時はあまり運動させない方がいいだろう」

当然と彼は言う。わたしは渋々彼の背中を借りることにした。

 ふわりと、あの甘い香りが漂う。

 ウェーアとほぼ同じ目線の高さになって、見るもの全てが新鮮だ。

「大丈夫?」

ナギが心配そうな顔で見上げた。上から見下ろすのも、たまにはいいね。

「へーきへーき。すぐ治るよ」

口ではそう言ったけれど、本当は運び屋が一歩踏み出すたびに頭に響く。

「・・・結構あったぞ?熱」

ナギには聞こえないように、邪魔な帽子頭がささやいた。

「大丈夫だって。それより、これ取ってくれないかなぁ?頭にペシペシ当たるー」

呂律(ろれつ)が回ってないぞ?それに、今は両手が塞がっているだろ。邪魔なら君が持っていてくれ」

笑いを含んだ声が流れてくる。走ったのが祟ったのか、病状が悪化している模様。

 わたしは勝手にウェーアの帽子を取ると、彼の胸の前で持った。

「―っくしょーい!〜あー」

「そこの親父〜。鼻水付けるなよ〜?」

 ・・・わざと付けてやろうか。

 ボーっとしていると、ナギが休む場所を見つけてくれた。わたしは毛布を敷いた上に寝かされ、もう一枚上に掛けられるのを確認するとウェーアは、わたしの頭を撫でて立ち上がった。

「薬草を探してくるから、ここにいろよ?」

「お一人で大丈夫ですか?」

なんだか、ナギばかりが心配している気がする。

「平気だ。俺が迷うことはないし、何が出てもこれで対処できる」

彼は得意げに長剣を叩いた。

「それより、セリナを一人にした方が危ないだろう?――なるべく早く帰ってくるから。あぁ、寂しくなったらいつでも呼んでいいからな?」

カラカラ笑い、姿を消した。

「誰が呼ぶもんか」

弱々しく反論したのはいいんだけど、いよいよ寒気が増してきた。わたしは毛布を引っ張ってミノムシになる。

『体調はどうだい?セリナ』

ピアスを通して、問題児が遠慮がちに尋ねてきた。そういえば、ウェーアに会ってから全く連絡してない。

「ディスティニーさん、変なところで出てこないで下さい。まさか、今までずっと私たちの会話を聞いていらしたのですか?」

『い、いや〜あれはついつい、って言うか…ねぇ?悪かったなぁとは思っているんだよ?それに、僕もずうっと聞いてるわけじゃないし。セリナと男の人の口喧嘩だって――』

「ちゃっかり聞いてるじゃん」 

わたしはムッとしてツッコんだ。

 あれを聞かれてたなんて。

『あ。い、いや〜あれは偶然だよ。ちょっと時間が空いてね、どんな様子かなー?って付けてみたら突然怒鳴り声がして、面白そうだったから、つい・・・』

「言い訳は結構です。それより、あなたから連絡してきたということは、何か御用でも?」

ナギははっきり言って、ヒョイッとくぼみから顔を出した。

 どうしたんだろう?

『ああそうそう、ちょっとね。ファスト山脈の奥の方に行くと、道に迷ったり、崖から落ちたり、岩が落ちてきたりするっていう噂を聞いたもんだから。忠告しようとしたんだけど・・・なんか、必要なくなっちゃったみたいだね・・・』

ディスティニーはさも残念そうに声を落とした。

「うーん・・・。もう少し早く言ってくれると助かったんだけどなー」

『それが、ついさっき入った情報だったから・・・。セリナ、ものすごく調子悪そうだけど?』

わたしの代わりにナギが、熱があるんですと言ってまた顔を出した。

「ウェーアさんが帰ってきました。それ以外に用がないようでしたら、一度お話を止めたいのですが・・・。よろしいでしょうか?」

パッと顔を引っ込めると、彼女は焦って小声で了承を得る。ディスティニーは渋々引き下がり、お大事にと残して通信を絶った。


 「お帰りなさい、ウェーアさん。早かったですね。収穫はありましたか?」

ナギは平然とした態度で、ニッコリ笑顔で彼を迎えた。すると、耳元で“不公平だ”とぼやく声がした。

「ああ、思ったよりいいのもがたくさん採れた。ちょっと待ってろよ、君たちでも飲めるように甘くしてやるからな」

「私も、飲むのですか?」

嫌そうだ。ナギでもやっぱり、薬は嫌いなんだ。

「ああ、これは体にもいいから飲んでおいた方がいい。しばらく風邪とかひきにくくなるしな。なに、心配するな。そんなにまずくないから」

 彼は茶色の草木を取り出し、缶のような容器に入れると火にかけた。次に水と白い物体を放り込むと、すぐにグツグツ沸騰し始めた。

 火を消して三つの容器にドロドロした薬を分ける。その時ちらりと見えた色はなんと、ショッキングピンク。どうして茶色い草からこんな色が出るのか・・・。その前に、人が口にできるような代物なのかすら怪しい。

 わたしは手渡されたそれの臭いを嗅いでみた。・・・臭いは特になし。あーでも、まずくないっていう確証はないし・・・。

「どうした。嫌がってないで早く飲めよ。そんなんじゃ、いつまでたっても治らないぞ?」

軽い口調の彼の容器はすでに空。信じられない。

 隣を見ると、ナギが深呼吸をして意を決したところだった。ぐぅーっと一息に飲み込む。

「ど、どう?」

飲み終えた彼女のしかめた顔に不安を抱きつつ、おそるおそる尋ねる。

「・・・微妙」

呟く声もまた微妙な感じ。

 じっとピンクのドロドロを見つめ、腹を決めた。カップをしっかり持って、一気にのどへと流し込む。

「っはぁ。・・・・・・うわっ、びっみょ〜」

すごく変な味だ。ちょっと苦くて妙に甘くて、最後にピリッとくる。

「ん?そんなに変な味だったか?」

「一言で言うなら“苦甘辛”」

なんだそれ、と鼻で笑われた。

 自分で作ったくせに。

「おかしいな。何か分量を間違えたか?・・・・・・あ」

どうやら思い当たるところが。まあ、先に飲んだのに気付かない時点で間違ってるんだけど。

 わたしは、急に重たくなってきたまぶたを擦りながら聞いた。

「何間違えたゃの?」

どうにも堪えきれずに、体を横たえる。

「いや、一つ入れるのを忘れていた」

と、取り出したのは小瓶に入った黄色い粉。

「何ですか?それは」

ナギの声を聞きながら、わたしの視界はどんどんぼやけていった。

「これは―――」

もう、その後ウェーアが何て言ったのか、全くわからなかった。


□□□


 「あら?」

ナギが傍らにいるセリナを見て声を上げる。

「寝てしまいましたね」

「熱を下げるのには寝ることが一番の薬だからな。眠り花粉を入れておいた」

俺は荷物をあさりながらそれに答えた。セリナはなんとも無邪気な顔で、気持ちよさそうに寝息を立てている。

「セリナの分だけに、ですか?いつそのような事を・・・」

愕然とするナギの質問を無視する訳にもいかず、仕方なく答える。

「薬を渡す直前だ。知らなかったのか?」

ばれないように入れたのだから知る由もないのだが、俺の問い掛けに彼女はこう答えるだろう。

「まあ!そうだったのですか?全く気が付きませんでした」

首を振り、予想通りの返事が返ってくる。これがセリナだと、どう反論してくるのかがわからない。そこが面白くて時折からかうのだが。

「セリナ、どうして熱があるのに気付かなかったのかしら。体調、悪かったのでしょうか」

眠る彼女の目に掛かる髪をそっと払いながら、深憂な面持ちで呟いた。

「そうだろうな。あまり、眠れていなかったようだったから」

「寝てなかったのですか、彼女」

ナギは痛ましげに顔を曇らせた。

 俺が夜中、傷の治療をしたり見張りをしていたりすると、必ずと言っていい程起きていたのだから。本当にぐっすりと眠れたのは数えるほどだろう。何しろセリナにとっては全てが初めての経験だ。身体的にも精神的にも疲労が激しいはず。こちらの環境に慣れるだけでも、大変な労力を必要とするだろう。

 ナギはなんともないのだから、セリナの世界は余程安全なのだろうか。無駄な殺生もなく、皆が安心して暮らせるような・・・。この世界も、そのような世の中にできるだろうか。

 願うだけでは何も叶わない。行動を起こさなければ、何も始まらない。


        “全部一人で抱え込もうとしてない?”


 ハッとして顔を上げた。

 ナギが水で濡らした布をセリナの額に乗せている。


 ・・・幻聴、か?確かあの言葉は、セリナが俺に対して言ったものだ。そして、師匠からも昔同じ事を・・・。


「・・・そう、だな・・・」

「?何か、言いましたか?」

ナギが不思議そうに首を傾けた。

「いや」

なぜか自然と笑いがこみ上げ、一人で肩を揺らしていた。


 

 そうだ。俺は一人じゃない・・・。



 やがて闇の帳が戸を叩き、谷間は一足早く闇色に染まる。

 ナギと夕食の準備をし終える頃、

「ふにぃ〜」

妙な声を上げて、セリナが目を覚ました。

「セリナ、調子はどう?まだ寒い?お腹空いた?」

彼女は、セリナに対してはかなりの心配性と見える。

「だいぶ良くなったよ。んー、お腹空いたなぁ。何かある?」

まだ眠たそうだ。食欲があるのなら、熱もすぐに下がるだろう。

「山菜を煮詰めたものと、ヴィテージ・・・あー、君で言うパンって言うやつだ」

「ありがと」

眠気まなこで器を受け取る。案の定、食事が済むとナギと二、三会話をしてすぐに寝付いた。

 することもなくなった俺は、自分の考えに没頭していたのだが、またナギに質問攻めされた。何でも彼女は、両親と同じように科学者になりたいらしい。俺が科学者に知り合いがいると知ってから、色々と聞いてくる。勉強熱心なのはいい事だが・・・少しは自分の時間が欲しいものだ。

「何か、色々と隠しているようですが・・・言いたくないのでしたら、仕方がありませんね」

しかも、何かと鋭い。適当に俺に関しての問いを躱していたら、これだ。

 

 少々韜晦(とうかい)が甘かったか?うっかり漏洩しないよう、気を引き締めていかなければ。それに、我々をつけて来ている何者かにも・・・



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