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IV-4新たな出会い

 そうこうしているうちに、一本の線だった城壁がどんどん背を伸ばして、天まで届きそうな高さになっていた。バックにはファスト山脈がそびえているはずだけど、今はもう端っこさえ見えない。

 エバパレイトの入り口は馬車やら人やらでごった返していた。

 「取り敢えず昼食を取ろう。お腹すいただろ?」

 厚さが三メートルはありそうな門をくぐって、入り乱れる色の通りを呆然と眺めていた私たちに、ウェーアは喧騒に負けないよう声を大きめにして言った。

 わたしは、ウェーアの言葉なんて聞いてなかった。あ、一応聞こえていたけど、頷く暇さえなかった。それはエバパレイトと言う町に目が釘付けだったからだ。

 目がいくつあってもたりない。不思議な形をした食べ物や、動植物、色、家。中でも一番面白いのが人だ。露店で物を売っている人達は大抵色黒で、通りを行き交う人達は、透き通るような肌だったり、赤ら顔だったりと、いろんな人種が住んでいるアメリカのようだ。地球と違う所は、髪や目の色が一人として同じ人がいないこと。同じ系統の色でも、薄かったり濃かったり、一部分だけ違う色が混ざっている人もいる。けれど、わたしのように真っ黒な髪を持つ人はいなかった。

 エバパレイトは猛烈に暑かった。蒸される、と言うより乾いた熱さで私たちの体力を奪ってく。だが、町にいる人々はそんな暑さになんかにめげずに活気に溢れていた。

 そんな中から逃げるように一軒のお店に入った。中にもたくさん人がいたけど、外より格段に涼しい。冷たい水を飲んでほっと一息ついた。

 ウェーアのお勧めと言うことで頼んでみた料理は、見た目は全然辛そうじゃなかったのに、口から火が出そうなくらい辛かった。水を飲んだら余計に辛くて、付いてきた甘い飲み物でやっと落ち着いた。

「そんなに辛いか?」

「わたし甘党なの〜」

平気な顔で黙々と食べるウェーアを横目に、わたしは熱くなった口を手であおいで一生懸命冷ました。何にも言わないナギもやけに水が進んでいた。

 店を出た後、泊まる所がなくなると困るから先に宿探しをした。けど、何軒探してもいっこうに空き部屋が見つからない。

 やっと見つけた小さな宿でも、

「すまへんなあ。二人部屋の一つしか空いてないんですわー」

だ、そうだ。なんでも、この時期は商人の人たちが長く滞在するようで、宿はどこもいっぱいになるんだとか。

 野宿よりましなので、仕方なくその部屋を借りて、日没前まで解散する事にした。もちろんエバパレイトを見て回る事もそうだけど、情報収集も一つの目的だ。

 宿を出るとウェーアはすぐに姿を消し、わたしはナギとはぐれないように手をつなぎながらいろんな所を見て回った。ついでに、日保ちしそうな食料も買い込んだ。ナギが粘り強く値切ったおかげでお金がかなり浮いた。

 楽しい時は時間の経つのが早いもので、あっという間に日が傾いた。

 宿への帰り道の途中にある大きな広間にさしかかると、なにやら人が集ってガヤガヤ騒いでいた。窪地となっている噴水の近くには、二人の男の人がその中心にいた。


□□□


 「ゲッシシシシシシ。ここに来りゃあかならず会えると思ってたぜ」

「俺は会いたくなかったんだがな」


 濁声に黒い肌を持つ男。バーベリアズの頭が、広間の真ん中で刃先の反り返った剣を片手に、俺の行く手を阻んでいた。我々がエバパレイトへ来る事など誰にでも容易に予想がつくが、あの一撃を受け、一晩で回復するとはそうとう腹の皮が厚いのだな。それとも、皮下脂肪が多いのだろうか。

「なぁにをニタニタ笑ってやがる!」

表情には出すまいと思っていたのだが失敗したらしく、濁声を赫怒かくどさせてしまった。

 まったく、器の狭い族だ。少し笑っただけではないか。

 ま、余談は置いておこう。さて、どうしたものか・・・。

 「昨日はずいぶんやってくれたなあ!しかーし!!このニアクル様が子分達の分までてめぇをたたっ切ちゃる!覚悟せいや!」

 濁声は唾をまき散らす。

 よく吠える犬はなんとやら。

「ちなみに、その子分とやらはどうした」

辺りを一瞥したが、それらしき人影は見当たらない。想像はつくが。

「てめぇが治療所送りにしたんやろ!あとの奴らはほとんど逃げちまいやがった!てめぇのせいや!!さっさと剣ぬきやがれ!」

ニアクルと名乗った男は怒りと敵愾心てきがいしんを言葉にのせ、私にぶつけてきた。

「遠慮するよ」

ニアクルの怒気を肩をすく竦めて躱し、このような人集りの中で血生臭いことをしたくはないと思う。それに、言ってしまえば抜く程の相手でもない。

 その時、男の背後の人ごみからセリナとナギが姿を現した。そして、セリナが何か言おうと口を開いたところで、ナギの手がそれを阻む。あの表情からして俺の名前を出そうとしたのだろうが、ありがた迷惑だな。ナギに感謝しつつ、さり気なく左足を引いた。

「てんめぇ!俺様を馬鹿にしてるやろ!!――ゲッシシシシシシシ。いいやろう、抜かへんかった事をあの世に行ってから後悔するんやな!」

よく回る舌だとつくづく感心する。

 ニアクルは言い終えると同時に雄叫びを上げながら真っ直ぐこちらへ肉薄してきた。おまけに芸のない太刀筋だ。これでは準備運動にもならないではないか。億劫だが、放っておく訳にも行かない。しかたなく相手をしてやった。


「後悔するのは貴様の方だ」


そう男にだけ聞こえるよう言うと、俺はただ振り下ろされるだけの単調な攻撃を軽く躱し、足を引っ掛ける。すると男は踏鞴たたらを踏んで転倒し、強か顔を打つ。まさか受身もとれないほどとは。

「こ、こここのにゃろ〜!!」

どうやら転んだ拍子に鼻も打ったらしく、不様にも鼻血が鼻孔から流れ出ていた。額に暑さのためだけではない汗を噴出させたまま、なりふりかまわず突進してくる。

 観客からは忍び笑いが洩れていた。

 服が汚れてしまうのは避けたいものだ。俺は飛び散る血が服に付着しないよう、細心の注意を払いながら、左上から降ろされる刃を後退して躱した。ニアクルは依然として連続で打ち込んでくる。


 縦、横薙ぎ、すくい上げ、そのまま振り下ろし・・・。


 俺は集っている者達に被害が及ばぬよう、円を描くように避けていった。それにしても、この男の攻撃は単調すぎてつまらない。

 と、怒り狂う男が胸の辺りを突いてきた。別にそれでなくともできた事なのだが、少しは遊んでやらなくては見物人もつまらないであろう。

 俺は突き出される切っ先を、体を横に捌いて躱し、ニアクルのあご顎目掛けて蹴りを放った。

 

 ゴッと、鈍い衝撃が走り、男は声もなく倒れる。


 一瞬の空隙の後、歓声と拍手の渦に巻き込まれた。

 元々喧嘩好きな町の民だ。こういう事は日常茶飯事で、珍しいわけでもない。誰かか喧嘩を始めれば、はやし立てようとすぐに人だかりができてしまう。そういう所はあまり好きではないのだが、まあまあここは気に入っている。

「こいつはバーベリアズの頭なんだが、誰かこいつを牢へ連れて行ってくれないか?」

観衆に負けぬよう声を張り上げると、途端にどよめきたった。


 「わしらが連れてゆこうかのぅ」


 人ごみから現れたのは、真っ白に染まった髪を持つ背の高い老人だった。歳のわりに腰が曲がっておらず、炯々(けいけい)とした目を欄と光らす。両脇には、筋肉だらけのすごい体をした男を連れている。よく見ると、牢番人の印を付けていた。

 三人は歩み寄ると、男達はニアクルを、牢番のおさ長は彼の剣を拾い上げた。そして去り際に、

「助かったわ。こいつにゃあ、借りがあってのう。なにしろ、逃げ足が速うて、はようて」

と、重い皮袋を手渡し、続けた。

「こいつの首に懸かっちょった賞金じゃ。さぁて、こいつはどないして痛めつけたろうかのう。ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョッヒョッ…」

 不気味な笑いを残し、彼らは消えた。

 なんとも酷薄な老人だ。殺す事はないだろうが、処罰は厳しそうだな。だが、これでもうエバパレイト付近にバーベリアズが現れることはなくなるだろう。


 しばらくそこに立っていたが、人が散始めたのを見計らい、待ち人の所へ向かった。

 


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