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III-3決心

今回、一部流血沙汰なシーンが含まれています。そこまでリアルではありませんが、苦手な方はご注意ください。

「ねえナギ、エナさんになんて言おうか」

「そうね。・・・・エナお婆ちゃん、許してくれるかしら」


 この数日、そこでこの会話は打ち切られてしまう始末で、なかなか話すタイミングが掴めないでいた。

 そういえば、今日の夕方からここラービニのお祭り、“ドンシスション”があるみたい。変な響きのネーミングだけど、おもしろそう。どういうものなのかナギに聞いても、“貝殻を使うのよ、あとはお楽しみ”の一点張りだ。結局聞き出せなかった。


 やがて、日が沈み始めてきた頃、外がざわつき始めた。ナギが呼びに来て、わたしも外に出た。通りにはたくさんの人で溢れ返っていて、みんな同じ方向へ流れている。近所のおばさま達に話し掛けられて、その人達と海へ足を運んだ。世界は違えど、“あらいやだ”の仕草は一緒みたい。次から次へと話題が尽きないのもすごい。

 真っ白な砂浜に着くと、町中の人が詰め掛けているようだった。うれしそうな顔が所狭しと並んでいる。

「ねえ、ナギ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

そう言ってもナギは、もう少しだからと、取り合ってくれない。

 わたしがむくれていると、どこからか打ち上げ花火の音がした。続いて、遥か彼方の上空で何かが弾ける炸裂音。

 上を見上げると豆粒ぐらいの何かが段々落ちてきているみたいだった。

 落下傘かなあ?――あれ?・・・微妙に細い――穴?が…


 「何これ」


 足下に落ちてきたそれを拾った第一声がそれだった。それにナギが素早く答えてくれた。

「レクストンって言う貝殻よ。レクの形に似ているからそう付けられたの」

説明しながら指すその先には、黄色と桃色の月があった。月がこっちで言う“レク”っていうものなら、“レクストン”は三日月貝になるのかな?

 わたしがしげしげとそれを見ている間に、周りの人たちは歓声を上げて海へ向かっていた。

「ほら、セリナも早く布にレクストンを付けて。行きましょう」

「あ!ま、待ってよ!」

貝殻は服に押し付けると勝手にくっ付いてくれた。

 慌てて追いかけて行くと、みんな服のまんま海に飛び込んでいく。しかも、潜ったままで出て来るつもりはないみたい。死んじゃうじゃん。《どれだけ潜っていられるか選手権》かな?

「セリナ、泳げるわよね?」

「まあ、人並みには」

そう答えると、ナギはじゃあ大丈夫ねとわたしの手を引っ張って、“潜って”と言う。仕方なくそれに従い、赤く染められた海へ大きく息を吸い込んで、飛び込んだ。

 水はとても澄んでいて、かなり遠くまで見渡す事ができた。なんとかバタバタと足を動かして潜っていくと、当然、息が持たなくなってくる。これはやばい!と、水面へ出ようとしたら――

「―――――!!」

――突然足を捕まれた。

わたしは必死にそれから逃れて、外の空気を求めようともがく。そこに、

『大丈夫よセリナ。息はできるから、安心して』

ナギの声が聞こえたような気がして振り向くと、銀髪を海流になびかせるいつものナギがいた。

『ね?平気でしょう?』

『あっ』

息ができる。なんの抵抗もなく普段通りに空気を吸い込む事ができた。しかも、会話まで・・・

『どゆこと?』 

『レクストンのおかげよ。これにはもう1つ意味があって、“海とつなぐ物”っていうの』

だ、そうです。そういう事なら最初から説明してよね。


 少し遅れてみんなに追いついたわたしは、広間みたいな所でかたまっている中にこっそり入らせてもらった。その後すぐにみんなで大きな輪をつくって、宴が行われた。とても幻想的で、魚になった気分だった。わたしもみんなと一緒に躍らせてもらったり、おいしい飲み物をふるまわれたりした。


 「あーあの飲み物おいしかったなー」

「でしょう?わたしも、いつもあれが目当てで行ってるのよ。もちろん、海の中を自由に泳げるっていうのもそうだけれどね」

 宴の後、各自自由行動となった。

 レクストンの効果が切れない限りは、水面の上も歩けると聞いたわたしは、さっそくお散歩にでた。

 外は夜独特の澄んだ空気で満たされていた。

 波の音だけが心地よく耳に響き、淡い月夜の光の下、爽やかな風が私たちを軟らかく包み――

「うわ!」

感傷に浸っていたら、突然強い風に背中を押された。

 


『こんにちは!』



 またまた突然響いてきた声は、耳から入るものじゃなく、頭に直接入ってくるようなものだった。

『ドンシスションやってるのね。どお?楽しい?風の匂いはおいしい?――って言っても聞こえないんだよねー』

おもいっきり聞こえているのに、そんなことを言いながら登場したのは、淡い色の服を着た女の子だった。しかも、ふわふわと宙に浮かんでいる。

 「あ、あなたは?」

『え!?あたしの声が聞こえるの?あたしが見えるの?あれー?なんでだろ?――ま、いっか。あたしルシフ!風の精霊よ』

戸惑いながらも訊ねたナギに答えた女の子は、くるりと前転してそう言った。

「か、風の精霊!?」

女の子、ルシフの自己紹介にわたしは耳を疑った。まさか、こんな所で精霊に逢えるなんて思わなかった。しかも、精霊の方からこっちに来るなんて。

『うん、そうだよ!あたしね、いつもドンシスションをやる頃にはここら辺に来るんだけど、あなた達みたいにあたしが見える人に会ったことはなかったな〜。それが普通なのにね。けど、うれしいよ!』

風の精霊はすごくはしゃいで、私たちの手を取り、ぶんぶん上下に振った。

「あ、あの。なぜ普通の方にはあなたの姿や、声が聞こえないのですか?」

『そーれはやっぱりあたしが風の精霊だからよ!風は目には見えないでしょ?音は聞こえても、言葉はわからないでしょ?』

と、ルシフはいたずらっぽくウインクした。

「あーそっか。あっ、じゃあさ、もしかして、ワグナー・ケイとか持ってたりする?」

わたしは思い切って聞いてみた。

『あらら?なんでそのこと知ってんの?』

 私たちはディグニさんに聞いた事を手短に話した。


 『ふーん、そうだったんだ。ワグナー・ケイをねー・・・あの詩の通りだね』

ルシフがぼそっと言ったので、気になって聞き返したら、

『ううん。なーんでもないよ。こっちのは・な・し。それよりー、どーしよっかなー。渡してあげてもいいんだけど、そんだけじゃつまんないしなー』

あぁ、嫌な予感がしてきた。

『あっ!そうだ!ドンシスションが終わるまで、あたしと遊んでくれたらあげる!それで決まりっ!』

「うー・・・いいよ。で?なにして遊ぶの?」

遊ぶくらいなら断る理由もないので、(断りようがないけど)受ける事にした。

『えぇ〜っとねー・・・じゃあ、おいかけっこ!ナギとセリナであたしを捕まえて!――いっくよぉ。オンセイユン・・・アスティー・ディ!』

たぶん、後の言葉は私達で言う“位置について・・・よーい、ドン!”だと思う。

 海の上を自由に走れる追いかけっこは楽しかった。もちろん、ルシフは空を飛ばずに逃げ回った。意外と素早くてなかなか捕まらなかったけど。それでも、何とか二人で挟み撃ちをして捕まえる事ができた。

 中学生になった今でも楽しめるもんなんだね。

 もうすぐ黄色い月が真上に来そうだ。走り疲れた私たちは降り注ぐ星の光を浴びながら、真っ黒な海の上に浮かんでいた。

 星が、とても綺麗だった。ずーっと遠くにあるはずなのに、今はちょっと手を伸ばせば届きそう。わたしの住んでいた所じゃあ、こんなに綺麗に見えた事がなかったなあ。

 長い間満天の星空を眺めていると、徐々にだけどレクストンが光始めた。

「あら、もうそろそろ時間だわ」

この貝は効果が切れる事も教えてくれる。

『じゃあ、もうお別れだね。約束通りワグナー・ケイをあげるよ。はい!』

ルシフがどこからともなく取り出したのは、上下がとがっている細長い透明水晶のような物だった。

『これは風のワグナー・ケイ、リーブズ・ケイよ。そよ風が少しずつ結晶化されてできた物なんだっ。――二人とも、これから大変だろうけど、がんばってね!特に、ラルクには気を付けて』

彼女は一つずつリーブズ・ケイを渡すと、そう言った。

「ラルク?誰それ」

『ラルクは火の精霊だよ。ものすっっっごく意地悪らしいから気を付けてね。あっ、ティーイア・ケイを持っていればなんとかなるかも。じゃあ、また会えるといいね!さようなら!あなたたちに暖かいアイオロスが吹きますように!』

ルシフはふわりと浮き上がると、激しく腕を振って別れを述べた。

「バイバイ!」

「さようなら!」

わたしは少し寂しい気持ちでルシフを見送った。


             








       



「やあ、また会ったね」





 不意に後ろから声がして慌てて振り返ると、がりがりに痩せた長身が口の端を歪めて立っていた。

「今晩はダーユさん。あら、お一人ですか?」

「うん、ちょっと君たちに用があってね」

この人、口は笑っているのに全然目は笑っていない。気持ち悪いくらいに貼り付けられた笑い方だ。

「用ってなに?」

ダーユが一歩足を踏み出した。それに合わせてわたしもすっと身を引く。

「うん、それなんだけどね・・・さっき、誰と話してた?」

「え?二人でだけど?」

わたしの頬を冷や汗がつたった。 

頭の中で逃げろって警報が鳴っているのに、思うように体が動いてくれない。

「ふうん。じゃ、ルシフって誰かなあ?」

男の目がすうっと細くなった。まるでトカゲのようだ。ますます気持ち悪い。

「他の友達の事ですよ」

「なんでそんな事聞くの?」

 急に、ダーユの目尻がつり上がった。同時にものすごい形相になって―――

「―――なっ!」

わたしの胸倉をつかむと激しく揺さぶりながら、口角泡をたてて怒鳴りだす。

「小娘がっ!言え!お前らが神に会ってんのは知ってんだよ!森の滝に何かが出てきたのも、さっき強い風が吹いて、何にもない所に向かって喋ってたのも俺は見てたんだ!お前が橋の下にいきなり落っこちてきたのもなァ!――どこにある!!神様からなんかもらったんだろぅ!?出せェ!」

「ダーユさんやめてください!セリナを離して!」

ナギが止めようとして男の腕を掴むと、

「うるせー!お前はひっこんでろ!!」

片腕で突き飛ばされた。

 こんなにガリガリなのに、すごい力だなぁとか頭の隅で考えている自分がいる。

「出せェ!どこに隠した!あの方に渡すんだ。俺はあの方に差し上げるんだ!そうすりゃあ、俺は認められる。認められるんだ!さあ!早く出しやがれ!」

男の言っている事は何がなんだかわからないけど、こんなやつに渡すわけにはいかない。

「・・・嫌。離して・・・苦しい、よ」

「もがけ!苦しめ!お前にも味わらせてやる。俺の苦しみをっ!」

言いながら、また狂ったようにわたしを振り回した。

「お前が持っている物をあの方に渡すんだ!認められるんだ!お、おれの、俺の居場所が見つかるんだァ!」

そのとき、揺さぶられた反動でワグナー・ケイの入った袋が服の中から飛び出した。とたんに、ダーユの動きが止まる。

「・・・こっ、これか?これがそうなんだなァ!?よこせ!―――おお・・・ひっ。ひひひひひっ・・・ひゃはははははは!これでっ!これで俺は認められる!あの方の元に行くんだ!」

ダーユは袋の紐を引きちぎると、中身を見て高笑いしだした。

「か、返し―――」

「うるせぇ!お前はもう用済みだ!消えろ!」

取り返そうと手を伸ばしたら、思いっきり海の上に投げ飛ばされた。

 わたしは激しく咳き込んで、高笑いを続ける男を睨みつけた。幸い、うれしすぎて奪ったら逃げる、という所まで頭が回ってないようだ。

「セリナ、大丈夫?」

「うん、なんとか」

どうやってあいつからワグナー・ケイを取り返そうかと、思い巡らせていると、

「おおーい!どうしたぁ。早く戻らんと、沈んじまうぞぉ!」

どこかのおじさん達が数人連れ立ってこっちに来てくれた。

「助けてください!ダーユさんが大切なお守りを何かと勘違いしてしまって」

そこにすかさずナギが大声を張り上げた。

「なんだって!?おい、ダーユ!お前とうとうイカレちまったのか?なに子供のもん取ってんだよ」

声を掛けてくれた人とは違うおじさんが言った。

「近寄るなァ!これはあの方の物だ。俺があの方に持って行くんだ!」

ダーユはヒステリックにわめく。

「なに言ってんだよ。それはあの子達の物だろう?返してやれよ。困ってるじゃないか」

また別のおじさんが言った。

「手柄を横取りする気か!?誰がお前らなんかに渡すかァ!」

「おい、テメーいいかげんに―――」 

始めのおじさんが一歩、そいつに近づいた、その時だった。

 体ごとぶつかっていったダーユと、その人の間でドスッと、鈍い音がした。

「ひひっ」

引きつった声を出してダーユが離れる。

ぶつかられた人はきょとんとした顔でダーユを見て、その視線を自分の体に向けた。

「―――――っいやあぁああああああ!!」

目の前が暗くなった気がした。



―――――高く響く哄笑―――真っ赤な―――倒れて――ナイフが―――――ひと、人に・・・・・・・・・・




 張り付いて離れない視線を無理やり誰かがそらした。

 訪れたのは暖かな暗闇。それでも、体の震えは止まらない。



 怒鳴り声が・・・(真っ赤な)鈍く響き渡る・・・(滴り落ちる)痛みにうめく声・・・(甲高い笑い)次第に大きくなる喧騒・・・(人から血が)






 「ナギちゃんとセリナちゃんね?エナさんが心配しているわ。一緒に行きましょう」

 ふと、気遣わしげな女の人の声が耳をくすぐった。そこでようやくわたしは、辺りに静けさが戻りつつあることを知った。

 抱きしめていてくれたナギに促がされて、ふら付きながらも陸に向かって行くと、エナさんの姿が見えた。

 「ああ、二人とも無事かい?けがは?怖かったろうねぇ。もう、大丈夫だからね、安心おし」

エナさんに抱きしめられて、今のいままで出ようとしなかった熱いものが安堵感と共に流れだした。

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