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III-1決心

ちょっと長いです。ご了承下さい。

 この世界に来てから三度目の朝。わたしとナギは森に来ていた。

 木々は、私たちに覆い被さるようにして立ち並んでいる。深くもないけど、浅くもない森の中、多かれ少なかれ人が通るみたいで、道ははっきりとついていた。ナギが言うには、ここにも少しだけ人が住んでいるみたい。きっと、木が好きな人達なんだ。

 ふと、前を見ると、黒い丸いものが道の真ん中にころがっていた。

「ナギ、何だろあれ」

「行ってみましょうか」

誘われて、そろりそろりと移動した。後もう少しって所で丸いそれはぴくりと動き、跳ねて逃げる。そして、少し行った所でこっちを振り返った。

「わぁー!かわいい!!」

丸いものの正体は、サキュラーと言う動物だった。黒い丸い体に、鳥みたいな足、大きな耳。細く伸びたしっぽの先には毛の塊が丸まっていた。その他、道を進む度に脇の方や、木の陰に動物を見ることができた。周り全部が動物園みたいで、一歩一歩をわくわくしながら進んで行った。

 


 やがて、滝の音がわたしの耳に中に入ってきた。

 ・・・滝の音?おかしい、ここはずっと平坦な道で、上っても下ってもいない。なのに、なんでこんな森の中で…

 首を傾げていたら、急に開けた場所に出た。目の前でわたしの鼓膜を破ろうと、滝の音がゴウゴウ唸っていた。驚きに声を出せないまま、視線を上へ、上へと這わせると―――

「なっ、ナギ、ナギ。雲が、雲から水が、出て・・・」

訳がわからなくて、わたしの言葉も意味を成されていなかった。誰だって自分の目を疑いたくなるはず。なんで高い所で湧き上がっている雲の中から、水が流れ出ているんの?信じられない。わたしはその水が本物か確かめる為に、滝壷(たきつぼ)を囲んだ岩の上にのって、手を伸ばしてみた。

「うわ、冷たい・・・本物だー」

「私達、毎朝ここに来て水を汲んで行くのよ。湖はめったに使ってはいけない事になっているの」

へえーっと感心してナギを見ると、わたしに背を向けて何かをしていた。

「それ、何?」

彼女は甘い香りのする赤い、楕円球形の実を摘んでいた。ナギが、エミラよと答え、細かく砕いて料理のときに使うのだと教えてくれた。エミラは乾燥させなくても、割れば簡単に細かくなるそうだ。それを水で洗い、乾くまで草地に腰を下ろして雲を眺めた。



「・・・で、これから何するの?」

「セリナは何がしたい?」

少し、考えて、

「森の中を探検するってのは?」

「いいわね、それ。そうしましょう」

あっさりと決まり、荷物を持って滝の裏手をまわろうと足を踏み出した。―と、

「わっ!な、なに!?」

いきなり、袋を作って首から下げておいたクリスタルが熱を持ち始めた。ディスティニーにもらったそれは、服を透かして見えるほどに輝いている。

「どうしたのかしら?なぜ突然――」

「――ナギ!滝が・・・!」

はっと息を飲み込んだわたしの目の前で、雲から流れ出る水までもが輝きをおびだしていた。何がなんだかさっぱりわからないまま、それらは光を強めていく。

 

「・・・?ひ、と?」

困惑したまま、わたしの口から言葉が洩れた。青白く輝く銀の滝に、人影らしきものが・・・



「お前達、ワグナー・ケイを持っているな?」



「へ?」

その人影に、いきなりそう聞かれたので、かなりまぬけな返事をしてしまった。高圧的とも取れる声は、姿を見せながら同じ事をまた聞いた。けど、わたしにはその声が届いてなかった。現れた質問者に眼を奪われていたからだ。

「ににに、人魚ぉ?」

そう、出てきたのはよくおとぎ話とかに出てくる人魚そのものだった。体全体は青みがかり、長い髪、腰から下は魚…。

 あれ?けど、この人どこかで・・・・

「我はニンギョ、というものではない。我はディグニという。お前達、そのワグナー・ケイをあの塔にいるディスティニーから譲り受けたのだな?」

「な、何でディスティニーを知ってんの!?」

思わず言ってしまったわたしの脇腹を小突いて、ナギは彼女、ディグニさんに質問した。

「どうしてそれをお聞きになるのですか?」

「彼がお前達にワグナー・ケイを譲った。その事に意味がある(ゆえ)

人魚さんはそれに淡々と答えた。

「何ですか?その、ワグ・・・」

「ワグナー・ケイ。お前達が持っているその石だ」

「――これ?」

彼女は、私達が首にさげているあのクリスタルを指し示していた。これワグナー・ケイって言う物だったんだ。わたしが一人、ふうんと頷くと、

「それ自体を示すのならティーイア・ケイと言う」

と付け足した。

「あなたは誰なのですか?なぜディスティニーさんをご存知なのですか?この石は、あなたに何の関係があるのですか」

ナギはわたしとは違い、簡単に納得のいく性質じゃない。タイレイム・イザーの時のように、矢継ぎ早に質問の雨を降らせていた。

「我は水の精霊の長を勤める者。後の質問には、後で答えるが故、まずこちらに来てはもらえぬか」

ディグニさんはそう言って、手をこっちに差し出した。青みがかったその長い指には、水掻きが付いている。身を引くナギに対し、わたしはぼーっと頭の隅で綺麗な人だな、とか思っていた。

「水の精霊、ですか?な、なぜそのような・・・そんなことは――」

 ああ、思い出した。ゲンさんのお店で見たアーソーポスの人形にそっくりだ。すごい、本当にいたんだ。

「話しでしか聞いたことのない精霊が、本当にいると知らないのは、しかたがあるまい。だが、お前達は導かれてここにいるのだ。運命には逆らえぬ。――我は危害を加えるつもりはないが故、怖がらないでほしい」

ディグニさんは困ったような顔をして私たちを促す。それにナギは意を決して頷いた。

「セリナ、あなたはどうするの?」

「もちろん行くよ。ああ、なんかうれしいなぁ。おとぎ話に出てくる人に会えるなんて」

と、素直に感想を言ったら、能天気と言われてしまった。


 気が付いたら肌寒い空間に、宙に浮いて立っていた。隣にはナギとディグニさんがいて、前には人魚さん達が数人、咎めるような目でこっちを見ていた。

「ディグニ!どういうこと!?人間を我々の聖域に招きいれるなんて!」

「彼女達はティーイア・ケイを持っている」

「どうせ、あの変わり者が気紛れで人間にあげただけでしょう?それがなんだっていうのよ」

「彼は意味もなく人間を招き入れたりはしない」

「では、あなたはどういう意図でその子達をここに?」

「長が受け継ぎし使命のために」

重い沈黙が流れた。どうやらこの人魚さん達は、ディグニさんの仲間のようだけど、私達はあまり歓迎されていないみたい。どちらも黙ったまま互いを睨みつけていた。

 

「時はきたり。古の詠、今より現実とならん。・・・これで納得してはくれぬか」


 ぽつりとディグニさんが呟くように言うと、他の人魚さん達はしぶしぶ頷いて下がっていった。

「見苦しいところを見せてしまった。許してほしい。彼女達に悪気はないのだ。ただ、ここに人間を招き入れるのは初めてのこと故・・・」

ディグニさんは周りに誰もいないのを確認すると、まず謝った。同じ精霊でも、いざこざがあるんだなあ、と頭の隅で思いながら、気にしてませんから、と苦笑いを浮かべた。



 

 ディグニさんの案内でさっきとは違う部屋へ通された。そこまでの移動はもちろん泳いで。空中なのに水の中にいるみたいで不思議な感覚だった。部屋は水晶のような丸いものが円を描いて宙に浮いているだけの空間で、他には何にもない。私たちはその中心に行って、ディグニさんがどこからともなく出した水の塊を手渡された。それは、ちょうどコップ一杯ぐらいの量で、受け取った手のひらの上でユラユラと浮いていた。

「楽にしていい」

そう言われたけど、私たちはどうすればいいのか全くわからなくって、戸惑っていた。

 この水、どうすればいいんだろう?飲んでいいのか悪いのかさえわからない。

 異国の地の、やけに親切にしてくれる赤の他人の家で、そこの風習もわからずに突っ立っている感じ。しかもその相手が人魚で水の精霊なんだから、余計に戸惑う。

「どうした?」

ディグニさんが不思議そうに聞いてきた。彼女はいつもこの空間で生活しているから、私たちがどうして戸惑っているのかわからないんだ。

「ええっと…」

わたしはナギにどうしようかと目で訴えた。ナギはそれに気付いてわたし同様困った顔をしていたけど、すぐにディグニさんに向き直って、

「すみません。私達の住む所には、こういった場所がないのでどうすればいいのかわからないのです」

と、言ってくれた。

「そうなのか?これは失礼した。何しろここから出た事がないが故、人間の生活というものがわからなくて…」

ディグニさんは驚いて、慌てて詫びた。なんだか親近感のわく動作だったから、少しほっとした。

 それからいろいろ水の精霊さん達の家について質問して、たくさん教えてもらった。

 この家が造られたのは遠い昔の事で、ディグニさんが生まれる前だったので、どうして水もないのに泳いで進む事ができるのかはわからなかった。

 どこからともなく水の塊が出せるのは、赤ちゃんが教えられなくも勝手に歩き出すのと同じように、いつの間にかできるようになっていたみたい。ここでは普通のことなんだから、私たちがなんで?と聞いても、できるからできるとしか答えようがなくって、しばしばディグニさんを困らせてしまった。

 あとここでは、“座りたいなー”って思えばいつでもどこでも下に椅子があるように腰掛けることができる。私たちも今そうしていた。フワフワ宙に浮いていて、水の上に座ったらきっとこんな感じなんだろうな。それと同じように、物を置きたいときもちょうどいい高さで勝手に宙に浮くようだ。

 本当に、不思議な所だ。

 そう思いながら口を付けた水の固まりは、清んだ冷たさでわたしの喉の渇きを潤してくれた。

 


「話に入るが良いか」

と言われて、ナギは水の塊をそっと手から放した。さっき言われた通り、本当にそれはちょうどいい高さで落ちるのを止めてくれた。わたしもそれにならう。

「その前に、お伺いしたい事がいくつかあるのですがよろしいでしょうか」

「うむ、遠慮なく申せ」

ディグニさんは頷き、ナギの質問攻めが始まった。

「ではディグニさん、なぜ、長自らが私達をここへ招き入れたのですか?それに、他の精霊さん達があなたの言葉をお聞きになった途端、退いていかれたのはなぜですか?」

「それが精霊の長になった者の定め故、皆が承知しているために退かざるを得なかった。お前達を招き入れたのにもそれが関わっている」

わたしはそんなものかと頷いた。まあ、ナギはそういくはずもなく当然聞く。

「では、その長の定めとは何なのですか?」

「うむ、そのことなのだが・・・セリナ」

「はい?」

突然呼ばれたわたしはまた変な返事をして、ディグニさんの蒼い瞳と出会った。それは心の奥まで見透かされるような真直ぐな視線だったので、わたしはまともに見れなくてもぞもぞと目線をずらした。

「我の使命は、異なる世界からの来訪者に助言を与えることだ」

「それって…え?どういうこと?」


わたしに何を言ってくれるんだろう?ん?待てよ、助言と言う事は・・・


「もしかしたら、お前を元の世界に戻してやれるかもしれない」

「本当ですか!?よかったわね、セリナ!」

ナギは自分の事のように喜んでくれた。わたしといえば、あまりの唐突さに頭がぼーっとしてしまって目を見開いたまま固まっていた。


 帰れる?家に・・・お母さんどうしてるかな。学校じゃあ大騒ぎだろうなあ。お兄ちゃんは勉強ちゃんとやってるかなあ・・・・・・・・急にそんなことが気になってきた。早く家に帰りたい。けれど…


「うむ。だがそれにはまず、ワグナー・ケイを集めなければならんのだ」

ディグニさんは眉根を寄せてそう言った。どこか憂いを感じさせる表情だ。

「この石を?」

「うむ。ワグナー・ケイはそれぞれの精霊が所持している。それを集めればよいのだが・・・」

彼女は言葉を濁した。

「何か問題でもあるのですか?」

「ワグナー・ケイは全部で七つ集めなければならない。それぞれ、水・火・風・土・木・闇・そして光だ。我には、他の精霊の居場所は知ることはできないが、ディスティニーならば知っているだろう。

 ・・・・・・元々、セリナは此処へは来られるような者ではないのだ。それが何かの影響で偶然、来てしまった。故に、時空の食い違いが起こり、こちらとセリナの世界の均衡が崩れ、その二つ、あるいはその周りのスーホさえも巻き込み、消滅してしまうかもしれない」

「そんな・・・!」

「ワグナー・ケイを集めれば、それを食い止めることができるのですか?」

「おそらく。・・・あまり、詳しいことは知らぬが故、はっきりとは言えぬが」


 世界が、消滅・・・無くなる?家も?人も?そんなの、嫌だ。・・・わたしがここに来たせいで、こんなに綺麗な街や、景色が壊れてしまうなんて。


「どうする?強制、という訳ではない。やるか、やらぬかはお前達の意思だ」

「・・・やります。私は、この町が消えてしまうのを見るのは嫌ですから」

ナギが少し間を置いて言う。わたしもそれに続いた。

「うむ。ワグナー・ケイをもらうには、それぞれの精霊の条件を満たせばいいと思う。危険なことも在り得るが故、気を付けて。

 ――話は変わるが、我からのケイを授ける条件をひとつ」

「あ。やっぱりあるんだ」

ディグニさんは頷き、外(つまり私達人間)はどういう生活をしているのか、今までにどんな出来事があったのかを聞かせてほしい、と言った。私たちはとっても簡単な条件だったので、お安い御用とラービニの事と、私の世界の事を話してあげた。水の精霊さんはこの場所から出られないようで、ディグニさんにいたってはかなり私たちの暮らし振りに興味を持っていたみたい。すごく真剣に聞いてくれて、話しているこっちもうれしかった。

 


 精霊さん達に見送られて外に出ると、もう昼を示す短い影が落ちていた。



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