XIII-10暗黒の島
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「ハーディス、いるんでしょ?ちょっと手伝って!」
階段を降りきったわたしは、地下住人達と戦っていたレーミルの手下を何人か引き付け、ハーディスの住処へ向かった。
「チョロチョロ逃げ回るんじゃねぇよ!」
捕まりたくないんだから、逃げるに決まってんじゃん。
『何をする』
闇にまぎれてハーディスが応答した。手下はもうそこまで来ている。
「あいつら誘い込むから、しばらくの間閉じ込めといて」
『……め』
「“面倒”とか言わないように。じゃなきゃわたし、上に行けないよ?」
『……了解した』
ちょっと強引だったかな?と思いつつも、悪漢達から伸びる手をひらりひらりと躱す。ケイを狙って追いかけられている間に、逃げ足だけは速くなった。
黒と白と赤の林の向こうに、より一層闇色の壁が見える。
わたしは迷わず黒いピラミッドへ走りこむ。狙い通り、男達も次々と入ってきた。
彼らが(おそらく)何も見えなくなってパニックに陥っている間に、不思議とハッキリ見える出口へ足を向けた。
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「急に口数が減りましたね、ディムロス様?僕はまだ力の半分も出していませんよ?」
対峙するレーシェルミルドは嘲笑を含んだ声で尋ねる。
「貴方はいつもより口数が多い。そんなに不安か?」
彼の攻撃を剣の根元で受ける。月明かりに照らされた彼の頬は紅潮し、口元は卑しく歪んでいる。普段の彼からは想像もできない表情だ。
「不安?僕が何に不安を抱くと言うのです?」
擦過音と共に刃が離れる。その隙に、俺は風を集めて練りだした。
「もし、私に負けたら……と」
「はっ!負ける?僕が?お前に?―――まさか!僕が負けるわけがない!卑怯な手を使っている奴なんかにはね!」
「…………」
練った風を霧散させた。“力”を使っては意味がないようだ。
「どうしました?怖じ気付きましたか?遠慮しないで、石の力を使ったらどうです?」
「ひとつ、誤解を解いておきたい。普段私が使っている“力”は、聖なる石によるものではない。ごく最近まで私は、石の力を使うことができなかった。ただ、剣の強度を上げていただけだ」
「なら、どうしていたと言うのです?」
「……貴方には言い訳にしか聞こえないだろうが、リーズ家の者には風を操る能力がある。だが、滅多に使わない」
「それで?だから何だと言うのです?“私は仕事ではほとんどその力を使ってない。だから罵られるのは不本意だ”と?」
「罵られるのは当然だ。失敗はいくつもしてきた。だが、今は関係ない。私はこの“力”を使わずに貴方と戦う。正々堂々と、剣だけで」
「小細工はしないと……。いいでしょう。その言葉、言った事を後悔させてあげますよ」
激しい暫撃が、受け止めた腕を痺れさせる。剣技を磨いていたというのは嘘ではないようだ。俺より上背がある分、重みが加算される。
レーシェルミルドは俺を突き放しながら、わずかに平衡を欠いた隙を見逃さなかった。すぐさま一歩踏み込み、刃を横に薙ぐ。
「――――くっ」
鮮血が宙を舞う。
咄嗟に体を捻ったのだが、わずかに躱しきれなかった。左の肩口に赤がにじむ。レーシェルミルドの暫撃は容赦がない。ほんの一瞬でも隙を見せようものなら、確実に急所を狙われる。幾度となく俺は追い込まれ、ギリギリの所で躱すことしかできない。無論、避けてばかりではいられない。ともすると“力”を使いそうになる自分を抑えながら、焦らず好機を窺う。
「どうされました?剣先が温くなっていますよ?先程までの勢いはどこへ行かれたのですか?」
彼は鋭く突きを放ちながら、優越感のこもった嘲笑を浮かべている。
「所詮多くの人間にちやほやされてきたお前の力は、この程度なんだ。僕がお前なんかに負ける訳が―――」
重い手応えが、腕を伝わった。
言葉の止まった彼の足元から、徐々に目線を上げる。
わずかに急所を外れて、愛刀ウェーアードが彼の左肩に喰い込んでいる。
俺は静かに目を閉じ・・・刃を捻らず、引き抜いた。
「な………」
汚れのない白い服に、黒いシミが滲む。
「………すまない」
俺は、まだ死ぬ訳にはいかない。エウノミアルの座を、降りる訳にもいかない……。
「僕が………ぼく………が…………」
傷口を押さえ、俯きながら呟く。
俺は複雑な心境のまま背を向けた。
彼は高い確率でエウノミアルの座を追われるだろう。それでも、今改心してくれれば、新たな刻印を持つものが現れるまでの支えになる。今は特に、より多くの人が耳を傾けてくれ、かつ動かせる事のできるエウノミアルが必要なのだ。
だから―――
「僕は……僕が、お前ごときに……お前ごときに!!」
「――――っ!?」
反射的に体を捻る。
右腕に、悪寒にも似た痛みが走った。
「レーシェ―――」
「お前ごときにこの僕が負けるものか!!」
彼は間合いを詰めながら下段に構え―――
「やめ・・・!!」




