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00-09 視線の怪

 三人は白の街道から北に外れ、山頂も真白な美しきノルン山へ向けて暫く行く。

 すると山のすそ野に広がるこんもりとした森と、まばらな木の柵が見えてくる。

 柵の近くでは、牛や羊が草を食んでいた。

 人里だ。

 マックリン商会の商会員によると、どうやらその里が、目的のトト村らしかった。


「積み込みの時に、獣や妖魔に襲われないように見張っておいてくれ」


 滑車を使い、ロープを丸太の端に引っ掛け台車へ運ぶ。

 怪我をしないように、木こりは丁寧に、しかし慣れた手つきで黙々と仕事をこなしていた。


 しかし、木こりがその際に妙なことを言う。


「そのエルフには近寄って欲しくないね」


 アリムルゥネ。名指しである。


「冒険者だよ」

「今度から冒険者を雇うときはエルフを外しておいてくれ。仕事に差し支える。やる気が無くなっちまう」


 酷い言い草に、アリムルゥネは肩を落とす。

 冒険者、失格。

 ……とでも、取ったのだろうか?


 光もまばらな森の入り口。

 お日様の光が、木漏れ日から零れ落ちてくる。


 積み込みも終わり、村で一晩過ごしてから出発する予定が、追い出されるように村から出て行けと言われ、困っている商会員。


「師匠、なんだか私を見る村人の目が怖いんですけど」


 ガイアリーフはアリムルゥネが、どうも己の近くから離れないことを不審に思っていると、当のアリムルゥネが、ふとそんなことを言ってきた。


 村人を観察する。

 子供たちが指を指して逃げる。

 大人が急いで子供の手を引いて家の中に隠す。

 窓の鎧戸から、目だけがアリムルゥネを追う。


 確かに、その視線は警戒であり、敵意であった。


「神よ……」


 と、ガイアリーフは天を仰ぐ。


 村を観察する。

 ガイアリーフは、違和感に気づいた。

 そう。神像である。

 この村には、国のどこでも見られる神様を祀った祠や木彫りや石の神像がどこにも見当たらないのだ。


「あんた達には悪いが、次の契約は無しだな……その剣の腕前、もったいないんだが……」

「こいつ、アリムルゥネのせいか?」

「いや、なんでも村人が森のエルフと諍いを起こしているらしくてな」


 商会員はガイアリーフから視線を逸らす。

 そしてアリムルゥネを見、


「悪く思わないでくれ」


 と、言葉を濁した。


 なんでも、森のエルフが人間に攫われようとしたため、エルフが人間に危害を加えたらしい。


 アリムルゥネは呟く。


「森エルフがちょっとやそっとで怒るはずがないのに」

「そうだな、アリムルゥネ。しかし、これでお前を巡る謎の点と点が繋がろうとしているぞ?」

「え?」

「いつか暇が出来て、懐にも余裕が出てきたら、この村の近くの森エルフに会いに行け」

「森エルフに? なるほど、そうやって事件の謎を解いていくわけですね! さすが師匠!」


 アリムルゥネの目がキラキラと輝いた。


 ◇


 帰り道でも、野営である。

 結局村で一泊することは出来なかった。


 薪を拾ってきたガイアリーフが、白の街道から僅かにそれた、林の中の野営地に戻ると、アリムルゥネがいない。

 商会員に尋ねても、どこに行ったのかわからないという。


「……まだ薪を拾っているのか?」


 お日様が地平線の向こうに隠れつつあった。

 風が出てくる。夜の冷たさを含んだ風だ。


「依頼人、連れを探して来ても良いだろうか?」

「あまり遠くに行かないでくれ」

「火を絶やさなければ獣は襲ってこない」

「……わかった」


 ガイアリーフは目を閉じる。

 聞こえるのは、焚火の爆ぜる音と──金属と金属がぶつかる小さな音!

 多少の後悔の色を浮かべながら、ガイアリーフは駆けた。


 ◇


 光の刃が金属の筒から伸びた。

 ガイアリーフは抜刀する。

 薄闇の中、それが少しでも目印となるように。

 ガイアリーフはアリムルゥネの名を叫ぶ。

 反応は無い。

 ガイアリーフは焦る。

 どこで間違った? すでに間違っている? これは陽動ではないのか?

 いろいろな思いが駆け巡る。

 だがそれでも、ガイアリーフはアリムルゥネの身を案じたのである。


「人間種こそ至上!」


 引き攣った声を聞いた。


「人間種こそ最上!」


 甲高く、跳ね上がるような、それでいて男の裏返った高い声を聞く。


「ああ神よ、今こそ御身に贄を授けます!」


 ガイアリーフは喉も張り裂けんと、もう一度叫ぶ。


「アリムルゥネ!」


 邪悪な斧が、立派な革鎧を身に着けた黒マントの男の手により振り上げられる。

 見れば、アリムルゥネは気を失ってでもいるのか、力なく、だらりと横になって斧に白い首を晒していた。


 斧が今にもアリムルゥネの首を刎ねようとした時、ガイアリーフは飛びこんだ。

 蹴り込む右足、当たるは斧の腹。


 ザン!


 地面を抉る、呪われた斧。


「誰だ!」

「俺だ!」


 ガイアリーフは怒りに任せて姿勢を直しざま、男の脚を切りつける。


「ぐぁああああああ!」


 男の絶叫が上がった。

 なおも男の斧が持ち上げられる。


「人間種こそが至上なのだ!」


 苦し紛れの男の叫びに、ガイアリーフは今度こそ、男の両足ごと斧の柄を輝く光剣で切断した。

 男の体と斧の先が別々に落ちる。


「貴様こそ誰だ!」


 ガイアリーフはアリムルゥネを後ろにかばいながら、大地に転んだ額に脂汗を浮かべて苦しむ敵に問うた。


「……人間種万歳!」


 男は、腰に差していたダガーを己の首に突き刺すと、そのまま果てた。

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