00-08 とある冒険者たち
ガイアリーフとアリムルゥネの二人がハーバジルに指示されたままに東大路に向かうと北側に『マックリン商会』が見えて来た。
巨大な門構えを持つ立派な店である。
店には裕福そうな商人や、厳めしい顔の職人、それに材木を乗せた荷車が出入りしていた。
「なんだか凄そうな所ですね、師匠」
「実際凄いんだろ」
と、ガイアリーフは素っ気ない。
「あんまりキョロキョロしてると怪我するぞ?」
「あ、はい」
二人は構わず門をくぐって製材された材木の数を数えていた男に目的を伝える。
すると赤い腕章を渡され、それを付けて東の大門へ行くように指示された。
「うちの人間が用意した空の荷車と、あと数名の冒険者の方がいらっしゃるはずです」
◇
白の街道を西にのんびりと荷車が行く。
「あんたたち、装備を買う金もないのかい?」
「防具無しとは、恐れ入るね」
空の荷車を挟んで、二人の冒険者と共にフォルトの街を出発したガイアリーフとアリムルゥネ。
目的地はノルン山のふもと、トト村だ。
西に二日の距離にトト村があり、トト村ではノルン山の山裾に広がる森の木々を切り出しているのだ。
道中の安全を見守る四人。
しかし、平服の二人は他の二人から散々に馬鹿にされる対象になっていた。
一見、武器すら装備していないように見えるのだから仕方がない。
そして、マックリン商会からついて来た男が間に入って仲介する気配もない。
「師匠」
「本当に無いのだから仕方がない」
アリムルゥネは不満そうだ。
「革鎧程度どうにかなっただろうに」
「食い詰め冒険者は辛いね」
アリムルゥネは二人を睨みつける。
二人の装備は揃ってハードレザーアーマーにロングソード。
それなりに絵になる鎧姿である。
一方、こちらはガイアリーフが深紅のトーガ姿。
武器はいまいち何を持っているのかわからない。
アリムルゥネは平服だ。
「師匠! 悔しくないんですか!?」
「どんなに立派な装備を持っていても死ぬときは死ぬ」
ガイアリーフは真実を言った。
……だからと言って、そんな派手な色のトーガで旅をするのはどうかとアリムルゥネは思う。
「肝心の腕の方は大丈夫なんだろうな?」
「腕もからっきしってわけじゃないよな?」
今度はアリムルゥネ、カチンときた。
歯を剥いて怒りだす。
「あなた達より強いもん!」
「止めておけ、アリムルゥネ」
「師匠、どうして先ほどから言い返さないんですか!」
「相手にするな。それより周囲を警戒しろ」
納得がいかないアリムルゥネ。
しかし、周囲に目を配ることだけは忘れない。
そして、己の師匠の才に驚く。
盗賊の勘が、天性の盗賊の勘が危険が迫っていることを告げたのだ。
「師匠、右手来ます」
「なにが出た?」
「炎狐です。数は三」
「なんだと!? 決して無理はするな! あっちの二人は気づいているか?」
「いいえ」
「教えてやれ!」
猪ほどの大きさの、その真っ赤な毛並みと尻尾を持った狐は味方戦士たちに襲い掛かった。
「なんだこいつら!」
「狐? 狐がどうして人間を襲う!?」
戦士たちは剣を抜く。
牙が噛み合わされるのと、剣が食い入るのは同時で、もう二匹の牙が噛み合わされるのと、太腿に食いつかれるのも同時だった。
冒険者たちの悲鳴が上がる。
アリムルゥネが教えるのが遅かったのだ。
ガイアリーフは援護に向かう。
「アリムルゥネ! 抜刀!」
「はい、師匠!」
もう一人は一匹の火狐に組み敷かれ、息も絶え絶えに半の腹を握っては、獣の牙を食い止めている。
ガイアリーフはロバと商会員の無事を確かめると、向かってきた火狐の一匹の首を一刀のもとに跳ねた。
金属の筒から光の刃が現れては消える。
問題はもう一匹、アリムルゥネに向かった一匹だ。
アリムルゥネは小太刀を抜くと、噛み合わされる牙を小太刀の柄を外側にずらして避けていた。
そして、倒れた火狐の腹を踏み抜く。
火狐の背骨が折れ、狐は痙攣を繰り返した。
生き物が悶える動きに、アリムルゥネは驚き足を離す。
そして二人目の冒険者をも噛み殺し、商会員に飛び掛かっていた三匹目。
ガイアリーフは急ぎ三匹目に剣を投げ、頭を光で貫いた。
後ろで悲鳴が上がる。ロバが暴れないように必死に抑えていた商会員のものだ。
「助けてくれ!」
その声は、商会員の男が助かった後に聞こえたのである。
◇
火狐の皮を剥ぎ、牙を取る。
ガイアリーフが見事な手つきでそれを行い、商会員に「置かせてくれ」と、当然のように許可を取る。
「マックリン商会では皮革や魔法の触媒も扱っている。これだけ状態が良いんだ。買い取らせてもらうよ」
と、快い返事。
あとは、狐鍋を囲みながらみんなで焚き火を囲むのだった。
「師匠」
「ん?」
「護衛、二人になってしまいましたね」
「火狐か。あいつらも星のめぐりが悪かったな」
と、当然のように言うガイアリーフ。
アリムルゥネは、嘆息する。
今ではあの冒険者たちも、街道傍の土饅頭となっている。
供養のつもりか、野花を一輪、アリムルゥネが添えた。
彼らの剣を見る。
鉄を打っただけの、数打ち刀だ。
アリムルゥネには重すぎる。だが、それでも何かに使えないことはないだろう。
二人は、その剣を持っていくことに決めた。
「これが、とある冒険者の末路だ。耐えられるか? アリムルゥネ」
「耐えてます。というより、あの街での暮らしより、うんとマシです。師匠」
アリムルゥネ。
思ったよりも、したたかな子だった。