00-07 野良拳闘
ガイアリーフとジョニエル司祭は揃って店の外に出る。
アリムルゥネを始め、ジョニエル司祭の話を聞いていた聴衆も表に出て来る。
連中の間で早速始まる賭けがある。
「司祭に銀貨十枚!」
「俺は新顔に銀貨十二枚!」
アリムルゥネには賭ける物がない。
だから、せめて神様にガイアリーフの勝利を祈るのだった。
一方、怪しい足取りで道端に蹲り、街角に設えてある祠を見、神に祈り始めたジョニエル司祭。
「神よ、戦いの前に祝福を」
すると、神は敬虔な使徒ジョニエルに奇跡をもたらす。
次の瞬間、ジョニエルはすくっと立ち上がり、軽い足さばきを見せ始めた。
「くー、効く効く、この酒精抜きの感じは。まったく神様さまだ」
ジョニエルはニヤリと笑う。
「神の奇跡をこんなことに使うなんて、間違ってんぜ」
誰かが司祭を面白おかしく詰っていた。
「新顔。勝算はあるのかい? 司祭様は強いぜ?」
「謝るなら今の内だぞ、新顔!」
「剣は使わないのか剣は!」
連中のヤジにも拘らず、ガイアリーフが剣を使おうとするそぶりを見せることはなかった。
──むしろ、拳を握り締め、脇をしめてがっしりと顔の前を守る。
「剣で来ると思っていたが、拳もまたいいだろう。我の相手としては申し分なし! 行くぞガイアリーフ殿!」
「がんばって、師匠!」
言うが早いか、神官服の僧はサンダルで地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。
アリムルゥネの声援は群衆の声にまぎれても良く聞こえる。
ガイアリーフは声に押されるままに、こっちも前に出る。右足。
ジョニエルの脚はテンポに乗っている。
ジョニエルの左拳、ジョニエルの右拳、ジョニエルの左拳。
ガイアリーフは体を左右に振っては軽くかわした。
まるで木の枝が風に靡くように。
「いけいけ司祭様!」
「新顔なんて、伸しちまえ!」
ジョニエルの軽快な足遣い。
ジョニエルの右拳、ジョニエルの左拳、ジョニエルの右拳、わずかにガイアリーフのガードが崩れてジョニエルの左拳が胴を抉る。
呻くガイアリーフ、ジョニエルは止まらない。
「やれ、やっちまえ司祭様!」
「危ない師匠!」
ジョニエルの右拳、左拳、右拳、全てガイアリーフの胴に入り、ガイアリーフがその度に弾んで後退し出したかと思えば。
ガイアリーフは一転踏み込む右足。
──反撃一発、ジョニエルの顎!
僅かに掠った一発が、ジョニエルの頭をぐるりと回す。
ふらりと倒れ崩れるジョニエルの体、そのまま足がもつれて群衆の中に倒れ込む。
「司祭様!?」
「おい、一体なにが!?」
ジョニエルは白目を剥いて倒れている。
群衆はなにがあったのかと騒ぐばかりだ。
もっとも、ガイアリーフに賭けていた大穴狙いは大喜びしていたが。
「師匠! 師匠凄いです! なんですか今の! 魔法!?」
「いいや。昔取った杵柄だ。無手でも戦えるようになれアリムルゥネ。騎士様も剣を手放したら最後は格闘術がものを言う」
「はい、師匠!」
店主のハーバジルが近づいて来ては、ガイアリーフの肩に手を置いた。
「よし、今日は俺が飯を奢ってやろう。ジョニエル司祭を倒した勝者にな。そして、仕事を紹介してやる。あれほどの腕利きだ、安心して仕事を任せられる」
「師匠、仕事ですって!」
「……お前の糧になると良いな、アリムルゥネ」
「ん? ……ああ、そういうことか。大丈夫だ。隊商の護衛だからな。他の冒険者との面識もできるだろう。そう肩ひじ張らずに頑張ってこい!」
「護衛……護衛の仕事……!」
店の中に消えて行くハーバジルとガイアリーフ。
アリムルゥネは「護衛、護衛……」と呟きながら、やや緊張した面持ちで、伏し目がちに二人の後をついて行くのだった。
◇
ほうれん草のパスタを口に運びながら、「護衛、護衛……」と繰り返すアリムルゥネに、ガイアリーフは呆れた。
「あのな、アリムルゥネ。そう難しく考えることじゃないぞ?」
「でも、でもでも、お仕事ですよ? 失敗できないんですよ? ……というか、失敗したら死んじゃいます!」
「あのな、俺がついている」
「……師匠……」
アリムルゥネの目が点になる。
「俺がついている。心配するな。マックリン商会は領主にも納品している木材商会の大手だ。お前がもし、メチャクチャ活躍したりすると、その活躍がマックリン商会を通じて領主の耳に入り、お前の騎士になりたい、という野望が近づくかもしれんぞ?」
「……護衛大事、護衛大事……」
またしても、アリムルゥネの口が繰り返し始めた。
「わかったから食え。そして寝ろ」
「はい」
「そうしたら、明日はお前の初仕事だ!」
「はい、師匠!」
アリムルゥネの目から涙がこぼれ落ちる。
「どうして泣く」
「嬉しくて」
アリムルゥネは、目から涙を流し、パスタを口いっぱいに頬張りながら、ガイアリーフに笑って見せた。
◇
翌朝。
目を真っ赤に腫らしたアリムルゥネがいた。
どうやら、眠れなかったようである。
だが、ガイアリーフは容赦なく聞く。
「剣は持ったか?」
アリムルゥネは腰を叩いて見せる。
マントをめくると、腰を革帯で締めた貫頭衣が見え、小太刀がその革帯に差してあった。
「最低限の準備はできたようだな。もう行くぞ? 忘れ物は無いか?」
ガイアリーフが優しく言うと、アリムルゥネが元気な声で、眠気を振り払うかのように返して来る。
「はい、師匠!」と。




