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00-06 フォルトの影

 ここは黄金の羊亭。

 ジョッキにエールを並々と注ぎつつ、髭面の店主は口を開いた。


「お前たちはなにか? 誰かに追われているのか?」


 店主のハーバジルはジョッキを二人の前に並べながら問題の二人に聞いた。


「いいや。俺の方は全く。……いや、仇討ちには追われているかもしれん」

「私にも身に覚えが……」


 ガイアリーフは己が切って来た悪党の身内を数える。

 アリムルゥネは自分が行ってきた悪事を思い出していた。


「あり過ぎるんじゃないのか?」

「たくさん悪いことしましたから。でも、あの人たちはエルフなら誰でも良い、みたいなことを言ってました!」

「悪魔教団の使いか何かか? それとも、闇の森の使いか? ……それとも、ただの奴隷商人か?」

「この街に伝手はないんです。でも、盗賊たち……裏の人間は関わっていないと思います。盗賊の符丁が通じませんでした」

「と、なると貴族様か好事家の線が濃厚か……。俺の方で口利きをしてやってもいいぞ?」

「本当ですか!?」

「ただし、金はとる」


 店主の言葉に、饒舌だったアリムルゥネの舌は止まった。


「今、お金ないです」

「なら、この話はこれで終わりだ」

「……世話になった、店主」


 ガイアリーフがアリムルゥネと共にその場を立ち去ろうとすると、慌ててハーバジルが止める。


「待て待て。新しい話がこれから始まるんだ。話は最後まで聞くもんだ」

「新しい話?」

「そうとも。仕事の話だ。お前さん方、腕の方は確かか?」

「剣に自信はある」

「……剣に興味はありますけれど、盗賊の技なら」


 ガイアリーフは自信をもって。

 アリムルゥネは新たな力が僅かなことを恥じ入るように。


「そうか。なら、闘技場で腕試しして来ちゃどうだ? 俺としても、その方がお前さん方の実力がわかって、勧める仕事を選びやすくなる」

「二人で闘技場、体験してみるか?」


 ガイアリーフはアリムルゥネに問う。

 その眼は笑っていた。からかい半分である。


「お前さん方、二人で闘技場に参加する気か?」


 だが、店主ハーバジルが目を丸くして問うてくる。


「……この街は初めてなもんでね、信頼できる人物を知らない」

「そうか。ならば、仕方がない。少しづつこの街に慣れて行けばいいさ」


 ガイアリーフの言葉に、今度こそ話は終わりとなった。

 しかし、店主の言葉もまた真実だとガイアリーフは思う。

 少しづつ、知らない土地には慣れて行けば良いのだ。


 ◇


 闘技場を見学に行った帰りのことだ。


「本当に闘技場で腕試しをする気か?」

「やってみます……やってみたいです!」


 ガイアリーフの言葉に、アリムルゥネは食いついた。


「止めておけ。一回戦で負ける。運が悪いと死ぬぞ」

「うー……」


 師匠の言葉に一撃で撃沈するアリムルゥネ。

 その時、黄金の羊亭の中から野太い声が聞こえた。


『聞け者共!』

「ん?」


 聞き咎めたガイアリーフが怪訝な顔をする。


「店の中に煩いのが一人いるみたいです」

「ああ、酔客のようだな」

『父なる神は仰った『敵が武力行使に出てきたら、戦うしかない!』と!』


 物騒な話である。


「……戦でも近いのか?」

『神はこうも仰った『敵を中途半端に放置すると、逆転を許しかねない!』とも!』

『だから我は申したのだ、あそこでキンバリーを休ませるなと、手を休めず攻め続けろと!』

「……ああ、覇者の話か。確かに僅差で勝ったな。あれは挑戦者が勝ってもおかしくない試合だった」

「ですよねですよね!」


 闘技場見学。

 興味津々だったガイアリーフの熱意に勝るとも劣らぬ、アリムルゥネの力の入れようだったのである。


『肉体の疲労の影響は甚大で、判断力と実行力を左右するのだ!』


 店に入ると、異様な喧騒が支配していた。

 一人の神官を囲んで、酔客たちが今日の闘技場の試合はああでもない、こうでもない、と議論していたのだ。

 覇者、キンバリー。挑戦者、ユーイアム。


「でもさ、昨日ユーイアムに賭けろ、と言ったのは司祭様じゃないか」

「我はユーイアムが有利と思った! 思った! 本当にそう思ったのだ!」

「神託じゃなかったのかよ」

「神が賭け試合の結果を教えるか馬鹿者!」


 まだ二十代前半であろうかという、筋骨隆々の若い男が唾を飛ばして、己を囲んだ聴衆に力説している。

 そんな司祭の肩を掴み、ぐっと無理やり引き寄せるとガイアリーフは問答を挑んでみた。


「では司祭様、お前がユーイアムに頑張れ、と声を掛けなかったのはなぜなんだ?」

「かけたとも! 我は力の限り叫んだ! 『ユーイアム、休むな、今だ、たたみ込め!』とな!」


 司祭の瞳に怒りとも、悔しさとも取れる光が見て取れる。


「司祭様、お前の神の信心が足りなかったんじゃないのか? 祈りの力の修行が足りてないから、ユーイアムの心に司祭様の声が響かなかったんじゃないのか?」


 だが、ガイアリーフは言うのである。

 それは司祭の心を確かに抉った。


「な、なんと……そうだろうか……我が戦の神の教えでは……むむむ……お前、名は何という?」

「ガイアリーフだ」


 ガイアリーフは胸を張る。


「ありがとう。我の目が覚めた。酔いも覚めた。我の名はジョニエル。ガイアリーフ殿、お前ならユーイアムの心に響く心と実力を持っていそうな気がする。剣の腕が立つとお見受けするが、いか程か立ち会ってはもらえないか」

「挑戦を受けよう。司祭殿」


 ジョニエル司祭がやっとガイアリーフの手を肩から払いのける。

 そして、「よし、戦いだ!」と神官服の袖をまくり上げるとジョッキを一気に空にして気合を入れた。


「表でやれ! ジョニエル司祭、表でやってくれませんかね!」


 店主のハーバジルは慌てることもなく、カウンターから叫ぶ。

 しかし、その頬は若干引くついている。

 ずいぶんとドスの利いた声だったのだ。

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