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05-16 妖精騎士の伝説

 雪降る中、軽い足跡を残してアリムルゥネは竜人の前から消えたかに見えた。


 閃光一閃、魔王軍の将、竜人ゲドランザスの胴を浅く薙ぐ。

 アリムルゥネの操る光の刃が竜人の胴を抉った。肉の焼ける匂いが鼻を突く。


「グアォ」


 青い銀光が煌めく。

 竜人の腕が伸びる。左右同時に伸びる腕。しかし脅威はぐんぐん伸びた義手の右手だ。

 伸びた先で折れて、アリムルゥネを狙う。

 鋭角。青い燐光。それに右下の銀。

 アリムルゥネの盾が弾く。

 切り返すは光の刃、弧を描いて竜人の胸へと吸い込まれる。

 確かな手ごたえ、振り切った。

 後ずさる竜人ゲドランザス。

 しかしそんな彼がにやりと笑う。

 アリムルゥネは出血を強いられた。右手の義手の先が赤く染まっている。

 盾の死角をかいくぐり、敵の尖った指先は革鎧を貫いて、左胸を傷つけられたのだ。


「ヤルナ」


 痛みを堪えながら、アリムルゥネは必勝の機会を待つ。

 それはゲドランザスも同じ。右目が輝く。

 青く光る棍棒が再びアリムルゥネを狙ってきたのだ。

 竜人は左と見せかけて右を狙う。踏み出した一歩の動きにアリムルゥネは釣られた。


「これでも!」


 アリムルゥネは足で地面の砂を蹴り上げた。竜人の今だ健在な右目が瞑る。

 それは一瞬には長すぎる時間。決定的な時間、瞑られた。

 そして上段の構えを取っていた竜人ゲドランザスの胸を神速の速さで切りつける。

 その厚き胸に、アリムルゥネの剣が埋め込まれた。

 ゲドランザスの左手が震え出す。


「オレ様ハ魔王軍一ノ将!」


 雄叫び一つ、振り絞られる筋肉の束。棍棒の描く蒼い輝きがアリムルゥネの背中を捕らえたかに見えた。

 バックステップ。

 彼女は大きく退く。

 ゲドランザスの銀の義手が突きを狙ってくる。

 アリムルゥネの鼻先を土煙を上げる蒼き棍棒が軌跡を辿った。

 彼女は歯を食いしばる。

 棍棒は、彼女の体の直ぐ近くを八の字を何度も描いて振るわれた。そして右左、左右、蒼と銀の軌跡が踊る。


 敵の左目から血涙が飛ぶ。異様な攻撃に気づき、避けようとした彼女。しかし予想せぬ距離を見事に飛んだ血涙がアリムルゥネの右足に掛かり、痛みに呻く。

 見る。彼女の足元からしゅうしゅうと白煙が上がる。


「ゲドランザス!」


 彼女は敵目掛けて楯を投げる。と、その影に隠れつつ、敵の名を呼びなが楯を追い、替わりに虎鉄の柄に手を当てる。


 居合い一閃。そしてやや遅れて青の軌跡。敵の魔手が彼女の背中に落ちていく。

 蒼い棍棒が盾を叩き、勢い余って楯の下に来ていた彼女を強かに打つ。


 ──しかし。


 現れたのは光の刃。絶叫を上げたのは魔王軍の将。


「ナント!」


 竜人は左右に脇から首筋に抜けるように、X文字に貫かれていたのだ。

 アリムルゥネの右頬が、軽く裂けて赤い血が流れる。

 確かな手応え。それを感じたのは──誰か。


 ──アリムルゥネは突き刺してできた傷口を抉る。

 ゲドランザスの体がわずかに震えた。


 彼の手から蒼き棍棒が転がる。そしてそのまま雪原に、どう……と倒れた。


 雪原に飛び散る赤。

 アリムルゥネが肩で息をする反面、見守る黒き脅威たちの呼吸は静かだった。

 彼らは見たはずだ。主人の堂々たる戦いを。


 ──やがて風が吹いた。


 いつしか、軍楽隊の太鼓が鳴る。

 魔物たちが無言で動いた。輿の上には彼らの将の体と武器が丁寧に積まれる。やがて、黒き軍団が来た道を引き返そうと、後ろ向け、後ろ、と動く。


 彼らはアリムルゥネに手を出さない。彼女も、黒い集団になにもしなかった。


 彼らは勝者に手を出さなかったのである。なんという訓練の賜物なのだろう。

 その仕草に感動したのか、アリムルゥネは抜刀したまま、まるで自分を無視するかのような黒い鎧の魔物たちを見送った。

 やってきた時と同じく、太鼓の音が本格的に鳴り響く。

 アリムルゥネは上の空で聞いた。


 師を思う。ガイアリーフの横顔を思い出す。


「仇、とりました!」


 弟子は叫ぶ。涙が頬を伝った。


「師匠、見ていてくれましたか?」


 返事は無い。だが、アリムルゥネにはガイアリーフが笑ったような気がした。

 両膝を、雪に覆われた地面につき、声を押し殺すように咽び泣きつつ、彼女は小さく崩れる。


 雪が止む。一瞬、雲間が晴れる。

 だいだい色の空。赤い太陽。


 もはや、魔王軍の姿は無い。

 しかし彼女は、いつまでも雪上にある、赤に染まった剣、二振りを力なく見つめていたのである。


 ◇


 セフル王の五年。妖精騎士アリムルゥネは魔王軍の将を降し、師匠ガイアリーフの仇を取った。

 しかし二刀の名剣を持つ彼女の、その後の半生は、ようとして知れない。

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