05-14 ガイアリーフ
アリムルゥネが大地に降り立った時、ゲドランザスは頭から血を流し、地に倒れ伏していた。
「……勝った?」
割れんばかりの喚声が沸き起こる。
ただ、当のアリムルゥネは、
「師匠!」
と叫ぶやガイアリーフに駆け寄る。
しかし、彼はピクリとも動かない。
アリムルゥネは彼を抱きかかえると、頬を張る。
名を呼びながら頬を張る。
しかし、やはり彼は微動だにしないのあった。
──そう、すでに天に召されていたのだ。
と、思った瞬間、彼の右手の指が僅かに動く。
「師匠ー!!」
アリムルゥネは叫び、「ジョニエル司祭、お願いします、師匠を!」と、泣きながら託したのであった。
「女ァ!」
ゲドランザスが起き上がる。棍棒を手に怪しい足取りで向かってくる。
アリムルゥネは光の刃を振りかざす。
一瞬の差であった。
アリムルゥネの刃は、竜人の左腕を断ち切っていた。
「GROOOOOOOOOOOOAAAAA!!!」
竜人が血を流しつつ雄叫びを上げる。
アリムルゥネが駆ける。
ゲドランザスが棍棒を振りかぶる。
一閃。
光が散った、白光が舞った。
交差した一瞬の後、竜人は腹を押さえて倒れていたのである。
◇
大将が敗れた魔王軍は声もない。
一方で集まった五十人の勇者は歓声に沸いていた。
飛竜が舞う。
イシュタルが進み出て来る。
「もう良いでしょう。アリムルゥネさん、おめでとう」
と、呆然としているアリムルゥネの肩を二度叩いた後、イシュタルは竜人の体を飛竜に乗せると、「引き上げます。全軍撤退!」と号令を掛けるのであった。
◇
ここは黄金の羊亭。人々の集う酒場。
「"群狼の"。ガイアリーフは?」
カウンターに一人、ポツンといるアリムルゥネに店主のハーバシルは声を掛ける。
本来ならば魔王軍撤退に沸くバカ騒ぎの中心にいてもおかしくない人物だ。
「……手遅れでした」
アリムルゥネの目に光はない。
「なんだって!? ガイアリーフが……そうか……」
ハーバシルは目を伏せる。アリムルゥネはジョニエル司祭に縋りつく。目に色を取り戻して縋りつく。
「手遅れでした! 師匠は、師匠は頑張りましたよね!? 最期まで、頑張りましたよね!?」
「そうだな。ガイアリーフは全力を尽くした。今頃天に召されているだろう」
ジョニエル司祭は努めて淡々と口にする。
「あの竜人は助かったのでしょうか!」
「そうかもしれない。わからないな。だが、あのイシュタルの様子と、竜人の生命力を考えるなら、生きている公算の方が高い」
アリムルゥネの目に怒りの炎が灯る。
「あの竜人が、まだ生きてる……?」
「可能性だ」
ポツリとジョニエル司祭。
「……決めました」
呟くように。噛み締めるように。途端鬼気が彼女の全身から熱気を持って迸る。
「決めた?」
ジョニエル司祭が目を見開き、アリムルゥネをまじまじと見る。
彼女は立ち上がった。
「私、師匠の仇を討ちます」
「"群狼の"。無理をしていないか?」
「なんですかジョニエル司祭まで。私はやります。やり遂げて見せます!」
怒り震え、多少平静さを失った声が聞こえる。
「本気か!?」
「本気ですとも!」
アリムルゥネはさらにジョニエル司祭に詰め寄った。
「オルファ殿、この娘になにか言葉をかけてやってはくれないか。師を失って気が動転しておるのだ」
オルファが割って入る。
「落ち着きましょう、アリムルゥネ。逸ってもガイアリーフは喜びません。あなたは立派な騎士になるのでしょう。そのためにできることを一つ一つ積み上げてください」
雫が落ちる。その言葉に、アリムルゥネはほろりと涙を一滴だけ零した。
戸惑う三人。オルファとジョニエル司祭は黙り、悼む言葉を最後に、続く言葉は無い。
◇
街を見下ろす丘の上に土饅頭が一つ築かれた。
「師匠……」
アリムルゥネはがっくりとうなだれる。だが、その一方で力強く、涙を振り払って高らかに宣言する。
「仇は取ります。この私が必ず!」
葬送の鐘が鳴る。
土饅頭に白い花を手向け、アリムルゥネは場をあとにした。
その背には複雑な文様をあしらった盾、腰には使い込まれた金属の筒を下げていたと言う。
アリムルゥネは重い腰を上げる。領主からお呼びがかかっているのだ。
その足で、領主の城館に向けて一歩一歩歩いた。
「良く参られた、ガイアリーフの弟子、アリムルゥネ殿。ガイアリーフのことは残念だった」
領主の側近、ジェラード老人が対応する。
「話と言うのは他でもない、そなた、騎士としてご領主様に仕えぬか? その剣技、見事である。ご領主様も大層お褒めであった」
笑みを見せるジェラード老人に対し、アリムルゥネは終始神妙だった。
「ごめんなさい。お言葉ですが、私は師ガイアリーフの仇を討ちたく存じます。そのための旅に出るつもりです」
「なんと! それはまことか!」
ジェラード老人が目を剥く。
「ですから、ご領主様の意向には添えません。お許しください」
「そうか、それは残念だ。では、代わりに報奨金を手渡そう。それなりの金貨が入っておる。路銀の足しにするが良い」
彼女はずしりと重い革袋を受け取る。
「ありがとう存じます」
そして、城館を立ち去ったのである。
こうして黄金の羊亭にオルファとジョニエル司祭を残したまま、一人、光の刃と魔法の盾を持ち、アリムルゥネは流浪の旅に出たのであった。 左腕と右目を失った魔王軍の将にて竜人、ゲドランザスの行方を追って。




