05-13 魔王軍の将
『聞こえているわ、ガイアリーフ』
飛竜に乗った、赤い鎧の騎士が飛んできた。赤い鎧の後ろに、白銀の髪を持つ褐色の肌の娘も見える。
イシュタルとドラウグル―スである。
ドラウグル―スが飛び降りて吐く。
「人間、面白いことになっているではないか」
「面白くないぞ」
ガイアリーフは吐き捨てる。
「いいや? ご自慢の武器はどうした?」
「あれか、弟子にくれてやった。泣いて頼むものでな」
「そう。それならば仕方ない。ええと、あなたが私に勝てば軍を引く、でも、私があなたに勝てば?」
「俺の命をやる」
「……釣り合わないぞ。ああ、弟子共々私の虜になれ。それなら認めよう」
「良いだろう」
「ただし、私は戦わない。この軍を預かる将は別にいるからな。今、呼ぶから待て人間」
ドラウグル―スは首に吊るした笛を吹く。
甲高い音が響き渡った。
すると、魔王軍の全軍が動き出したではないか。攻囲を詰めて、街に進撃してくる。
「話が違うぞ!?」
「なにも違わない。私の中ではな!」
「おい、ドラウグル―ス!」
イシュタルの飛竜に飛び乗るドラウグル―スに詰め寄ろうとするが、飛竜の翼が巻き起こした土炎で視界を阻まれた。
「では健闘を祈る。将の名前は、ゲドランザス。魔王軍四天王の一人だ。倒して誉とするが良い! あはははは!」
「イシュタル、ドラウグル―ス、話が違う! 街の者には手を出すな!」
「約束は守ると言った! 見物するのだ、席は近い方が臨場感に溢れるだろう。しかし、中には粗相者や荒くれ者もいて、試合のノリが悪いと街の住民にちょっかいを掛けてしまうかもしれない。それは諦めることだ。頑張ることだ、ガイアアリーフ!」
と、天が陰った。
五十人の勇者がどよめく。
天を見上げる。
──飛竜が去り、遥か彼方から、今一匹の竜が現れた。竜人を乗せた竜。真っ赤な竜だ。
背には、蜥蜴の鱗を持った蜥蜴人が乗っていた。彼は、腕に先の蒼く光る棍棒を持っている。
「オレハげどらんざす、魔王軍一ノ将! 俺ト戦エルトハ、幸運ダナ、人間ヨ! 名ヲ聞コウ!」
「俺はガイアリーフだ!」
周囲では乱闘騒ぎが起きつつあった。魔王軍の先鋒と冒険者の一団が戦闘行為を始めているのだ。
「止めて!」
アリムルゥネが叫ぶ。
だが、止まりそうにない。
「部下の行いを止めてもらおうか」
「止メテ欲シクバ、俺ヲ倒スコトダ!」
竜は地上に降りて来る。
ゲドランザスが下馬した。そして、構えるは青く光る棍棒。
ガイアリーフは血が出るまで歯を食いしばる。
そして、盾を両手に殴りに行った。
ところが、竜が息を吸い込むと、炎を吐く。
ガイアリーフはたちまちのうちに火だるまとなり、地上を転がりまわった。
魔軍の兵が一斉に笑う。そして彼らは戦意を喪失し、大将同士の見世物に興じた。
「師匠!」
「くそ、二対一か……」
「フン、今ノハ挨拶替ワリヨ!」
蜥蜴人、いや、竜人の筋肉が収縮しては伸びあがり、青く光る棍棒が唸りを上げて襲い来る。
ガイアリーフは盾を掲げて棍棒を迎撃するが、盾に食らう衝撃は激しく重い。
衝突と同時に青白い火花が飛び散ったかと思うと、竜人の脚がガイアリーフの足の甲を踏む。
そして、ガイアリーフの側面を激しい衝撃が襲う。
尻尾が鞭のようにしなってガイアリーフの横腹を突いたのだ。
「師匠ー!!」
「逃ゲラレマイ」
ガイアリーフは動こうとするが、地面に縫い付けられたように軸足が動かない。
その間にも新たな棍棒の衝撃が盾を襲う。
火花が散った。
そして、蹴りがガイアリーフの膝を襲う。
くの字に曲がる。関節が逆に折れたのだ。
ガイアリーフは歯を食いしばり、口の端から血が垂らしている。
「師匠が、師匠が!!」
ジョニエルがアリムルゥネを必死に止める。
「一対一との約束だ」
「そんな!」
「ガハハ! マダマダ行クゾ!」
ガイアリーフは立っていられない。
崩れ落ちた体を凶悪に輝く棍棒が滅多打ちにする。
盾で守ろうとするも、
「アリムルゥネ!」
彼のその叫びは何だったのか。
その時、ガイアリーフの両足が潰れ千切れて転がる。
地面が赤く染まり、当のアリムルゥネの顔も蒼白に染まった。
「あ、ああ、ああああああ! 師匠!!」
アリムルゥネはついにジョニエルの制止を振り切っては飛び出す。
拾った手には師匠の得物。光の剣を握り締め、今、光が迸る!
「ン? オオ、元気ナノガ出テ来タナ?」
アリムルゥネは動かないガイアリーフの手から盾を取ると、竜人目掛けて突撃する。
ガイアリーフの顔は青白く腫れて砕けていた。
「よくも師匠を!」
剣が舞う。
棍棒が青い軌跡を描きながら宙を切る。
軌跡の上に、剣が舞う。
光の刃は弧を描き、竜人の肩をついに捉える。
焦げ臭い臭いと共に、竜人の肩に穴が開く。
「グオオ!?」
棍棒の動きが鈍った。
その期を逃す、アリムルゥネではない。
アリムルゥネは押し込む、蹴り込む、盾を前面に構えて体当たりすると、脇腹から首にかけて光の刃を埋め込んでは抜き去る。
彼女が竜人を傷つけるたびに肉の焼ける匂いが広がり、鮮血が迸る。
竜人も黙ってみていたわけではない。
ちょこまかと動くアリムルゥネを追おうと動く片腕に棍棒を握り締め、追撃を試みるが、その度に攻撃は失敗に終わる。
一方でアリムルゥネは止まらない。
コマのように回れば、ゲドランザスの腕を、体を、顔を、脚を、確実に切り刻んでゆく。
「コノ女、強イ……ノカ?」
それでもなお、竜人は魔王軍の将の名にかけて棍棒を振り上げる。
そして、アリムルゥネの脳天目掛けて振り下ろす。
──が、一瞬早く避けられ地面を叩くに終わる。
波紋となり、土は波となって広がるが、アリムルゥネは宙に跳んでそれをかわす。
一瞬のゲドランザスのまばたき。
アリムルゥネは見逃さない。
アリムルゥネの剣が一閃し、死角から光の刃で竜人の右目を刺し貫いていたのである。




