00-05 盗賊の技
アリムルゥネは市場を跳ねるように歩いていた。
「リンゴうんまうんま!」
買ったリンゴを早速頬張りながら、追っ手の数を数える。
つけられている、と思ったのは大通りに出てから暫くしてだ
足を速く動かせば、相手も早く動いてくる。
脚をゆっくりと動かせば、相手の歩調もゆっくりと。
「ちょっとあんた!」
誰かが露店の邪魔をしたようだ。
間違いない。
つけてきている気配は本物。
気配は一人、二人、三人か。
アリムルゥネは気配を消さずに、わざと走っては裏路地へと誘い込んだ。
「逃げたぞ!」
「追え!」
裏路地の、角に隠れて足を出す。
タイミングを計って一、二の、三。
「どわ!?」
「なんだ!?」
「一体!?」
三人、見事に長い脚に引っ掛かり、頭から転倒してくれたのである。
見ればそれなりに小奇麗な革鎧を身に着けた男たちだ。
全員武装している。
アリムルゥネは良い考えが思いつく。
鎧のサイズがガイアリーフと似ている。
奪えば使えるかもしれないと。
アリムルゥネは小太刀を抜いた。
極彩色の煌めきが、刃の魔力を外に示した。
「お兄さん方、なんの用?」
と、盗賊の符丁を出す。
ところが、通じていないようで、なんの反応もない。
アリムルゥネは呆れた。
「……いや、俺たちは別に……」
「って女かよ!」
「エルフなんだ、捕まえてしまえばどっちでもいい!」
「捕まえよう」、という言葉を聞きとがめ、彼女は走って逃げる。
逃げながら、どうしようかと悩んだ。
とりあえずリンゴの芯を男の内の、一人に投げる。
「はぁ、奴隷商人」
芯は見事に頭に当たる。
「いや、俺たちは別に……」
「って、ばれてるぞ!」
「だから捕まえてしまえばどっちでもいい!」
そして自慢の俊足で裏路地を、大通りと平行になるように頭の中で地図を書きながら走って逃げる。
だが、逃げたつもりが袋小路。逃げた先には石の聖女像が待っていた。
見渡せば周りは三階建ての建物がずらり。
どこにも逃げ場などありゃしない。
「いや、俺たちは別に怪しいものじゃない」
「コイツじゃないとダメなのか?」
「だから捕まえてしまえばどうでもいい!」
アリムルゥネは覚悟を決めた。
腰を低くし、小太刀を逆手に持って、いつでも飛び掛かれるように。
全く戦士の戦い方ではないが、これがいつものアリムルゥネのスタイルだ。
男たちが間合いを詰める。
一歩、そしてまた一歩。
彼女は下がる。一歩、また一歩。
彼女は気づいた。この男たちは自分を傷つける気がないのだと。
だが、ただで捕まってやる理由は無い。
一か八か、彼女は飛び掛かろうとして……止められた。
現れたのは、ちょうど巡回中の衛視が五人。
「こら、なにをしている!」
小太刀の柄で一人の鼻っ柱を殴ったのを皮切りに、殴り合いが始まった。
「兵隊さん!」
そうする間もアリムルゥネは叫ぶ。
「畜生、衛視だ!」
男たちは逃げようとする。
「兵隊さん、こいつら人買いです! 人攫いなんです!」
兵士たちと男たちの真剣勝負が始まる。
兵士の右、男の顔に炸裂。鼻血が出る。
男の右、別の兵士に肘を決められ殴ることが出来ない。
男の蹴り、アリムルゥネは跳んでかわして兵士に当たり、腹に食らった兵士は転んで大激怒。
兵士は男を羽交い絞めにし、男は兵士の脛を蹴る。
兵士は大いに痛がって、男をつい離してしまう。
一人の男が逃げ出して、集団へ白い玉を投げつける。
辺り一面、真白い煙で覆われて、気づいたときには男たちの姿は消えていた。
残されたのは、呻く兵士五人とアリムルゥネ。
そして、なぜかアリムルゥネの手には縄が掛かった。
こうして、アリムルゥネの初めての冒険は終わったのである。
◇
師匠と弟子。その二人の静かな時間がここにある。
巡礼の男に悪いので、部屋を出ての、路地での語らいだ。
「黄金の羊亭の主人が衛視と仲良しで助かったな、アリムルゥネ」
「……」
無言。アリムルゥネは拗ねている。
「黄金の羊亭の主人が衛視と仲良しで助かったな、アリムルゥネ」
「ごめんなさい」
「そうだ。お前はまずそれを先に言うべきだ」
「……師匠には迷惑を掛けました」
アリムルゥネは謝る。
「そうだな。だがそれは、俺がお前を弟子にした時から覚悟していた」
「ごめんなさい」
ガイアリーフの問いがある。
「一つ聞く」
「なんですか?」
「お前は盗賊になりたいのか、それとも騎士になりたいのか」
「騎士です!」
アリムルゥネは迷うことなく答えた。
ガイアリーフは左右を確認する。
少し声が大きかったかもしれない。
「ならば、どうして盗賊の戦いをした」
「え?」
「必死だったとはいえ、良い練習になったはずだ。盗賊の戦いをいつまでも続けていては、結局は盗賊のままで終わってしまうぞ」
「……はい」
諭した。弟子は諭された。
「わかるな?」
「はい、師匠。盗賊の戦い方は封印します」
アリムルゥネの目は真っすぐだ。
そしてどこまでも澄んでいる。
まるで、空の星々を落としこんだかのように。
「そこまで徹底しなくていい。なぜなら、お前は冒険者だ」
「え?」
アリムルゥネは首を捻った。
「冒険者の仕事は生き残ることだ。そのためには、どんな技を使っても生き残れ。……騎士を目指すのは、それと同時進行で良い」
「はい、師匠!」
彼女の目が輝く。
また今日も、彼女は新たな目標を見つけたのだ。




