05-08 黒き狼の娘
その赤鎧の騎士は、従者らしき革鎧の男を一人伴い、見事な造りの盾を持って黄金の羊亭に現れた。
長い黒髪を後ろに払う。
その女性が入って来ると、店内は一気に静まり返った。
「ガイアリーフはいる?」
開口一番、重甲冑を着こんだ女はそう告げる。
「なんだ、あんたガイアリーフの旦那の客か」
店の空気が弛緩する。
酔客が絡む。
「良かった。ここにいるのね。ええと、イシュタルが会いに来たと告げてくれるかしら」
その一言で、穏やかになりつつあった店の空気は一変する。
「い、イシュタル!?」
後ろに控えていた男が前に出る。
金髪を短く刈り込んだ、どこか愛嬌のある顔立ちの男。だが、その眼は笑っていない。
「そうさ。このラウト様も一緒に駆けつけてやったんだ。早いところ支度してくれと伝えてくれ」
◇
ガイアアリーフは押し付けられた立派な盾を前にして、一言。
「どういう風の吹き回しだ? こいつは魔法の盾だろう。しかもこの見事な細工、安物ではありえない」
「ええと、これは護りの盾と呼ばれる品の一つですね。銀二十五万と言ったところでしょうか」
オルファが首を突っ込んだ。
「その盾だけで一財産になるぜ」
「旦那、その盾貰いなよ。売り払って剣術道場でも開いたらどうだい」
酔客らがガハハと笑う。
「市場に流通することはありません。それほどの品です。あなたに進呈したいと思います。この前の侘びとして」
イシュタルは俺の手を引いて、
「──受け取って頂けますね」
と来たものだ。
こうなると、ガイアリーフとしても受け取らないわけにはいかない。
「師匠! 不潔です!」
「なにを言うかこのガキが!」
アリムルゥネにラウトがすかさず噛み付くも、
「ラウト。止しなさい」
「だって、イシュタルお前……」
「このくらいで怒っていてはキリがないじゃない。あなたもあなたでいい加減慣れなさい」
イシュタルがガイアリーフに向き直り、強く盾を押し付ける。
「受け取って頂けないのであれば、そのエルフのお嬢さんに使っていただきます」
皆がアリムルゥネを見、
「えぇ!?」
と、目を白黒させて首を左右に振り続ける。
「わかった。俺が使う。使わせてもらう。アクマで、あの壊された盾の代用品としてだ」
「……ありがとう。ガイアリーフ」
「なんの。そして、久しぶりと言った方が良いのか、ラウトさんとやら」
「ラウトで良い。その名で通る。変に気を遣うのは良しといこうぜ」
「あんたがそれで良いのなら、俺の方も願ったりだがラウト」
「ああ、ガイアリーフ、イシュタルの願いを聞いてくれて助かる。ありがとな」
「調子狂うな、魔王軍の内部はもっと恐ろしいのかと思っていた」
「そうでもない。何せ、俺みたいな半端者がやっていけるくらいだからな」
「ラウト。あなたは半端者じゃない。立派に副官を務めてくれているわ」
ランディス司祭もオルファも、二人の様子に驚いていたようだ。
「ええと、ガイアリーフ。あなた達さえよければ、早速下水道へ向かいたいのだけれど」
「ちょっと待ってくれ。ポーション類を買い足したい」
「ん。わかったわ。……ラウト、私は暇の間に食事をとるから、あなたも食べたいものがあれば今のうちに腹ごしらえを。その時間が出来そうね」
イシュタルが吟遊詩人に銀貨を投げる。
「なにか唄を」
白髪まじりの吟遊詩人が一礼し、リュートを胸に抱く。
「ならば、遥か東国で私が耳にした歌でも」
「この地より東国……良いでしょう。お願いするわ。店主、ハムのシチューをちょうだい」
「あいよ」
ハーバシルがエールのジョッキを置くのと同時に返事をする。
イシュタルはジョッキを手にした。
「煙突から落ちる、金貨袋が一つ、今夜も彼女の落とし物
窓から消える、子供が一人、今夜も彼女に攫われる
金貨袋は子供のお代の代わりか、今夜も闇に融けて、ドラウグル―ス
早く寝ないと彼女が来るよ
遅くまで起きてちゃいけないよ、良い子は早く寝ないと彼女が来るよ
怖い怖い鬼が来る。
でもね、本当の彼女はそうじゃない。
ドラウグル―ス、黒き狼の娘、闇の使徒よ。
彼女はいつも偉大なるお方の傍にいる。
偉大なるお方の目となり耳となり手となり足となる。
そんな偉大なるお方の名前を呼んではならない。
その時こそ、ドラウグル―スが攫いに来るのだから
怖い怖い鬼が来る。
ドラウグル―ス、黒き狼の娘、闇の使徒よ」
イシュタルは拍手した。
「ドラウグル―スが聞いたら、どう思うな、ねえラウト」
「知るかよ」
ラウトはシチューを掻き込むのに一生懸命だ。
一方で、
「なんだその唄は。ドラウグル―スは子供を攫うダークエルフの女だろ?」
酔客が詩人に絡む。
「遥か東の地では、別の唄が伝わっているみたいです。ですから、今回はそちらを紹介させていただきました」
「別の唄か。歌い手によって微妙に内容が変えてあるのはよく耳にするが、そこまで変わっているとは」




