05-07 提案
雨上がりで青空も見える城館の中庭で、剣を収めた後、イシュタルはこう切り出した。
「ガイアリーフさん、お互いを知るために、共通の敵を倒して理解を深めませんか?」
「共通の敵?」
ガイアリーフは眉根を寄せる。
「トーロ教、奈落の青銅の家教会教徒。彼らを叩こうと思うのですが、ご一緒しませんか?」
「なぜ?」
「そちらのエルフの娘さんは、彼らから大変な被害を受けていると聞き及んでおります」
イシュタルが添えるように言うと、アリムルゥネは飛び上がって驚いた。
「わ、私!?」
調査済み、と言うことかとガイアリーフはこぼす。
「私達の調査では、彼らは私達がフォルトの街の地下深くに築き上げた地下迷宮に巣食い、街全体を生贄とする大儀式を行っているとかなんとか。このまま手をこまねいていては、どのみち街は滅ぶのでは?」
「その話、本当なのか!」
とんでもない話である。
ついこの間駆逐したかと思ったら、奴らすでにそこまでこの街に根を張っていたとは。
「私達がここで嘘を言っても、私達にとって、なんの益もありませんし、滅んだ街など誰も必要としません」
「お前達魔王軍は死と破壊を最上の喜びとするのではないのか?」
「……誰がそんなでたらめを……まあ、良いでしょう」
しかし、この魔王軍のイシュタル、どこまで信用して良いものか。
「それが嘘なのか本当なのかを確かめる術は俺たちにはないが」
「嘘です。信じないでください」
「……」
イシュタルは断言する。
「とにかく彼ら、教団は私達が作り上げた迷宮を転用して魔法装置と化し、人間至上主義のためだけに何かよからぬことを企んでいるに違いありません」
「信じろと? 俺にはお前達魔王軍の方がよほど胡散臭いぞ」
憶測だった。肝心なところをぼかすのが多少怪しいが……。
「そこは目を瞑って下さい。彼らの魔法装置の破壊には、その光の剣が必要なのです。彼らの暴走を止めるには、ガイアリーフ、あなたの力が必要です。この街を救うため。そう考えることで私達は手を取り合えるはずです」
「お前らの良いように使われるのは気に食わないが、ここは一つ──」
元より断ることが出来るはずもない。
ならば、その大義を信じて戦ったがマシである。
「──そうだな。街のために、俺が一肌脱ぐか」
ガイアリーフは決断した。
「え? 師匠! 構わないんですか!?」
「ガイアリーフ?」
「構わない。アリムルゥネ。オルファもジョニエル司祭も協力してくれ。俺一人じゃ難関を乗り切れそうもないからな」
協力を求める。
「師匠!」
「そういうことでしたら」
「まあ、勇者らしい行動かと」
何か言いたげなのはアリムルゥネ一人。しかし、そのアリムルゥネも、最後には同意したのである。
イシュタルが右手を出して来る。
「イシュタルだ。よろしく頼む。私と盗賊のラウトの二人があなたたちに同行する。こちらは少人数……その方があなたたちも行動しやすかろう?」
「改めて、ガイアリーフだ。こちらは剣の弟子のアリムルゥネ」
「アリムルゥネです……」
「戦の神のジョニエルだ。思うところはいくつかあるが、お前さん自身は信用できそうだ」
「魔導師のオルファです。いざというときは後ろから焼きますので覚悟しておいてください」
「大丈夫だ。私とラウトは裏切らない」
アリムルゥネが騒ぎ出す。
「師匠、心配です!」
「アリムルゥネさん。彼らは人間至上主義の理想のためだけに大破壊を引き起こそうとしているのかもしれないのです」
「信じられません!」
「彼らの事は?」
「もっと信じられません!」
「はい。ですから、手を取り合いましょう」
イシュタルはアリムルゥネに畳みかけた。
「アリムルゥネ。俺に任せろ」
ガイアリーフが耳打ちする。
「ううう……」
と呻く、アリムルゥネ。
「仕方ないな」
ガイアリーフがリンゴを一つ取り出す。真っ赤に熟れたリンゴだ。
「あ、リンゴ!」
「ほれ」
投げてよこす。アリムルゥネは掴み取る。
「それでも食ってよく考えろ。俺たちに取れる手は少ない。お前の選択肢も少ない」
アリムルゥネは咀嚼する。
甘酸っぱい味と香りがアリムルゥネの口の中に広がる。
リンゴを噛みつつ考える。
取れる手段は少ない。
街は大変なことになっていた。彼らの情報が本当だとすると、もっと大変な状況になっている。
──ならば。
アリムルゥネは決めた。
「師匠、私、師匠について行きます! 師匠を信じます!」
目を見開くアリムルゥネ。
「よし」
ガイアリーフは頷いた。
イシュタルを見る。彼女はジェラード老、そしてジョニエルたちと意見交換をしているようだ。
ガイアリーフらの宿がどうの、店がどうの、と言っている。
「出発はいつだ?」
ガイアリーフはイシュタルに問うた。
彼女はジェラード老の頭越しに答える。
「出発は──」




