05-03 増援の中に
一向に降り止まない雨。
煙ぶった霧の向こうに、蠢く多数の黒い影が見える。
敵を倒したと思ったのもつかの間のことであった。
「まだいけるか?」
ガイアリーフは自分に言い聞かせるように問う。
「いけるぞ、ガイアリーフ」
ジョニエルが続き、アリムルゥネとオルファが頷く。
不可視の魔法はすでに解けている。彼らは正面集団に発見され、補足されつつあった。
「敵は数を頼んで潰しに来ているな……?」
振り続く雨が、彼らを染めた赤を洗い流してゆく。
足元に、水溜まりが出来ていた。
「妖魔か。引きつけろ? オルファ」
次第に雨音が激しくなってゆく。
敵は、お互いの顔が視認できるほどに近づいていた。
間違いない。先ほどの妖魔と同じ種だ。
『にんげん……』
「氷雪よ!」
凍える冷気と氷柱が刃となって敵集団を切り刻む。
ガイアリーフとアリムルゥネは武器を構えて敵集団に突っ込んだ。
魔法の討ち漏らしを捌いてゆく。
味方の刃が一閃すれば、敵は切り裂かれて倒れ行く。
敵の剣がガイアリーフとアリムルゥネの鎧に集まる。
多くが盾で弾かれて、多くが切り返しの一撃を浴びていた。
血風舞う雨の森の中。
足元はぬかるみ、気を抜くと足を滑らせそうになる。
しかし二人はその滑りすら武器にして、体の重心をずらして応戦する。
飛び散る水しぶきに交じる赤。
光の刃とミスリルの刃が走る。
ガイアリーフとアリムルゥネはオルファの仕留めそこなった妖魔を次々と刈り取ってゆく。
『にんげんよ』
依然、話しかけてくる影がある。
ガイアリーフとアリムルゥネは剣を振るい続けた。
目の前の敵は崩れるも、すぐさま背後の存在と入れ替わる。
『おまえたちは──お前たちは面白いな。我らが軍勢をたちまちのうちに無力化して回るなど』
言葉が意味のある語りとして繋がった。
『ああ、お前たちが偉大なるお方に見いだされた適格者どもか』
声は女の声だ。低い女の声。
『お前たちは見込みがある。我らと地上に巣食う人間どもとの間の懸け橋となれる可能性がある』
「魔王の手先が戯言を!」
『私は偉大なるお方の側近、ドラウグル―ス。どうだ。もっと近づかないか、闇の側へ』
「ドラウグル―ス……?」
『そうだ。寝物語に聞いたこともあるだろう。幼き頃、お前たちの母や祖母は囁かなかったか、私の名を』
ガイアリーフは音の主を探す。
アリムルゥネも耳をそばだてて聞くも、一向に居場所がわからない。
『ギレイラインの間抜けは倒せたようだが、私はそう甘くないぞ……?』
詩人の唄うところ、魔王の側近のドラウグル―ス、その炎と闇の技は人の影を食べるとされ。
妖魔が次々と撃ちかかって来る。
飛んできてはかわし、組み付かれぬよう注意し。
剣で払い、刃で討つ。
昔語りでは悪いことをすると闇の肌のエルフが攫いに来るとされ。
『このように』
「ぐお!?」
悲鳴はジョニエル司祭だ。
緑に、てらてら濡れた闇の刃がジョニエルの喉元を掻き切っている。
「ジョニエル司祭!」
「光の矢!」
現れた銀髪に向けてオルファが手を突き出す。
『食らうわけにはいかん』
オルファの放った光の光弾を革らしき肩当に当ててかわす。
そこには美しい銀色の狼がいた。褐色の肌を晒す、銀髪のエルフが。手には血糊が付いた凶悪な刃。
たった今、ジョニエル司祭を掻き切った刃だ。
ジョニエルはドラウグル―スの足元に血の泡を吹いて倒れている。
『我が元に降れ。この男のようになりたくなければ』
ドラウグル―スはジョニエルを放る。
彼はオルファの足元に転がった。
「貴様!」
「ジョニエル司祭!」
ガイアリーフとアリムルゥネが敵を認めて刃を向けた。
そして地を蹴り敵の首へと切りかかる。
ドラウグル―スはガイアリーフの斬撃を、アリムルゥネの突撃をひらりと避けもせず、もろに受けた。
ガイアリーフとアリムルゥネは違和感に気づく。
空を切った得物。幻影だ!
『面白い余興だな』
ドラウグル―スは笑っている。
美しい顔に、喜悦の色がある。
「気配は……そこです!」
アリムルゥネがナイフを投げる。
大木の影に彼女はいた。銀の髪が揺れる。
「ラウトの紹介と言うことだったけど、それなりに楽しめた」
とその腕に炎を纏わせ。
火炎弾をガイアリーフとアリムルゥネに発射した。
ガイアリーフは光の刃で切り落とし、アリムルゥネは大きく後ろへ下がって避ける。
たちまちのうちに燃え上がる二本の古木。
降りしきる雨に打たれて、もうもうと煙と蒸気を上げている。
それに気を取られた隙に、敵、ドラウグル―スの気配は消えていた。
「消えた?」
「いません、どこにもいません、師匠!」
二人はドラウグル―スの影を追うが、見当たらない。
一方で、オルファは祈る、ジョニエルの無事を。毒消しと治癒の奇跡を請うた。
祖霊に祈る。暗闇で大怪我を負ってからというもの、最近感じ取ることのできる加護は限りなく薄い。
が、果たしてこの祈り、届くか──。




