04-10 吸血鬼再び
「吸血鬼ごときに後れを取るとは」
酒場でガイアリーフが歯噛みする。四人が丸い卓を囲んでいた。
卓には様々な料理と酒が並んでいる。
ガイアリーフの怪我も治り、復帰戦を考えていたのだ。
「良い戦いではあったが、一歩及ばぬものであったな」
ジョニエル司祭が、そんなガイアリーフの肩を手の平で叩く。
「まさか師匠が負けるなんて」
「あの吸血鬼が強すぎたんだ。並みの吸血鬼が相手ならば、この前の様な無様な姿をさらすことは無いだろう」
ガイアリーフが苦虫を噛み潰す。
「安全な場所では何とでも言えます。次に遭遇した場合の事を考えないと」
オルファの指摘は辛辣だ。
「次は負けん」
断言するも、切り返される。
「秘策が?」
「多少油断があったことは認める。いや。俺が弱かった。弱かった俺は死んだ。生まれ変わって、強くなった俺がここにいる。だから次は勝つ」
根拠も何もないが、その物言いに吹っ切れたものを見たのであろう。オルファはガイアリーフを応援する。
「その意気です。秘策は無いようですが、その意気がある限り、ガイアリーフは勝つでしょう」
「さすが師匠!」
その点、アリムルゥネは純粋だ。
「とはいえ……私も何か考えておきましょう……調べものをしないと」
オルファは早々に奥に引っ込んで行く。
「ガイアリーフ、次はどんな手で攻める」
ジョニエル司祭がガイアリーフに聞く。
「常に後手を打つ。相手は自分の身が傷つくのを顧みずに攻撃してくる。だから、とにかく攻撃させて相手の動きを見極める」
「ほう、上手くいくか?」
ジョッキを上げて、ジョニエルはガイアリーフの顔を見た。
「若い枝のように、しなやかにしなり、敵の攻撃をかわすか受け流すかしつつ、勝機を待つ」
ガイアリーフはエールを飲み干しながら、弟子に言った。
「アリムルゥネ、良く見ておけ、俺がお前に教えることのできる最後の剣となるかもしれん」
「そんな師匠、縁起でもない」
アリムルゥネが慌てる。
「大丈夫だ、俺は勝つ」
と言うと、ガイアリーフはリンゴを取り出しアリムルゥネに投げた。
「師匠、勝って下さい!」
「当然だ」
ガイアリーフはそう言うと、エールのおかわりを頼んだ。
◇
その日も下水道に降りていた。
大扉の向こうの迷宮に潜る。
そして、幾度かの階段を降り、下層へ下層へと向かって行く。
そうすることでやって来た、以前も来た蝙蝠の間──。
多くの蝙蝠が飛び立ち襲い来る。
ガイアリーフたちは武器を振り回し、その接近を防いだ。
そして、小動物の来襲も過ぎたころ、青い人影が現れる。
輝く赤い相貌。
あの吸血鬼である。
「また会いましたね、偉大なるお方に見いだされた適格者の皆さん。本日はどんな御用でしょうか。さては、ついに偉大なるお方に膝を折る決心がつきましたか?」
──嗤う。
ガイアリーフは金属の筒を取り出し、アリムルゥネは小太刀を抜いて、ジョニエル司祭は先端に棘の付いた棍棒を取り出すと構える。
「どうやら、違うようですね。よろしい。今回も楽しみたいということであれば、このギレイライン、手合わせいたしましょう」
吸血鬼は言うが早いか、腕をクロスさせて駆け寄って来た。
その腕、その爪は凶悪に伸びている。
アリムルゥネは刃を立てた。吸血鬼の鋭利な爪と噛み合う。
「おや? あなた、やりますねエルフのお嬢さん」
アリムルゥネは膝を蹴って急いで離れる。
関節を逆に折ったはずだが、大して効いていないようだ。
アリムルゥネの武器を握る手は、今やぐっしょりと汗で濡れている。
そんな折。
ガイアリーフが敵の背中から切りかかる。光の刃が影を切る。
「おっと危ない。そうでした。あなた方にはそれがあった」
と、吸血鬼はガイアリーフの光の刃に視線を落とす。
──一瞬の隙。
好機と見たガイアリーフとジョニエル司祭は同時に床を蹴る。
ガイアリーフは左、ジョニエル司祭は右だ。
片や光が強引に吸血鬼へ向けもう一度刃を向け、もう一方は先端を白く輝かせた棘付き棍棒が、吸血鬼の頭目掛けて振るわれる。
吸血鬼の頭に当たる直前、吸血鬼は回避しようとして、目の前が白く染まったことに赤い眼を見開いて驚く。
「これは──!」
二人と吸血鬼の足元で巨大な魔方陣が白く輝きだす。
「バカなこの術式は!」
慌てる吸血鬼。頭に光の刃と光る棍棒が食い込んでいる。
しかし、吸血鬼は寸分も痛みを感じているようには見えない。
──だが。
オルファは会心の笑みを浮かべる。
「正体がわかればこっちのものです。滅びよ、吸血鬼ギレイライン!」
魔法陣が回転する。
吸血鬼を覆っていた黒いオーラが次々と魔法陣に吸われてゆく。
吸血鬼は苦悶の雄叫びを上げた。
「隙あり!」
ガイアリーフが刃を引いて、もう一度、容赦なく敵を切った。
右から左に切り下す。
傷は深く深く抉り込み、ついには吸血鬼を寸断して見せる。
光の刃が抉る途中にあったのは、吸血鬼の呪われた心臓。
その心臓も真っ二つになっていた。
「お、おのれ、偉大なるお方に認められておきながら、その力を遊ばせておこうとは……愚かな!」
と、赤い眼をくわっと見開いたかと思うと、次の瞬間、闇の美丈夫は、ドサリと多量の灰の山となって消えたのである。




