04-09 剣士の休息
ハーバシルの経営する、酒場兼宿である。
その奥まった一室に、ガイアリーフらは部屋を取っている。
アリムルゥネはジョニエル司祭と入違った。
「おう、"群狼の"」
「あ、ジョニエル司祭! どうですか? 師匠の容態は」
「なに、心配することなどありはせん。かすり傷とは言わんが、もう大丈夫だ、なにも問題ない」
ジョニエル司祭は苦笑しながら軽く手を振って見せる。
彼女はガイアリーフの部屋に入った。
部屋にはガイアリーフが一人、防具の手入れをしていた。
「アリムルゥネ?」
「師匠、傷の具合はどうですか?」
「俺か? 奇跡で治してもらったから大丈夫だ」
そっけない返事。
「でも、まだ横になって休まれていた方がよろしくないですか?」
「なんだアリムルゥネ、お前は俺に休んでいて欲しいのか」
ガイアリーフは手を休め、アリムルゥネに向き合う。
アリムルゥネの手には、香ばしい香りを放つパイの皿が握られていた。
「そうです」
「その手に持っているのは何だ?」
「えへへ、アップルパイ焼いてきました。食べましょう」
「お前と言うやつは……リンゴだけには目がないな」
リンゴに目がないアリムルゥネ。
ここぞとばかりに作ったらしき見舞いの品も、自分が食べること前提でリンゴであった。
「一応ハーバシルさんに見てもらいながら作ったのですが、上手くできているか、ちょっと自信ないですけれど」
「食えるんだろうな?」
「師匠、酷いです!」
ガイアリーフの揶揄に、本気で顔の色を変えるアリムルゥネ。
途端、ガイアリーフの声が優しくなる。
「冗談だ。俺のためにお前が作ったものだ、食そう」
アリムルゥネの頬が緩む。
「ありがとうございます!」
二人してアップルパイを手にする。
「うむ、頂くぞ?」
「どうぞ、師匠」
ガイアリーフがちょっと焦げ目の付いたパイを口に運ぶ。
──ふむ。
ほのかな甘みと酸味がガイアリーフの口の中に広がる。
ガイアリーフは、アリムルゥネに合格点をつけることにした。
「アリムルゥネ、合格だ。美味いぞ? お前も食え」
「本当ですか? 美味しかったです? では、お言葉に甘えまして。いただきます!」
アリムルゥネは急ぎ口に運んだ。
かぶりつく。
咀嚼。嚥下。
「本当です、美味しくできてます!」
「良かったな、アリムルゥネ」
「はい! 師匠も遠慮せずにどうぞどうぞ。何せ、師匠のために焼いて来たんですからね!」
「ありがとよ」
ノックが三回。
「オルファです」
「どうぞ。アリムルゥネもいるがね」
入って来たのはオルファである。手には何やら香ばしい香りのするものを乗せた皿がある。
「あの、ミートパイを焼いていただいて来たのですが……もう、食してらっしゃいますね」
「まだ食える。ありがとう、オルファ」
「いえ。私ったら、いつも間が悪くて」
「ジョニエル司祭も呼んできてはどうだ?」
「そうですね、ちょっと呼んで参りましょう」
オルファが消え、暫くしてジョニエル司祭を連れて戻って来る。
「おやおや、パイの試食会か」
「試食じゃありません! 師匠に元気になって欲しいだけです!」
「血をたんまり吸われたいたみたいだからな、念入りに治療させてもらった」
「世話になる、ジョニエル司祭」
「なんの。お互い様だ」
「吸血鬼化はしないのでしょうか」
オルファが聞けば、
「そうだとするならば、とっくになっているだろう」
とガイアリーフが否定した。
「どうだ、ガイアリーフ、敗北の味は」
「油断した」
「それだけではあるまい」
「そうだな。次は負けん」
ガイアリーフは口を真一文字に結ぶ。
「さあ、話してばかりいないでお食べ下さい」
「ああ。いただこうか」
オルファとジョニエル司祭が輪に入る。
二人も混ぜて、四人でアップルパイとミートパイを食べ始めた。
「いただきます」
「ありがとう」
吸血鬼がガイアリーフに付けた派手な傷はジョニエル司祭の神の奇跡によって跡形もなく消え去っていた。
ガイアリーフはジョニエル司祭に再度礼を言う。
「あなたがいてくれて助かった、ジョニエル司祭」
「何度も言わせるな。ああ、礼の代わりにこのミートパイをひとかけら頂こう。うまいな。これは。ハーバシルの味だな?」
「そうです。店主に作っていただきました」
オルファがアップルパイも勧める。
「そうだろうそうだろう。どれ、こちらのアップルパイの味は……旨い! 程よい酸味、程よい甘さ!」
「やった!」
アリムルゥネは心の中で喝采を唱える。
「ハーバシルの味ではないな? "群狼の"の手作りか! いつもリンゴを食っているだけのことはある! リンゴの扱いにかけてはさすがに優れているな!」
「ありがとうございます!」
ジョニエル司祭の称賛に、素直に応じるアリムルゥネであった。




