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00-04 アリムルゥネの腹の虫

「小太刀を抜いてみろ」

「はい、師匠」


 アリムルゥネが刀身をすらりと鞘から抜き放つ。


「俺が今から、この棒切れで攻める。お前はただひたすらに避け続けろ」


 師匠ことガイアリーフが踏み込んで胸を突く。

 アリムルゥネは剣先で外側に弾いてそれをかわそうとした。

 しかし、棒切れは内側に刃を滑って、その先はアリムルゥネの首元へ。


 アリムルゥネは息を呑む。


「……もう一度だ」


 ガイアリーフは棒を離すと元の位置に戻る。


「行くぞ?」

「はい!」


 脚に木の棒が行く。

 剣先で弾く。

 棒は刃を滑って腹に向けられた。

 そして、優しくトン、と叩かれる。


「むー」


 口先を突き出し、拗ねるアリムルゥネ。


「もう一度だ」


 ガイアリーフが踏み込んだ。

 今度の棒の先は肩口。

 アリムルゥネは剣先で弾く。

 しかし、弾いたつもりの棒は刃を滑って元の肩口へ。


「上手くいかないんですけど!」


 アリムルゥネが音を上げる。


「剣先を動かすな。剣を握っている握りを動かせ。剣先を相手の一点に向けたまま、動かすんじゃない」

「むー」

「もう一度だ」


 胸を狙ってのガイアリーフの一撃。

 アリムルゥネの剣先もガイアリーフの胸。

 彼女の剣の握りが僅かに動く。

 棒きれは上に弾かれて、アリムルゥネの突き。

 口笛一つ、ガイアリーフは彼女に合わせて下がり、距離を取る。


「……できたじゃないか」

「はい! 師匠!」


 白の街道の脇で行った初の練習に、心なしかアリムルゥネの顔はほんのりと上気していた。


「フォルトに着いたら宿をとる。構わないな?」


 宿と聞いてアリムルゥネの瞳が輝いた。


「もちろんです! ……あ、でも私、お金持っていません……」

「馬小屋で寝ろとは言わない。金は貸してやる。心配するな。その代わり、さっそく仕事を探すぞ?」

「やったー!」

「剣の修行になるような仕事を選ぶ。とは言っても、他所から来た新顔だ。俺たちに選べる仕事があればいいな」


 選べるうちは、幸せだ。


 ◇


 フォルトの街は賑やかな商都である。

 東西と南北へ向かう街道の交わった位置にあり、交通の要所と言える。

 また、交易商人の呼び声が日夜絶えず、市にはひっきりなしに荷馬車が付き、瑞々しい食べ物や、色鮮やかな織物、陶器などを運び込んでいる。倉庫区画に至っては、貨物の出し入れ、穀物の出し入れが頻繁である。

 その市や倉庫区画を一望のもとに見下ろすのは、街の北西に控える見た目も美しいノルン山。

 交通の要所ゆえに、激戦地なりうることから、商都である顔とは別に、軍都となる三重の高い城壁を持っていた。

 北西区画はその最奥部に領主の住まう城、そこから続くなだらかな丘陵地帯は上流階級の住まいとなっている。

 また、一番内側の城壁と二番目の城壁の間の区画が中流階級の住まい、二番目の城壁と一番外側の城壁の間の区画が下町となっている。


 冒険者らが日ごろ使うような安宿は、そして彼らの集う酒場は最も外側の城壁に張り付くように建てられていた。兵士でもない武装した人間を、街の中へと大手を振るって入れてはいけないという、この領主の方針でからである。街の役に立って欲しいがあまり活躍されても困る……そう、この領主は考えているらしい。

 とはいっても、このフォルトの街は人口過多であり、四枚目の城壁建設の噂がたつほどに下町は城壁の外に張り出しており、城壁外の居心地は街の中とさして変わらないのであった。同様の理由で、傭兵団の駐屯地も城壁外に設置されているのである。


 ◇


 ──その店は、表通りから裏路地に少し入った場所にある、こじんまりとした店であった。

 城壁に沿って曲がりくねった路地を入ると、その宿がある。厩の併設された宿兼酒場、『黄金の子羊亭』であった。


 ガイアリーフがドアをくぐると、一斉に値踏みするような視線が集まる。

 トーガという異様な風体がまず目を引き、失笑を買った。

 だが、足音を一切立てないその身のこなしから、視線が冷静なものへと変じて行く。

 と思えば、続けて入って来た、男の連れと思しき薄汚れたエルフのためか、視線は揶揄へと変わっていた。


 ガイアリーフは相部屋を頼み、銀貨数枚の前金を取られては、四人部屋へと促される。


「持ち物は目の前の物入れに入れて、鍵をかけておけ。無くしても責任は持たん」


 黄金の子羊、とは名ばかりの、質素な宿兼酒場であった。


 黒いマントを頭からすっぽりと被った五十過ぎの男が一人いた。教団の巡礼だろうと思える。


「巡礼か? こちらは二人だ。一晩同じ部屋に世話になる」

「あなた方が良き人生に巡り合えますように」

「ああ、ありがとう」

「身分の高い方とお見受けします。どうしてこのような宿に?」


 ガイアリーフは一瞬返答に詰まったが、答えることにした。


「……気まぐれだ」

「そちらの従者様は?」


 ピクリと跳ねる、アリムルゥネの肩。


「従者ではない。旅の連れだ。これも、気まぐれだ。冒険者に興味があるそうだ」


 アリムルゥネの肩から力が抜ける。


「私、食べ物取って来ます!」


 我が身の安全が確保されると、アリムルゥネの腹が鳴る。


「盗んでくるのでは、あるまいな?」

「……違います。お金を貸していただけませんか?」


 悪びれもせずに、アリムルゥネ。

 彼女は銀貨を数枚受け取ると、街へ向かって走って行ってしまったのである。


「……仕事は俺の方で探しておくか」


 ガイアリーフは、開け放たれたままの扉に向かって呟いた。


「あなた様も冒険者をなさっておいでなのですか?」

「一度引退したのだがな。……出戻りだ。あの子の行く末を見たくなった」

「あの子はあなたが見つけられた宝石ですか?」

「原石だがな」


 彼にとって、嘘ではないが、なんだか変な気分である。


「あなた方が光り輝く宝石となられますように」

「ありがとう」


 巡礼に出るほどの信仰心のある男は、さすがに言うことが違う。

 美しい言葉を使い過ぎだと、ガイアリーフはなんだか居心地が悪くなるのだった。

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