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04-08 迷宮の怪

 アリムルゥネは小太刀を振るう。

 盾で殴り飛ばした相手も見ずに、別の個体へ切りかかる。

 床で聞こえる湿った音、「キィ」という鳴き声と共に、目の前の蝙蝠が小太刀を食らう。

 錐揉みをして落ちゆく蝙蝠の向かった先は、同胞の死骸が積もった床だった。


 不意を突かれたジョニエルを除いて、傷を負ったものはいない。

 ガイアリーフの剣が、アリムルゥネの小太刀が、ジョニエルの先端に棘の付いた棍棒が、天井から襲い掛かって来たそれらを追い払ったのである。


 その中に、赤い眼をした蝙蝠が一匹だけまぎれていた。


 いつまでも飛び去らないそれを、ガイアリーフが不審に思い、石を投げつける。

 すると、それは石が当たる直前に、一瞬で霧と化し、また次の瞬間には人の姿を取ったのである。


「ようこそ、偉大なるお方の出城へ。適格者諸君」


 青い夜会着で、優雅に一礼するとその金髪赤目の優男は言葉を放つ。

 それは力ある言葉だった。


「偉大なるお方は待ち望んでおられます。あなた方の様な力ある者がご自分の配下の列に加わることを。ですから、私の話をよく聞いてください」


 紫の唇からは、二本の牙が見える。


「偉大なるお方はご心痛です。生あるものが相争い、醜く闘争を繰り広げ、飽くなき戦いに身を投じる姿を、これ以上見るに堪えぬ、と仰っておいでです」


「お前は生あるものの内に入るのか」


 ガイアリーフが笑った。相手は吸血鬼である。


「これは手痛い御指摘。ですが、偉大なるお方は、わたくしなども含めて、『救う』と仰られておいでです」

「信じろと?」

「まず、信じあうことから始めなければなりますまい」

「その前に、剣を交えたが早そうだが」


 ガイアリーフは金属の筒を軽く持つ。その先に黄色い光の刃が生まれた。


「どうしても、力試しをお望みですか?」

「信用ならない相手は切る。それが俺の流儀だ」

「わたしは信用されていないのですね」

「どこの世界に迷宮に巣食う吸血鬼を信用する人間がいると思うんだ?」

「なるほどなるほど……よろしいでしょう。お相手しましょう。この、ギレイラインが」


 殺気は後から来た。

 吸血鬼の爪が血を吸っている。


 ガイアリーフが膝を突く。

 脇腹を持っていかれたようだ。

 吸血鬼四本の爪は、ガイアリーフを切り裂いていた。


 「師匠!」

 

 思わずアリムルゥネが駆け寄ろうとするも、「来るな!」とのガイアリーフの一喝に足を止める。


「いかがですか? まだお止めにならない?」


 敵は余裕の表情で皆に告げた。


「滅びよ!」


 オルファの力ある言葉の詠唱と共に、聖なる炎が立ち上る。

 煌めく炎は吸血鬼を取り巻いて、渦高く立ち上らせた。


「吸血鬼風情が!」


 ジョニエルが手に持つ凶悪な得物で吸血鬼に殴り掛かる。


「神よ!」


 殴る途中で武器の先端に白く輝く光弾が灯り、聖なる力を迸らす。


「滅びろ、吸血鬼!」


 敵は避けもせず、その攻撃を受けた。

 白い煙がもうもうと立ち上がる。

 吸血鬼自身の傷を回復させようという負の生命力と、ジョニエルの聖なる神の力が戦っているのだ。


「大して効きませんな」


 吸血鬼は火傷するのも構わず、武器を素手で掴むと力任せに引き剥がしてゆく。

 手の平は焼けただれ、焦げ臭い白い煙を上げていた。


「どうしました、同時に掛かってこられてもよろしいのですよ?」


 吸血鬼の言葉に、アリムルゥネはミスリルの小太刀を抜いた。

 必殺の位置を割り出してゆく。

 弱点、弱点……見えた。


 アリムルゥネは後ろ脚で床を蹴る。

 そして一刀のもとに手首を切り落としたのである。

 流れ出る吸血鬼の赤い血。

 だが、それは不思議な事に、宙を舞う手の平ごと吸血鬼の元に舞い戻っているではないか。

 糸を引く赤。赤い糸が、吸血鬼の手と千切れた手の平を結ぶ。


「ガイアリーフ、撤退しましょう!」

「できるかそんなこと!」


 ガイアリーフは立ち上がる。


「そちらのお嬢さんは冷静なようだが、はて、年長者が熱血漢とは」


 ガイアリーフは光の刃を正眼に構える。

 一歩前に出る吸血鬼、外してガイアリーフは上段、一気に寄せた。


 ガイアリーフが青い影と重なる。

 吸血鬼の爪が伸び、その爪をガイアリーフが踏みつける。

 それと共に剣を腕に振るった。

 爪の動かない吸血鬼はどうすることもできないかに思われた。

 が。

 ガイアリーフの至近距離で吸血鬼の口が裂ける。

 吸血鬼の牙が血を吸った。

 と、同時に喉から血を滴らせつつ、ガイアリーフが崩れ落ちたのである。


「師匠!」


 と、どさりと吸血鬼の両腕が床に落ちた。


「ふむ……相打ちですか。美しくない。ここはわたしが引きましょう。またお会いできる日を楽しみにしております、偉大なるお方の認めた適格者の方々」


 ジョニエルが血まみれのガイアリーフを担ぐ。

 アリムルゥネが金属の筒を拾っていた。


「滅びよ!」


 オルファは今一度、力ある言葉の詠唱と共に、聖なる炎が立ち上らせる。

 煌めく炎は吸血鬼を取り巻いて、渦高く立ち上り、ていの良い目くらましとなって吸血鬼に追撃を諦めさせた。


 惨敗である。

 ガイアリーフとその一行は、吸血鬼の前から逃げ出した。


 ◇


「人外にはガイアリーフの剣も形無しか」


 ジョニエル司祭の言葉に、オルファは、


「そうでもないと思います。いい線行っていたはずです。両腕を切り落とすなんて普通はできないでしょう」


 とかばう。しかしジョニエルはオルファ以上に冷静だった。


「急所を外されたことには変わりはない」


 と。アリムルゥネが横になったガイアリーフの体を揺する。


「師匠、勝てますよね?」

「アリムルゥネ、勝てますよね、ではない、すでに勝った。と言え。勝てる、勝つ、ではない。勝った、だ」


 ガイアリーフが説くのは精神論。それでも。


「はい、師匠!」


 と、あくまでもガイアリーフを信じるアリムルゥネがいたのである。


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