04-07 危険に踏み込む決意
「迷宮の瘴気が濃くなっている?」
「魔王とやらの話も関係があるのかも知れません」
「だから倒して直ぐの多頭蛇が不死者として黄泉返った?」
「推測に過ぎませんが」
オルファの顔が曇る。
「このまま、この迷宮を放置した時どうなると思う?」
「浅い階層でも同一の現象が起こるようになるでしょう。倒したはずの敵がよみがえり、ゾンビやスケルトンとして新たな敵と成ることが考えられます」
指を立てて説明してゆくオルファ。
「原因が魔王にあると仮定して、対策は打てると思うか?」
「打てません。魔王の存在そのものが不明確であるばかりであるだけではなく、その実力が未知数です。そして、明らかとなったその実力は想像を絶するものがあるでしょう」
オルファは目を瞑る。
「どうしたが良いと思う?」
ガイアリーフは皆に問うた。
「当然撃滅すべきに決まっておる……勝てるならな」
「さすがジョニエル司祭、武闘派だ。オルファは?」
「知らなかったふりをして、街を立ち去りましょう──と言いたいところですが、今のところ勝算があるのは、ガイアリーフ、あなたの持つ光の剣だけです」
「戦え、と?」
「いえ、必ずしもそのような。ただ、魔王を知るいい機会かと思います」
オルファは頷く。
「魔王を知ってどうする」
「上を目指せます。果て無き天井を見つめることで、さらなる成長が望めるでしょう。これはアリムルゥネさんにも言えることです」
彼女は薄く笑って見せた。
「アリムルゥネ、お前はどうする?」
アリムルゥネは目を閉じる。
「──挑みます。さらなる高みに」
目を開けた後は、一点の曇りも無かった。
彼女なりに考えたのであろう。
何を思ったのかは、知る由も無かったが。
「よし、俺の運命もアリムルゥネ、お前に預けよう。魔王の顔を拝みに行くぞ!」
「よし、頑張りましょう!」
「付き合うぞ、戦の神の司祭として。行くぞ、ガイアリーフ」
三者三様に盛り上がる三人を見て、当のガイアリーフは焦った。
「って、盛り上がっているところ悪いな。……そのうちだ。今回は戻る」
ガイアリーフは早々と帰途に就く。
「待って下さいよ、置いて行かないでください、師匠!」
「なんだ、帰るのか」
「皮運んでもらえますか。重くて」
オルファがかさばる蛇皮をジョニエル司祭に渡している。
四人は、地上への帰途に就いた。
◇
「おい、アリムルゥネ」
ガイアリーフはリンゴを齧っているエルフ娘の袖を引く。
「ジョニエル司祭とオルファにはもう話したんだが、魔王の話を大げさに話すな」
声を潜めたガイアリーフはアリムルゥネに釘を刺しておく。
「どうしてですか?」
「面倒だからだ」
言っても理解し辛いのだろうか。エルフは大きく首を捻る。
「面倒?」
「そう。色々」
噛んで含んで教えてやらなければいけないのかと、ガイアリーフが天を仰ごうとした時である。
「例えば──」
血相を変えたオルファが酒場に飛び込んできた。
「はい、お話はそこまで! アリムルゥネさん。お話はそこまでにしておきましょう。ガイアリーフ、例の男の裏を取りました。危険です。全然裏が取れません。だから危険なんです……」
消えそうになる語尾で、ガイアリーフにぼそぼそと報告する彼女。
「とはいえ、逃げると被害が拡大するぞ?」
「私たちが行かなくとも、どこかそのあたりに適当な勇者様が転がって……いませんね。いませんか。やはりそうですか……。仕方ありません。私たちで何とかしましょう。それしか方法はありません。だって私たち、あの男に目をつけられて狙われているのですから!」
あの男。魔王の使い。
「……と、言うと?」
「使い魔のピーちゃん一号と置物さんマーちゃん二号がやられました。いずれも街の動向、噂の類を漁っていた最中にです。聞き取れた最後の言葉はいずれも『魔お』。もう犯人は確実です……」
闇が動いている。
いや、動き始めているのか。
わからない。わからないことがわからない。
近寄るには慎重に、調べるにも慎重に。
安全確実な手段を使ったつもりだったが、どうにも上手くいっていないらしかった。
しかし、まだ完全に失敗したわけではない。敗北が決まったわけではないのだ。
少なくともガイアリーフはそう思いたい。
「素直に迷宮探索に行きましょう」
オルファからの提案だった。
ジョニエルも言っていた。知性を喚起させるには、勇気を奮い立たさねばならないと。
頭で考える糸口を掴むためにも、迷宮に潜ってみるのは悪くない選択肢だ。
「アリムルゥネ、下水道の迷宮に行くぞ。準備しろ」」
「え? またですか?」
意外そうにアリムルゥネ。
「そうだ。今、あの場所がお前を鍛えるには最も適した場所だ。命と隣り合わせで戦いができる」
「はい」
彼女は素直に頷く。
「ジョニエル司祭にも伝えておけ。近いうちに出発するとな!」
「はい、師匠!」
アリムルゥネはリンゴを呑み込むと、ジョニエルが辻説法している外へと走って行った。




