04-05 見えない敵
アリムルゥネはリンゴを齧る。
少々渋かった。
戦の神の司祭、ジョニエル司祭にはお礼を言わなくてはいけない。
そんなことをアリムルゥネは考えていた。
「油断しました……」
と、頭を左右に振ってみせるオルファ。
たまたま酒場に居合わせた、ジョニエル司祭がオルファの傷を癒してくれたのである。
「いや、驚いたのなんの。あのガイアリーフの旦那がこの娘さんを背負ってきた日にはな!」
と、ジョッキ片手にカラカラと笑ってみせるジョニエル司祭。
オルファはお礼に、と酒を奢る。
「いや、どんな怪物と戦ってきたのだ? 酒よりもそちらの話が聞きたい」
「見えない怪物なのです」
「見えない!?」
「ええ、通常の方法では目視できません」
オルファはいったん話を切った。
ギャラリーが皆黙りこくったからだ。
「ガイアリーフ、詳しく話してくれないか」
ジョニエルに促され、ガイアリーフが話を代わる。
「なに、例の迷宮の怪物だ。みな、こいつにやられて困ってたんで、その討伐を俺たちが依頼されたのさ」
「ふむ」
「真っ暗闇に出るという。本当に光さえ吸い込む暗闇に潜んでいて、窒息させられるか切りつけられるか殴りつけられるかされて俺たちは、窮地に追い込まれた。……と言うのは嘘で、最初から俺たちはそいつが植物かガス状生物なんじゃないかと疑ってかかったわけだ」
「ほう」
「で、漆黒の暗闇を見つけたときに、その中に松明を放り込んでみたのさ。そうしたら燃えること燃えること」
ガイアリーフは両手を広げる。
「大当たりだったわけだな?」
「そう。そして、火に包まれた大腕が現れて、俺たちの邪魔をしてくれたわけさ」
「聞く限りでは、アストラル界から干渉してくるデーモンの様な気もするぞ」
ジョニエルが赤ら顔で言う。
「そう言った区分けは想像に任せる。ともかく、俺たちは通常の武器では傷一つつかないそいつを魔法の武器でぶった切ってやったわけだ。あとは、良く燃えるから火炎の魔法を食らわしたりもした」
「通常の武器が効かないとなると厄介だな」
自分の得物を手に取って目を落とす駆け出したち。
「厄介極まりない。駆けだしなんか、遭遇しただけでお陀仏間違いなしだ。なにせ、有効な攻撃手段がまずないんだからな。もっとも、存在にすら気づかないだろう」
「火の魔法は?」
「なにも見えないのに? 駆け出しが使える魔法は一回か多くても二回だろう。貴重な魔法をめくら打ちできるとは思えんね」
ギャラリーの一人が言った。
「それに、魔法の武器……誰しもが手にしているものではない」
「その通りだ。だからこそ、被害が広がったんだと思う」
ガイアリーフが大きく頷く。
「で、結局倒したのか?」
「倒した。二体いたと思う。二体とも倒してきた。三体目がい当た時は知らん。そのときは頑張って俺たちの得た情報を役に立ててくれ」
笑いが起こった。ガイアリーフがジョッキに入ったエールを勧められて手に取る。
「でも、その厄介な魔物退治が終わったとなれば、暫くは迷宮探索もはかどるな」
「そうあって欲しいものだ」
ガイアリーフがエールを呷ると、店主、ハーバシルが声をかけて来た。
「そう言いたいところだが、ガイアリーフ。また頼まれてくれないか?」
「ほら来た! なかなか上手くはいかないのさ」
ハーバシルはオルファに向けて言った。
「怪我が治ってなによりだ。だが、今度は治療師を連れて臨んで欲しい。敵は──」
◇
「──と、言うわけで、また下水道なんですね、師匠」
「そうだ。腕試しにはちょうどいいだろう」
「この匂いには……慣れませんが、体に染みつきそうです」
カツン、カツン、と靴音が地下道に響く。
そして聞こえるのは大量の下水が流れる音。
ガイアリーフは言う。
「オルファ、適当な魔法は無いか」
「あります、保護の魔法を掛けておきましょう」
オルファは聞きなれない言葉をつぶやく。
魔法の呪文だろうか。
「ありがとうございます、オルファさん」
「いいえ、どういたしまして」
丁寧に礼を言うアリムルゥネと、お返しをするオルファ。
ガイアリーフは仲が良いのは良いことだと思う。
そして新たな仲間はどうだろうかと、一瞬その人物に気を向けた。
ジョニエル司祭だ。戦の神の司祭をしている。
得物は棘の着いた棍棒。そして、体を覆うのはところどころを金属で補強した革鎧である。
酒精は、魔法で抜いてもらっていた。
「そんな便利な魔法があるのか。良く知ってらっしゃるな、オルファ殿」
「はい、ジョニエル司祭。世界はまだまだ未知で溢れています。──この迷宮の奥地のように」
「そうだな。気を引き締めていかねば! 大半のことが不確実だ。真相を見通し、克服する知力が必要だ!」
「そうですとも」
力んで言うジョニエルに、これまた力強く頷くオルファ。
……この分だと、チームワークに心配は無さそうである。
あと、心配は店主のハーバシルが言った敵の事。
新たなる敵、新たなる壁、新たなる目標、それは──。




