00-03 フォルトゥナ
白の街道は、なだらかな丘を越えて、どこまでも続いていた。
「師匠、西を目指すのですか?」
「そうだ」
師匠ことガイアリーフは頷いた。
遥か西に見える山脈。山脈の裾野には、黒々とした森がかすんで見える。
「西はどこまで? この先のフォルトです?」
「ああ。お前は冒険者になりたいのだろう」
「はい! もちろん!」
アリムルゥネは頭の後ろで両手を組んでは上機嫌だ。
「ならば、フォルトでなってしまえば良い」
「フォルトで?」
「どこで、どの街で冒険者になろうとも、国家間の冒険者に対する待遇にさほど変わりは無い」
「そうなのですか?」
「そうだ。そして一度なってしまえば、お前はどの街へ行っても冒険者としての待遇を受けられる……はずだ。そして、冒険者としての依頼をこなしながら、俺についてくればいい」
ついに冒険者になるときが来る!
追い剥ぎから足を洗う時が来たと思うと、アリムルゥネの胸は躍った。
「師匠は冒険者じゃないんです?」
「俺は違う。ただの根無し草だ」
ガイアリーフは目的もなく、強者を探して世界を旅する流浪の剣士だという。
「でもそれだと、私が師匠に迷惑を掛けてしまいませんか?」
「どこで何をされようと、お前はすでに俺の迷惑になっている」
「えー」
アリムルゥネが何と言おうと、こうして話をしている以上、なにかの縁が繋がっているのだろう。
ガイアリーフにとって、それはなにかの運命だと感じ取れたのである。
そして、三年の後、あの街、サザラテラに戻って剣を受け取りに行かねばならない。
「と、いうわけで俺も冒険者に戻るか……引退したのだがな」
「師匠。師匠は昔、冒険者だったんですね!?」
その昔、ガイアリーフは冒険者だった時代がある。
その時のパーティメンバーは、今ではそれぞれ別の道を歩んでいるはずだった。
ガイアリーフのパーティーは、特段優れた功績を残したわけでもない。
しかし、素晴らしいチームワークを誇ったパーティーだったとガイアリーフは覚えている。
「若い頃に引退して、剣の道を究めた。……我流でな」
「だからあんなに強いんですか! でも現役冒険者でないのにあんなに強いですね!?」
「冒険者が強者という考えは捨てろ。世の中には冒険者以外でも強者はたくさんいる」
「それなら、それなら! 私、冒険者になりません! 冒険者にはならなくて、師匠に剣だけ教えてもらいます!」
アリムルゥネは両拳を胸に、力んで言った。
だが、
「駄目だ」
とガイアリーフはあっさりと否定する。
「あら? それはダメなんです?」
「ああ、駄目駄目だ。お前は冒険者に一度なり、俺と一緒に経験を積め。そして冒険から帰ってくるたびに、稽古をつけてやろう」
ガイアリーフは念を押す。
アリムルゥネは筋が良い。
そして、一度弟子に取ると口にした以上、変な育て方をしたくはなかったのである。
◇
フォルトの街に入る前の日のこと。
白の街道での脇で休憩をしていると、おもむろにガイアリーフはアリムルゥネに話しかけた。
「一つ稽古をつけてやる」
「本当に?」
アリムルゥネの顔に花が咲く。
「でも最初に言っておく」
厳しい表情でガイアリーフ。
「お前はエルフだ」
「はい」
エルフは元々森の民。自然を愛し、自然と共に生きる、森の民。
だが、アリムルゥネは森を知らない。父母とはぐれ、街で育った浮浪児同然の街エルフだ。
「非力だ」
「そうです」
それは、アリムルゥネの種族が持った、先祖からの特徴。
こればかりはどうしようもない。
「重い武器は持てない」
「はい、持てません」
そう。
大剣や、大斧や、大槌なんかは扱えない。
恐らく無理。
アリムルゥネの表情が沈む。
やっぱり自分には無理なのかな、と思い始める。
しかし、ガイアリーフの話は続く。
「だから、そのミスリル銀の小太刀を使え。冒険者ならば、武器にこだわりなど持ってはいけない。だが、アリムルゥネ。お前は自分に辛い制約を課した。『騎士になること』だ。戦士の技を覚えること、だ。だから、最初に渡した小太刀を使え。あれなら軽い」
「はい、師匠!」
アリムルゥネの目が再び輝いた。
なおもガイアリーフは言葉を弟子に重ねる。
「だが、お前は冒険者だ。絶対に死ぬな。まだ騎士ではないのだ。死ぬべき時は自分で決めろ。冒険者である以上、絶対に死ぬな。だから、ミスリル銀の小太刀を失うことがあっても、死ぬような真似をするな。命を大事にするんだ。良いな、アリムルゥネ。約束だ」
「はい、師匠! やっぱり師匠、私の目に狂いはありませんでした! 師匠、最高です!!」
ガイアリーフは言った。
命を大事にしなさい、命を第一に考えなさいと。
「アリムルゥネ。俺はお前が何人の命を奪ってきたのか知らない。知りたくもない。だが、今ここで誓え。奪った命の数だけ、いや、それ以上に善行を積んで、善い行いを積んで、立派な騎士になって見せると。天空の神々に向けて、誓ってみせろ。万物の精霊に向けて、誓ってみせろ。『私は生まれ変わって最良の騎士になります』と」
「はい、師匠! 誓います。『私は生まれ変わって最良の騎士になってみせます!』」
アリムルゥネは胸に手を当てて宣誓した。
誰が聞いたであろうか。
少なくとも、師であるガイアリーフは聞いた。
あとは、空と太陽、そして大地と白の街道が聞いた。
空の神、太陽の神、大地母神、道の神……。
ガイアリーフは神に祈った。
「運命の女神よ、若き騎士アリムルゥネの前途に祝福があらんことを。どうか御身の祝福を!」