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03-08 "牛殺し"


 ガイアリーフの隣にちょこんと座るアリムルゥネが、酒場、黄金の羊亭にて晒し者になっていた。

 今、店内にはだみ声の大きな男の声が響き渡る。


「それよ! 牛頭の魔人めが、まさかりよろしく、この"群狼の"アリムルゥネに大斧を振り上げて兜割りを食らわしてきたのだッ!」

 ジョニエル司祭が麦酒のジョッキを掲げながら、怪しい足取りと目つきで喚く。


「大斧を振り切った魔人めが、どこぞと相手を探しておったではないかッ!」


 カカカと笑うジョニエル。


「どこぞもなにも、この我らがアリムルゥネはどこにおったと思う? その時どこにおったと思う?」


 集う群衆の右を指差し、左を指差し、また右を指差す。


「皆がわからぬも道理よ。その時なんと、このエルフは空中に舞ったおったのだからッ!」


 膝を叩いて睥睨するジョニエル司祭。しかしジョッキを呷ったジョニエル司祭の視線は急に柔らかいものになり、


「良くやったッ! 我らが"群狼の"! 良くやったッ! 我らがアリムルゥネ!」


 とアリムルゥネの背中をバンバンと叩きながら褒め称えたのである。

 取り囲んでいた群衆がそれぞれ好き勝手に湧く。


「戦勝祝いに乾杯!」

「エルフの敢闘に乾杯!」

「ガイアリーフの指導に乾杯!」

「でも弟子増えないな、道場開きは諦めたのかい?」と揶揄されるガイアリーフ。

 腰に吊るした金属の筒が、鈍く光るも沈黙していた。


 ◇


「"牛殺し"にしては迫力がないな」


 またも妙な二つ名で呼ばれた。

 "群狼の"のときもあれであったが、今回は酷い。

 よりにもよって、"牛殺し"である。


「よし、錬金術師のこの俺が、お前さんにさらに箔をつけてやろう」

「ゑ?」


 言うが早いか、右側の民家の壁を突き破って巨大な牛が現れる。

 いや、牛ではない。なにか別の生き物だ。

 いや、生き物なのであろうか。


 鼻からは絶えず煙を上げ、皮膚はどう見ても鉄のそれ。

 そして二本の角は狂暴に尖っており、目は赤く爛々と……いや、轟々と炎が燃えている!?


「ゴーゴンだ」

「!?」


 ゴーゴンと呼ばれた魔物は一直線にアリムルゥネに襲い来る。

 路上で店を開いていた露天商は慌てふためき、荷物も放り出して即逃げる。

 往来からは悲鳴が上がる。

 アリムルゥネは覚悟してミスリルの小太刀を引き抜いた。


「行くぞ牛殺し!」

「ちょっと何を考えてるの、このマッドアルケミスト!」


 ゴーゴンの口から炎が見える。

 こいつは炎を吐くのではないか?

 そう思った瞬間だった。

 ゴーゴンの炎の舌がアリムルゥネに伸びる。

 アリムルゥネは炎を小太刀で切り裂きながら、横にかわしつつ、後ろ足で地面を蹴った。

 ゴーゴンは顎を引いて角を立て、突撃に備える。

 アリムルゥネのミスリルは、刃を立てて鉄の角を軽々と切断する。

 そこから炎が漏れて、彼女は一言、


「こいつ、中身は炎の窯ね!?」

「その通り」


 見知らぬ錬金術師は言ってのける。

 青の胴衣が恨めしい。

 だが、彼を切り裂く前に目の前の鉄の牛を何とかしろと、アリムルゥネの魂が言っている。


 牛の突進、アリムルゥネは鎧を頼る。

 残ったもう一本の角を避けて、鎧で受けた。

 あまりの衝撃に道路に転がる彼女、踏み潰そうとした牛の脚をミスリルの刃が切り捨てる。

 牛はたまらずバランスを崩して転倒した。

 アリムルゥネは好機とばかり、鋼鉄の牛の喉元に小太刀の刃を立てる。

 そしてぐるりと一周、傷口から炎を噴き上げる首を切断すると、錬金術師に投げた。

 おっとっと、とたたらを踏んで避けるは錬金術師。


「やっぱりだ。ランディスに聞いた通りの暴れ馬!」


 青服の錬金術師はカラカラと嗤う。

 ゴーゴンは自らの炎に呑まれて、鉄の体を自分自身で焼いてゆく。


「おい"牛殺し"! "群狼の"などとは名乗らず、これからは"牛殺し"と名乗るが良い! ゴーゴンの頭はくれてやる、魔化した鋼鉄だ、良い値で売れることだろう! その金で装備でも整えるんだな!」

「待てお前!」

「待てと言われて待つ者か! 俺こそはレイノーラの使徒、マクベスだ! 見知りおけ!」


 マクベスと名乗った青服の錬金術師は、混乱もそのままに、衛視の駆けつけてきた現場を素早く離れたのである。


 ◇


 ガイアリーフは聞いていた。


「それで? その男はなんと言っていた」

「レイノーラの使徒、マクベスと。自分は錬金術師だと。確かに凄いゴーレムでした」

「炎を吐く鋼鉄の牛か。確かにお前はこれで"牛殺し"だな」

「そして、その土産が角の一本切り飛ばされた鋼鉄の牛の首」

「……はい。体も持ってきました。重かったです」

「魔化した鋼鉄か」


 剣づくりを頼んだ街、サザラテラの鍛冶師に持って行くのも面白いと思えた。

 だが、ガイアリーフは首を振る。


「明日、鍛冶横丁を訪ねよう。鋼鉄の盾を作るぞ」

「魔法の武具になる。金は、残りの鉄を売ってから作ろうな?」


 ガイアリーフは笑う。

 アリムルゥネには良くわからない。

 わからないが、自分の知らないところで、自分が有名になるたびに敵ばかりが増えて行く実感しかなかったのである。

 ……どうしてこうなった?


「"牛殺し"とは珍妙な! おお、これが噂の鋼鉄の牛の首!」


 ジョニエル司祭に見つかった。

 これで、明日の朝までには"牛殺し"の噂は街全体に広まっているだろうと思われた。

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