03-04 人間至上主義
「"群狼の"!」
黒色に塗られた刃が闇に融ける。
アリムルゥネは暗視を使って闇を見た。
男が二人、いや、三人自分の周りを囲んでいる。
どれも片手に得物を持っている。
それぞれ、思い思いの。
共通しているのは、男たちが黒っぽい服装をしている事と、武器が黒色に塗られていることだ。
「人間種こそ至上!」
アリムルゥネは目を剥いた。
脇に走る短剣をかわす。腕と胴の間に挟む、関節を逆に折る。
夜半の街中に凄まじいい絶叫が響いた。
「人間種に栄光あれ!」
残り二人が腰だめに得物を構えて突撃して来る。
アリムルゥネは上に飛ぶと、右側の人物の手の上に乗る。
そして宙返りざまに首筋に小太刀を降ろす。
ミスリルの輝きは闇に消え、黒い飛沫を辺りに散らした。
──どう、と倒れる。残りは一人。
「お、おのれ……人間種こそが支配者なのだ!」
男はやたらめっぽうに得物を振り回す。
アリムルゥネはステップを踏んで下がると、男を十分に引き付けてから後ろ脚をバネにして跳んだ。
得物を握った男の腕の健を切る。
「ぐおっ!?」
男が得物を取り落とす。
アリムルゥネは男の脚の健を切る。
男はもんどりうって倒れた。
「あなた、誰?」
アリムルゥネは尋ねる。
「誰がッ!」
男は突如泡を吹いた後、多量の液体を吐き出して沈黙する。
舌を噛み切ったのであった。
◇
ガイアリーフが手の内の銀細工を転がしながら呟いた。
「そこで、騎士ではなくまたしても盗賊の技を使って倒した敵の懐には、この男女が絡み合った聖印だけが残っていた、と」
「そうなんですよ、師匠!」
彼らの持ち物と言えば、数枚の銀貨とこの聖印、そして黒塗りの武具だけだった。
「怖くなかったか?」
「怖かったですってば! どうして助けに来てくれなかったんですか!」
「夜中に外をうろつくからだ」
ガイアリーフには取り付く島もない。
「……ごめんなさい!」
「まぁいい。それよりも、お前が狙われていることがはっきりした。少しは自覚しておけ。それだけで少しは難を逃れられるだろう」
「はい……」
アリムルゥネは自信なく答える。
「ほら、お前の好きなリンゴでも食って元気出せ」
「え?」
アリムルゥネは投げられたリンゴを受け取る。
「食わんのか?」
「食べます! いただきます!」
アリムルゥネはオルファの目の前で齧りつく。
そのシャキッという音に、オルファは関心を示したらしく、「美味しいですか?」と聞いていた。
◇
「オルファ。知っているか? この聖印を」
「トーロ教徒の物でしょう」
オルファは一目で看破した。
「トーロ教?」
「トーロ教。もしくは奈落の青銅の家教会。世の終末の日に、男女が揃って家に籠り、神に一心に祈りを捧げれば終末は避けられるとか」
奈落の青銅の家教会。
家族ごと入信させるという噂のカルトだ。
いろいろと噂がある。
どれも良くない噂ばかりが先行し、特に人間種を最上のものとし、異種族を忌避する傾向が強いことで知られている。
「バカバカしい」
「そう思う輩は幾らでもいます」
オルファは澄まし顔で言う。
「あんたは信じるのか? トーロ教の教えを」
「いいえ。私は祖竜を信仰していますから。はかなげな人類の未来になど興味がありません」
「言うね、オルファも」
ガイアリーフはオルファの答えに目を見開いた。
祖竜信仰。
竜族に自分の起源があるとし、魂をも竜と一体化させ、竜に転生することを目指すという……もう、これもトート教に負けず劣らずの狂気だ。
何せ、人間を止めて竜になろうというのだから。
「いえ、私の信仰は些細なものです。その道の達人に比べたら、きっと激怒されるでしょう」
「……違いない」
祖竜信仰。その道の達人は泥の中で暮らしたり、魚を生で食らったり、着の身着のままどころか、裸同然で生活をすると言う。
文明生活のかけらもない信仰形態と言えた。
「どこに行けばこのトーロ教徒に接触できると思う?」
「終末の近づいた街……戦場、もしくは飢餓、飢饉に陥った村々……いずれにせよ、人間の領域ではありません」
どれも現実味の薄いことを言う。
あえて言えば、剣を頼んだ街、サザラテラ辺りだろうか。
「それにしては元気に暗殺者を出してきたな?」
「ああ、執行部はぬくぬくと都市に暮らしています。地下水道辺りが怪しいと思います」
どこにでも例外はあるものだ。
上層部は隷属民の上前をはね、寝て暮らす。
それでなくとも、楽に暮らす。
隷属民には厳しい戒律を押し付け、自分たちは守らない。例外だからと。
どこでも同じようなものだ。
これが、人間社会の縮図と言えた。
「地下水道か」
「ええ」
オルファは頷く。
すでに、魔法の目を飛ばしているのかもしれない。
焦点がガイアリーフと合わなかった。
「この都市の水道局……どこだろうな。黄金の羊亭……ハーバシルの親父にでも聞いてみるか」
「私も探してみます。私なりの方法で。なにせ、アリムルゥネさんを守る方法でしょう? 見ていられなくて。あの子」
オルファの目には真剣の色がある。
オルファとは共闘できる。
この時がガイアリーフが確信した瞬間であった。




