03-02 "群狼の"アリムルゥネ
ハーバシルは身を乗り出してガイアリーフの語るアリムルゥネとカーリンブリア王国の蒼き騎士との戦いの話を聞いていた。
「で、"群狼の"アリムルゥネは勝ったのか?」
「それは……」
アリムルゥネが口ごもると、
「負けた負けた」
ガイアリーフがばらす。
「なんだそりゃ!」
酒場の面々がどっと沸いた。
「でも、カーリンブリア王国の鷲獅子騎士団と言えば、青騎士で名高き猛者だぞ?」
「相手の名前は」
「メロウエル卿とか」
「若手かな。聞いたことがある」
「俺は無い」
「だが、猛者には違いあるまい」
「なんの、メロウウエル卿と言えば鷲獅子騎士団で一二を争うほどの猛者だぞ?」
先ほどから、黄金の羊亭の面々はこの話でもちきりである。
◇
三人は店を見ていた。
目的は武器・防具である。
「お兄さん、この革なんですけど、高く買ってくれるところ知りませんか?」
オルファが道行くお兄さんにワイバーンの皮を突きつける。
「ああ!?」
と、凄んだのも一瞬のこと、オルファの顔を見るなり力が抜ける。
「ああ、こう言ったものなら、ほら、あの路地を曲がって行ったところが皮革工房だ」
「ありがとう!」
彼女がガイアリーフの元に戻って来た。
「……商会を通すよりも、こうした上質な素材は直接職人と取引したほうが高く売れるんです」
「細かいな」
「取柄ですから」
マックリン商会から買ってきた、なめし皮をそれなりの量だけ背負ったガイアリーフの言葉に、なぜかオルファは嬉しそうだ。
「革の鎧を二着作っていただきましょう。ガイアリーフ、あなたの分と、アリムルゥネさんの分です」
「職人は誰にするんだ?」
「ジョニエル司祭の紹介です。コンライド工房。行きましょう」
◇
獣脂の匂いが鼻を突く。
鼻を焦がす、焼けた鉄の匂いもどこかから漂ってきている。
「ジョニエル司祭の紹介だって? 俺がライアリー・コンライドだ。ここの工房長さ」
「革の鎧を二着お願いしたいのですが。材料はこれで」
「ああ、そういうことなら良いとも。誰のを作るんだい?」
「俺とこいつだ」
ガイアリーフとアリムルゥネが前に出て、ガイアリーフはなめし皮を下に降ろした。
「一着、銀百五十、二着で銀貨三百だな。前金で頂くぜ」
と、言いつつコンライドは二人の体を素早く採寸して回る。
「完成まで一週間だな。一週間待ってくれ」
「ありがとう。コンライド。では頼めるか?」
ガイアリーフが頼むと、コンライドはドンと胸を叩きながら言い放った。
「任せてくれ。うちの工房は一級品だ。うちの紋章を付けた鎧を着てりゃ、この街で一目置かれること間違いなしだぜ!」
◇
倉庫区画。そこはフォルトの街の、二番目と最奥の城壁に挟まれた区画である。
街で必要とする物資や、様々な交易品を集積する場所でもあるが、その一角には大道芸人が集まる色とりどりのテントがいくつも張られていた。
今、アリムルゥネがリンゴを齧っている。
「うんまうんま」
と、隣には下町の少年、ウシュピアを連れていた。
「姉ちゃん、ここ、面白いんだぜ?」
ウシュピアはアリムルゥネの手を引っ張る。
「ほら、あの玉乗りの人なんて見てみろよ!」
アリムルゥネは見る。
緑色をした大きな球を転がして、その上に棒を持ちながら乗っている男を。
「ほら、姉ちゃんこっち!」
アリムルゥネは見る。
物を次から次へと上に投げ上げ、取っては投げ取っては投げを繰り返す、ジャグリングの練習をしている女の子を。
「あ、ランディス司祭!」
「ん?」
アリムルゥネはその名を聞いて固まる。
僧服姿の若い男はがいた。
赤髪碧眼の、どことなく猫を思わせる引き締まった体つきをしている男である。
聖女、いや、女神レイノーラを信奉する教団の司祭だ。
そして、彼女は思い知る機会があったのだが──黒塗りの短剣で、ギリギリの戦いをして追い詰められた経験を。
「その後、どうですか、"群狼の"アリムルゥネ。まだ冒険者をお続けになっておいでのようですが」
「司祭様の読みが外れて、この前はのカーリンブリア王国の騎士様から筋が良いと言われましたよーだ!」
ランディス司祭に対し、舌を出すアリムルゥネがいた。
「そうですか。私も鼻が鈍ったかな?」
「どうですか? 腕試し、なさって参りませんか?」
つばを飲み込むアリムルゥネ。
ランディス司祭の手にはすでに黒い短剣が握られている。
「ランディス司祭!?」
「離れてなさい、ウシュピア。いまからこのお姉ちゃんと面白い見世物を見せて差し上げます」
アリムルゥネは腰の小太刀を抜いて構える。
ミスリル銀の輝きが、倉庫街に漏れた。
「ランディス司祭、姉ちゃん……」
不安げなウシュピアをよそに、レイノーラの司祭ランディスと、"群狼の"アリムルゥネの第二回戦が始まろうとしていた。




