03-01 青き騎士
「いや、メロウエル卿、ワイバーンを追い込んでいただいて助かったのはこちらだ。感謝する」
巨大なグリフォンが木々の合間に降り立つ。
獅子の爪が、森の下生えをにそっと足を乗せる。
「冒険者の方とお見受けする。あなた方は?」
「ガイアリーフだ。こちらのエルフが──」
「アリムルゥネです!」
「オルファと申します、騎士様」
「ガイアリーフにアリムルゥネ、そしてオルファ殿。私はなにか礼をしたいのだが、あいにくと今は持ち合わせがない。カーリンブリア王国へお立ち寄りの時はこのメロウエルを訪ねると良い。なにかと便宜をはかって進ぜよう」
「それはありがたい。感謝する」
「うむ」
「それで一つ、お願いがあるのだが……」
「なにかね?」
「無茶なお願いとはわかっているが、俺たちは武者修行の身、一つ、俺の弟子のアリムルゥネに剣の稽古をつけてやってはくれないだろうか」
「ほう」
「彼女、アリムルゥネは騎士になりたいそうだ。相応の剣の腕を付けてやりたいのだが、なかなか相手に恵まれなくてな」
メロウエル卿が黒マント姿のアリムルゥネをちらりと見る。
──そして。
「宜しい。私で良ければ、一本相手をして差し上げよう」
「かたじけない。ほら、アリムルゥネ。お前からも!」
「あ、ありがとうございます!」
「防具はなにを着ていらっしゃる?」
「布の服です」
「では、得物は棒切れで良いな? 木の枝だ」
「は、はい!」
メロウエル卿は白銀色の剣を抜き、木の枝を二本落とした。そして先を揃え、適当な長さの木製の棒を二本作る。
「そら、エルフのお嬢さん」
アリムルゥネは一本それを受け取った。
「ありがとうございます」
と、受け取った瞬間、空気が凍る。
棒を構えた青い鎧姿。メロウエル卿の気配が一変した。
青い兜の下から零れる視線が赤い糸を引く。
気づけばアリムルゥネが腰を引いている。
「ひっ!?」
「こら、戦う前から呑まれるなアリムルゥネ!」
「は、はい師匠!」
と棒を構える弟子であった。
「いざ、尋常に勝負!」
ガイアリーフの掛け声。
メロウウェル卿は踏み込んだ。
青い鎧が金属の音を立てる。
胴を狙った突きである。
アリムルゥネは手元を上げる。
枝と枝が触れあって、メロウウェルの棒が上を向く。
アリムルゥネが踏み込んだ。
狙うは胴。
アリムルゥネの棒はメロウウェルの胴へと吸い込まれる。
──ところが。
メロウウェルが前進する。
彼の鍔元は、アリムルゥネの甲を叩く。
バシッと音がし、アリムルゥネの棒は地面に落ちた。
メロウウェル卿の棒は呆然とする彼女の喉元へ。
「勝負あり、かな?」
ガイアリーフが聞く。
「くぅ、負けました……」
がっくりと肩を落として悔しがるアリムルゥネ。
「落ち込むことはない。なにより素早いですし、筋が良いと思います」
と、あのレイノ教の司祭とは別のことを言う。
「ただ、重たい剣を持った時に、どうなるかが疑問です」
と。
剣。鎧。
アリムルゥネが強くなるためには、越えなければならない壁がまだまだ何枚もありそうだった。
メロウウェル卿は兜を脱いだ。
金髪碧眼の若者の顔がそこにある。
彼は汗を拭くと、兜を被り直した。
「ありがとうございました、メロウウェル卿」
「いや、なんの。私こそ助かりました。冒険者の方々。では!」
グリフォンの翼が唸る。
突風が吹く。
そして一陣の風と共に、メロウウェル卿は去って行ったのである。
◇
ガイアリーフらはワイバーンの飛膜を解体して持った。
結構広い膜である。もしかすると言い値で売れるかもしれない。
それにしても、先ほどの勝負。
アリムルゥネがそれなりの装備を揃えていれば、どう転んだであろうか。
アリムルゥネの突き。
その後のメロウエル卿の打撃。
アリムルゥネは耐えきれただろうか?
この押し掛け弟子のことを考え始めると、思いは尽きない。
ガイアリーフの前を行くオルファとアリムルゥネ。
そんなことを考えつつ、ガイアリーフは下山した。
◇
村長、そして狩人のハンスに説明する。
今回出た怪物はドラゴンではないが、それに劣らず危険な怪物であったこと。
見事退治して来たこと。
『エルフの』アリムルゥネが活躍したことなどを強調して話した。
「俺は空飛ぶトカゲは全部ドラゴンだと思っていたよ」
ハンスは喜んだ。
これで安心して狩りに行けると。
そして、帰り際、アリムルゥネに。
「エルフでも信用できる奴がいるんだな」
と、漏らしたとか漏らさないとか。
◇
白の街道の外れで焚き火を囲む。
串焼きの肉が、肉汁を垂れていた。
「ワイバーンの肉、淡白で美味しいですね」
「俺はちょっと焦げ目がついたくらいが丁度いいと思う」
「お肉ですか? お肉はちょっと……あら、お塩が効いて、これは美味しい」
アリムルゥネの言葉に、ガイアリーフが答え、控えめにオルファが添える。
黒々とした森の向こうの遠き山脈に日が沈んでゆく。
今日も一日、冒険者として生き延びた。
そんな一日が、また過ぎようとしていたのである。




