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02-08 悟らずの魔術師

 焚き火を囲んで、三人は腰を下ろす。


「オルファは、いつも手袋をしているの?」


 とアリムルゥネ。


「ああ、これ?」


 オルファは黒い手袋を脱いで見せた。

 その手の甲、左手の甲を見たガイアリーフとアリムルゥネは目を剥いた。


「そ、その魔法陣……!」

「違うぞアリムルゥネ。この紋章はハイマンの証。不老不死の刻印だ」


 三角形を基調とした、血よりも赤い入れ墨……いや、刻印が浮き出ている。

 刻まれているのだろうか。そしてそれは、奇怪なことに赤く明滅を繰り返していた。

 妖気が漂う。

 それだけで、ここ、白の街道の外れの空気が凍り付いたかのようだった。


「ハイマン!? 女神レイノーラ!」

「……なぁオルファ。あんた、誰かの生まれ変わりか何かか?」

「なんの自覚もないわ。ただ、その可能性はあるわね」


 女神レイノーラ、聖女レイノーラ。

 古の昔、魔王と刺し違えて死んだ半神、英雄神の名である。

 下町の倉庫街でこの神を信仰していたのが、ランディス司祭だ。

 レイノーラはハイマンだった。

 人間に交じって、極めて稀に生まれて来るらしい。

 不老不死ではあるが、不死身ではない。

 時代の節目節目に生まれて来るとも、彼ら自身が転生を繰り返しているともいわれている。

 多くの人々から、忌子として嫌われるか、祭り上げられて生きながらに神となる。

 その宿命を背負っているのが、彼らハイマンなのである。

 かつて、レイノーラはハイマンであったと記録されているが、その生まれ変わりは現在まで現れたという記録は無い。

 ただ、伝説だけを残すのみ。

 それが、彼らハイマンなのである。


「誰かにその紋章を見せたことは?」

「……あなたたちはこれから仲間になる人だから」

「ありがとう。でもオルファ、それは秘密にしておいた方が良いかもしれない。いらぬ騒動を呼び込みそうだ」

「そうね、それが良さそうね」

「それに先ほどの妖気、ただ者じゃない」

「もし、見せた瞬間俺たちが敵に回っていたら、どうするつもりだったんだ?」

「確信があったの。……あなた達は私の敵にならないって」


 夜空を焚き火の炎が焦がす。

 星が瞬く。

 運命の女神(ウーナ)の示す風は、東から西に吹いていた。


 ◇


 ジョッキにエールを注いで渡してくれたのは、店主のハーバジルだ。


「ん? ……魔術師か。ガイアリーフの客か?」

「俺の仲間だ。オルファ、紹介する。こいつはこの黄金の羊亭の店主のハーバジル。こいつの作る飯は美味い。紹介する仕事も妥当だ」

「そう」

「どこで見つけて来た。珍しいじゃないか、この街で魔術師なんて」

「中央広場の露店だ。露天商をやっていた。オルファ、ハーバジルが何か買ってくれるかもしれないぞ? 品を出してみてはどうだ?」

「そうね、石臼なんてどうかしら」

「石臼?」

「回すと塩が出てくるの。銀一億でどう?」

「……高すぎる。しかも必要ない」

「残念ね。……ああ、こうしてどの子も売れ残ってしまっちゃうの」


 少しも残念そうなそぶりを見せないハーバジルに、オルファは下唇を噛む。


「他にはないのか?」

「とある女神が使ったという言い伝えが残っている、水の吹き出る扇子があるわ。こちらは銀十億」

「……高すぎる。しかも、やはり必要ない」

「残念。……やっぱりこうしてどの子も売れ残るのね」


 オルファは顔を伏せる。


「あんた、オルファさん。……商売向いてないよ」

「自分でも薄々感じていたのです」


 気のせいか、オルファの周りの空気が淀む。


「そうめげることは無い。魔術の腕も、癒し手の技も、一流だから」


 ガイアリーフが助け舟。


「魔術の技はどの程度なんだ?」

火球(ファイヤーボール)は使えるのか?」

「使えます」

「……導師級か」


 <塔>の基準で言えば、弟子を取ることのできる実力を持ち合わせている、ということだ。

 それなりに凄い腕前と言えた。


「癒しの方は?」

「毒消しの奇跡を」

「そりゃすごい! ガイアリーフ、お前さんたいした娘さん捕まえたな!」

「ああ、心強い限りだ」


 こちらは<神殿>の基準で言えば、小さな街の支部を任されるほどの腕前と言える。


「これで嬢ちゃん、アリムルゥネも生き残る確率が上がるってもんだ」


 とハーバジル。


「私は負けないもん」


 アリムルゥネはリンゴを齧る。

 齧って齧って芯だけとする。


「この前、レイノーラの司祭と喧嘩して泣いてたのはどこのどいつだ」

「泣いてないもん。リンゴ! リンゴが食べたい!」


 わめきだした。


「……お子様じゃないか」

「だな」


 ガイアリーフはリンゴを一つ注文する。


「はら、アリムルゥネ。機嫌直せ。そんな事では剣の道は厳しいぞ?」


 と、親父から受け取ったリンゴを不貞腐れているアリムルゥネにそっと渡す。


「食ったら剣を取れ。稽古をつけてやる」

「はい、師匠!」


 カウンターに突っ伏していた上半身をガバリと起こすと、アリムルゥネは瞳をキラキラと輝かせて剣を振るのであった。

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