02-07 運命の女神の座する山
頭から呑まれた馬鹿がいる。
見れば、アリムルゥネの頭の上から花びらが覆い被さって、挟み込まれて持ち上げられようとしていた。
ガイアリーフは金属の筒から光の刃を生やすと、その花の上部を切断する。
アリムルゥネがどさりと落ちる。
花びらが力を失って、アリムルゥネを解放する。
「ぷはぁ!」
「全く! 人間相手じゃないんだ、工夫しないと勝てないぞ?」
「はい師匠!」
アリムルゥネの小太刀の一撃、ミスリル銀が煌めいた。
花がポタリと落ちる。
残りの花も、ガイアリーフとアリムルゥネが慎重に攻めていく。
距離を測り、相手との間合いを調べ、しそて相手の側面に回って花の付け根を一撃。
ガイアリーフが光の剣で手本を示してみれば、アリムルゥネが実践を二回繰り返しす。
……どちらも成功、ガイアリーフたちは怪物の撃退に成功したのである。
「花をなんに使うんだ?」
落ちた花びらをせっせと集めるオルファを見たガイアリーフが聞く。
「……薬に加工するんです」
「あんた、商売人だな」
ガイアリーフが向けた笑顔は、相手の笑顔を呼び寄せた。
◇
木々の背丈が低くなってくる。
そして、その先に大きな岩屋が見えた。
「おそらくあれが──」
「キマイラの住処!」
ガイアリーフの呟きを、アリムルゥネが引き継いだ。
身を隠す物はそのあたりに転がる岩しかない。
三人は岩伝いに隠れながら、その岩屋に近づく。
転がる岩には、古い文字が刻んである。
「『神々しきはノエル山、ああ、運命の女神の座する山よ』」
「なんだって?」
「この文字の意味です」
オルファが答える
「あんた、さすが魔術師だな」
「あまりお役に立ててませんが」
「……そんなことはない。それよりも、もう、キマイラには気づかれているだろうな」
「匂いと気配でばれてると思います、師匠」
アリムルゥネが答える。
「岩屋の正面に展開するぞ。アリムルゥネ、オルファさんを守れ!」
「はい、師匠!」
岩屋、崩れかけた遺跡の正面に光剣を持ったガイアリーフが飛び出した。
『人間カ。去レ。弱キ者共』
声だけが辺りに響く。
まるで野獣の呼び声。
それは金属を軋ませたような音だった。
よろめく人影が三体現れる。
腐れ切った、その皮膚。
剥き出しの筋肉は、生前の面影は無い。
盾と鎧、兜を付けたその姿。
武器を持った彼らは冒険者のなれの果てだと思われた。
「ゾンビ!」
オルファが叫ぶ。
「片付けろアリムルゥネ!」
「はい師匠!」
アリムルゥネは小太刀を抜き放つ。
そして、鞘から引き抜きざまに兜をかぶった腐った死体の胴体を一閃する。
「彼らは?」
「同業だろう。楽園に送ってやるんだ」
ガイアリーフはゾンビの首を刈る。
アリムルゥネは返す刀で残った剣士を袈裟懸けに切り降ろした。
「師匠! キマイラが来ません! どうするんですか? ゴブリンの時みたいに?」
「いいや。直ぐに出てくるぞ、剣を構えておけ!」
「はい師匠!」
ガイアリーフの予想通り、黒い影が物凄い速さで跳び出して来る。
それは人間二人ほどの大きさの、黒々とした生き物だった。
『人間!』
「キマイラ!」
これもオルファが看破する。
一瞬で怪物の正体を看破して見せた。
キマイラはそのオルファの声に呼応するようにUターン。
ガイアリーフとアリムルゥネの師弟に獅子の突進、同時に山羊の頭が呪文を紡ぐ。
『傷よ開け、血を流せ!』
ガイアリーフに飛び掛かった獅子の牙は、彼の腕を噛む。
間一髪よけて、アギトがガチリと噛み合わさる。
彼は怪物の胴に光の剣を突き差した。
刺さる光剣、金属の筒。
「師匠! うっ!?」
山羊の呪文は効果を現し、アリムルゥネの腕に傷ができる。
ガイアリーフに駆け寄った彼女は傷の痛みに耐えて、体当たり同然に怪物の翼へとミスリルの刃を走らせ裂いた。
飛び散る黒い血、オルファは狙う。
「マナよ、光の矢となりて敵を討て!」
三本の矢が現れ、光の矢は怪物の胴に突き立っては小爆発を起こす。
山羊の頭は呪文を唱える。
『汝の傷にて我を癒せ』
「きゃぁ!?」
アリムルゥネの太腿がざっくり裂けて、代わりにキマイラの腹の傷が癒えて行く。
ガイアリーフは短剣を取り出し、ライオンの顔に組み付いた。
口の端に短剣を指せば、そのまま耳まで裂いてゆく。
短剣を引き抜けば、大きく開いた獅子の顎の下、首に突き刺し抉る。
色を失う獅子の瞳、なにやら喚こうとする山羊の頭にアリムルゥネが組み付き首を掻き切った。
尻尾の蛇が、ガイアリーフに噛みつこうとして力なく垂れる。
彼らは、キマイラを倒したのである。
◇
土饅頭を三つ造ると、オルファが聖句を唱える。
「偉大なる神よ、戦いの中に散った彼らを無事に楽園へとお導き下さい」
「師匠、人間って弱いんですね」
「そうだ。だから剣の道を究めるんだろ?」
「師匠も弱かったんですか?」
「昔はな。大昔の話だ」
塗られた傷薬に巻かれた包帯。
オルファがせっせとアリムルゥネの傷の手当てをする。
「あんたには世話になった。オルファさん、あんたはこの後どうするんだ?」
「しばらくはフォルトに留まって、露店を出すつもりです」
「そうか。その後は?」
「……特に何も。ただ漠然と、失われた技、生まれつつある技を探して諸国を旅をしてきましたから」
「そうか。もし良かったら、俺たちと共に戦ってくれないか? 今の目標は、アリムルゥネ、こいつを一流の戦士にすることだ」
「私は騎士になりたいんです!」
「騎士……妖精騎士。銀の時代の終わりとともに、皆隠れた妖精騎士になりたいのですか、あなたは」
「はい!」
「面白い。わかりました。微力ですが私もお手伝いさせていただきます」
オルファは右手を出した。
彼女はガイアリーフとアリムルゥネ。この二人と握手を交わすのだった。




