02-06 ノエル山の恐怖
アリムルゥネはリンゴを齧る。
「うんまうんま」
カウンターで、ガイアリーフと並んで遅い朝食を取っている。
「……ガイアリーフ。お前さん方二人におあつらえ向きの仕事だ」
ジョッキを布巾で拭きながら、親父のハーバシルが口を出す。
「なにか化け物でも出たか」
と、ガイアリーフが問うと、
「良くわかったな。ちょっとした大取りものになりそうなんだ」
「敵の正体がわかっているのか?」
「キマイラだ。知ってるか?」
「知っている。獅子の顔に山羊の頭、それに蝙蝠の翼を持ち、尾は毒蛇という化け物だ」
キマイラ。
いろいろな動物の特徴を併せ持つ、厄介な難敵だ。
「倒せるか? ガイアリーフ」
「自信はある」
ガイアリーフはアリムルゥネを流し見て、頷いた。
「もちろん仕事、受けるよな?」
「……アリムルゥネ、黒い怪物だ。お前の体の二倍ほどはある、小山のような怪物になるが……どうだ?」
アリムルゥネは考える風でもなく、ガイアリーフの話に飛びつく。
その瞳はやる気で輝いている。
「はい、やります、やらせてください師匠!」
ガイアリーフは安心する。
「よし、良く言った」
ガイアリーフはジョッキのエールを飲み干すと、
「ハーバジル、俺たちはその仕事、キマイラ討伐を受ける。場所ほどこだ?」
と仔細を聞くのであった。
◇
ガイアリーフとアリムルゥネは市場にいた。
「師匠、キマイラ退治に向かわないんですか?」
「……準備が必要だ。奴は毒を持っている」
と、眺めたのは露店。
『毒消し 銀四百八十』
とある。
露天商は、見目麗しき魔導士風の娘だ。緑の髪を、馬の尻尾のように後ろに髪留めを使って止めている。
娘は他にも、巻物や謎の石など、雑多なものを目玉が飛び出るほどの価格で売っていた。
「毒消しですか?」
「そうだ」
しかし、どう見ても高い。
値切ることにした。
「銀四百八十頂きます」
「高すぎる。安くならないか」
「あれ? ……相場より安くしたはずなんだけど」
娘は考え始めた。
ガイアリーフは一計を案じる。
「君は毒消しの魔法を使えるか?」
「人並み以上には」
……毒消しの魔法が使えるのであれば話は速い。
「君を雇いたい。報酬は山分けだ。仕事はキマイラ退治。危険な仕事だが報酬は良い。……来るかい?」
「……ちっとも商品が売れずに困っていたところでした」
「高すぎるんだ」
「あれ? ……ボロリック商会の相場より安いはずなのに」
娘は店を仕舞い始める。
そして、たくさんあった商品を一つの小さな袋に収めてしまった。
どう見ても、魔法の品である。
「俺はガイアリーフ。剣を使う。そしてこちらがアリムルゥネ。こいつも剣を使う」
黒マントに深々と頭にフードを被ったアリムルゥネがフードは外して会釈する。
「ども」
「私はオルファと申します。魔術師ですが、癒しの奇跡も使えます」
娘はきれいに頭を下げた。
娘の手にした素朴な木の杖の、U字に曲がった先にある金属の糸が、きらりと煌めく。
これが、癒しの奇跡も使えるという魔術師オルファとの出会いであった。
◇
ノエル山。
中腹に遺跡の廃墟があるという。
どうもキマイラは、そこを根城にしているらしく、村の家畜を次々と襲っては、人々に恐怖をもたらしているらしい。
流れてきて、住み着いたのだと思われる。
キマイラによる被害は、白の街道沿いのエケ・パラ・トト。この三つの村落全てに被害をもたらしているようだった。
「山道は凸凹して歩きにくいな」
「私もです! 師匠!」
「お前は森や山河になれて……街育ちだったな、すまんアリムルゥネ」
ガイアリーフがエルフに嫉妬する。
アリムルゥネが少しだけ悲しい顔をした。
「良い道具がありますが、使いますか?」
「道具?」
ガイアリーフが耳を傾ける。
「魔法の絨毯です。高くは跳べませんが、足を付けずに地を這う程度の真似はできます」
「そんなものまで持ってるのかあんた!」
驚いた。
オルファ。この魔術師、こいつは何者なのだろう。
「使いませんか? 使えませんね……だから売れないんでしょうか」
「いや、だからあんたの価格設定がおかしいんだ」
「……そうでしょうか」
残念そうに彼女は顔を伏せる。
それに、ガイアリーフには思うところがある。
「止めておこう。頭上から襲われたときにとっさに対応できない」
「……確かに。ガイアリーフさん、ごもっともです」
オルファは納得したようだ。
「師匠! あの赤い花、変です!」
アリムルゥネが指差した。
血のように赤く大きな花びらを持つ植物が、五つの赤い花を揺らしながら根を足のように使ってにじり寄ってきている。
「|人食い花……」
魔術師は正体を看破した。
「オルファさん炎は禁止だ。というか、アリムルゥネ、俺たちだけで仕留めるぞ」
「どこを狙うんですか?」
「花を全部落とせ!」
「はい、師匠!」
アリムルゥネは小太刀を構えた。
「花びらを傷つけずにできますか?」
「やってみよう」
オルファからの提案に、訳も分からず請け負った。
「きゃ!?」
と、いきなり聞きなれた声の悲鳴が上がる。




