02-03 群狼の
長い金髪を風に流しながら、アリムルゥネは短衣一つでいた。
ここは闘技場。
彼女は今、小さな盾と短剣を一本だけ持たされ数匹の狼と対峙している。
『次の仕事は度胸付けだ』
ガイアリーフは、そう言い放った事を覚えている。
アリムルゥネに割れんばかりの声援と歓声と罵声を浴びせる大観衆。
『みんなに注目される緊張感の中で、適当な相手と戦ってもらう』
ガイアリーフはこうも言って、アリムルゥネを放り出して見たのだが。
じりじりと詰まる包囲の和。
一匹、二匹、三匹、四匹、五匹。
少し多くないかと思ってでもいるのか、間合いと狙いを計っているであろうアリムルゥネ。
慎重に、腰を低く落としていた。
機先を制してアリムルゥネが一歩前に出る。
大観衆が一瞬静まり返る。
左端の狼から飛び掛かって来た。
盾で力任せに顔面を殴りつけるも、力及ばず。押し倒すにとどまる。
二匹目、三匹目が足元に食らいつこうとする。
牙と爪が、浅くアリムルゥネの向き差しの肌を傷つける。
恐らくは苦痛に歪んだ、アリムルゥネの顔。
しかし四匹目の接近時には、その背中に短剣を突き下ろしていた。
仕留めることは出来なかったが、深手だったと思いたいであろうアリムルゥネがいる。
一匹目もやって来る。
一目見て拙そうだった。
アリムルゥネとて、一度に来られてはたまらないはず。
見れば、アリムルゥネは狼から闘技場内を走って逃げていた。
闘技場がどっと笑いに沸いた。
短距離走と急転換。
アリムルゥネはくるりと回る。
そして前に突き出す短剣一つ。
短剣は一匹目の喉を抉り取る。
そして足に食らいつく二匹目三匹目の頭を、跳んで器用に踏んで抑えるアリムルゥネ。
飛び降りざま、三匹目の首を切り裂き、飛び掛かって来る二匹目の頭を盾で殴る。
二匹目に追い打ちをかけるアリムルゥネ。
アリムルゥネの短剣はなおも飛び掛かって来る二匹目の喉を切り裂いていた。
四匹目に止めを刺して、五匹目に向き直る。
朦朧としている五匹目の目は血走って、涎を地にだらりと垂らしていた。
五匹目とアリムルゥネがと同時に地を蹴り飛び出しては交差する。
血飛沫が舞い上がる。
闘技場に響く絶叫、熱狂。
アリムルゥネは狼の顎を裂いていた。
彼女は立ち上がって短剣を高々と上げる。
『勝者"群狼の"アリムルゥネ』
闘技場の門が空く。
中にアリムルゥネが入って行くのを見届けたガイアリーフは、
客席から挑戦者控室へと向かったのである。
◇
アリムルゥネは傷に塗り薬を塗っている。
「アリムルゥネ。どうだった、闘技場は」
「一回戦で負けるって仰ってたのは師匠じゃないですか!」
「そうだな。でも、勝った。勝てた」
「まだ戦うんですか!?」
「いいや。今回のは特別枠での出場だ。前座だよ」
「前座?」
「ほら、この前話していた闘技場の覇者キンバリーと挑戦者の」
「ああ、覇者が私の後に戦ってらっしゃるんですね!」
と、大きな歓声が外で聞こえる。
「な?」
覇者を称える声だ。
「見に行くか?」
「行きます!」
「着替えなくても良いのか?」
「……後で!」
◇
試合はキンバリーが圧倒的に押していた。
プレートメイルを纏ったキンバリー。得物は両手剣だ。
チェインメイルを身にまとった挑戦者。得物は斧。
キンバリーが相手に向かって両手剣を振り回す。
斧の挑戦者はかいくぐろうとするが中々中に入れない。
キンバリーは相手の胸を裂く。
挑戦者は一歩下がる。
キンバリーは壁に追いつめる。
観客のブーイング。
キンバリーは相手を解放した。
覇者は再び両手剣を振り回し始める。
挑戦者は依然下がるだけだ。
観客のブーイングが大きく、酷くなり、ついには物が投げ込まれ始める。
衛兵が観客を制止し始めた。
手拭いが投げ込まれる。
覇者はその地位を守り、ガイアリーフとアリムルゥネは控室に戻ったのである。
◇
二人は黄金の羊亭に戻っていた。
「お前、そういえば二つ名を貰ったな」
「二つ名?」
と、ガイアリーフが言いかけると、横からジョッキにエールを注いだ神官服の男が現れる。
「そうとも勇者よ! いや、"群狼の"アリムルゥネ!」
「恥ずかしいから止めてくださいジョニエル司祭様」
嫌がるアリムルゥネに、ジョニエルは動じたそぶりも見せない。
「それはそうと、今日もキンバリーは強かったな」
一方的だった。
「圧倒的で、あれでは戦う相手が見つからないのではないか?」
観客が怒り出すのも無理はない。
「やはり、この前のユーイアムしかあ奴から位を奪い取る者はいないかもしれんな!」
ユーイアム。以前、覇者キンバリーに挑戦して、かなり良いところまで追い詰めた挑戦者である。
「敵を知り、己を知ること。神は仰った。『行為者は知識を完全に同化し、能力としなければならぬ』と!」
「今日闘技場に上ってみてどうだった? 知識も大切だが、実践もまた大切だとわかっただろう?」
「はい、師匠」
「次の仕事はと──」
ガイアリーフはアリムルゥネを盗み見る。
どうやら、闘技場は嫌なようだ。
「今度は闘技場以外の仕事だ」
息を吐き出すアリムルゥネ。そこに安心の顔がある。
闘技場で名は売った。
これで、街中に少々出歩いても、アリムルゥネの安全は確保される。
ガイアリーフは、秘かに作戦の成功を喜びつつ、本当にアリムルゥネに挑む愚か者が出ないことを祈るばかりであったのだ。




