02-01 ぼたん
アリムルゥネは合図を待った。
畑の中で、ミスリル銀製の小太刀を抜いて仁王立ち。
片手に小太刀、片手には──。
「行ったぞアリムルゥネ!」
「はい、師匠!」
鋭い牙を生やした赤と黒のまだら模様の猪めいた化け物が突撃してくる。
迷いなく、真っすぐにアリムルゥネの元へ。
アリムルゥネは思わずネットを投げようとする。
「馬鹿、もっと引きつけろ!」
「はい師匠!」
地響きを立てて突進してくる四足獣。
その目は怒りと混乱に支配され、血走った眼で突っ込んで来る。
「三」
土柱が上がる。
「二」
土煙が舞う。
「一」
赤い鼻が、鋭い牙が目の前だ!
「今、避けろ!」「ひえっ、師匠!」
アリムルゥネの左手からネットが翻る。
包まれるは化け物の顔面。そして前足。
もがく四足獣には絡まる絡まる。
「突き切れ! 喉を狙え! 掻き切るんだ!」
「はい、師匠!」
アリムルゥネは覚悟を決めて、素早い動きで獣に挑む。
獣の背中から近づいては、小太刀を横から喉に突き込んだ。
失敗、アリムルゥネは後ろ脚で強かに蹴られて転ぶ。
「アリムルゥネ!」
「あ痛!」
立ち上がり、今だにもがき続ける獣目掛けて二度目の挑戦。
またも獣の背中から近づくも、獣は目でアリムルゥネの動きを追っていた。
回り込まれてネットがほどける。
アリムルゥネは再突進。
急ぐガイアリーフはネットを投げる。
ネットは獣の鼻先へ。
派手に転んだ獣にアリムルゥネは狙い過たず喉。
獣は荒い息を吐き、アリムルゥネは素早く離れ、小太刀を引いた。
飛び散る赤き血潮があった。
じたばたと、もがく獣がいる。
終わった。
終わったが、アリムルゥネは蹴られた腿の打撲痕に軟膏を塗っていた。
◇
「この獣、何匹いるんですか!」
「十匹以上と聞いた」
「えー!?」
アリムルゥネはネットを投げる。
投げたネットは鼻先へ。
転んだ獣に素早く寄ると、アリムルゥネは喉を掻き切る。
「慣れてきました」
「慣れたころが怪我をしやすいからな? 気を付けろよ?」
「はい師匠!」
元気な返事を聞いたガイアリーフだったが。
「とはいっても、もう何匹目になる?」
「一の二の三……十八匹です!」
まだまだいけそうなアリムルゥネ。
「十八匹目か。報酬の分は働いただろう。引き上げるぞ。皮を剥げ。牙を抜け。マックリン商会に売る」
「……これも売り物になるんですか?」
「ああ、肉も売るぞ? 持っていけない分は近所の農家に配れ。喜ばれるから。そうして名声を稼いで行け、小さなところからな」
「お肉屋さんが開けそうです……」
「ああ、そっちの評判が立つかもな。でも大丈夫だ、こいつらは害獣だから、その心配はない。安心しろ」
◇
アリムルゥネは師匠、ガイアリーフの言葉通り近所の農家に肉を配って回った。
「これ、おすそ分けです。パラ村の皆さんで召し上がって下さい、何なら燻製にされて、冬の保存食にでもどうぞ」
黒のフード姿の女が肉を配って回る。
森にすむ魔女かと疑われもしなくはなかったが、おおむね喜ばれた。
「赤猪の肉です。新鮮なうちにお料理くださいな」
「冒険者さんが退治なさったの?」
「私、アリムルゥネが退治しました!」
と、師匠に言われたとおり、名も売っておくことを忘れないアリムルゥネだった。
「猪退治のアリムルゥネさんね! 覚えておくわ!」
笑われる。アリムルゥネも苦笑い。
でも、その時浮かんだ感情は喜び。
アリムルゥネにとって、嫌な心持ちではなかったのである。
◇
村の広場の隅に安置されていた石像は大地母神を模ったものだった。
それも、かなり古い。
像の前には、ささやかなお供え物も捧げてあった。
ガイアリーフは思う。
──おかしい。隣村のトト村にはこのような神像は祀られていなかった。
そして、ある農家の家の中では木製の聖女像を見る。
──ここには正しい信仰が根付いている?
正しいと言うよりも、他と比べても大差のない……おかしいのだ。あの村だけが、トト村だけがおかしいと言えた。
アリムルゥネにはガイアリーフがついている。
ゆっくりと調査し、確実に相手を仕留める。
犯人を捕らえ、どうするかはまた考えるとして、アリムルゥネに力を付けさせるのが、先の話だとガイアリーフには思えた。
あまりに危険なときは、ガイアリーフが単独で犯人どもを懲らしめてしまえば良いのである。
そう割り切れたとき、彼の心は軽くなるのであった。
そして、笑う。
彼が、ガイアリーフ自身が、アリムルゥネのことをいつも気にしているという事実に。
◇
フォルトの街に戻ると、二人はなじみの店、黄金の羊亭に戻った。
「──次の仕事なんだが、今、手は空いているか?」
「空いているとも。俺も、アリムルゥネも手が空いている。アリムルゥネを鍛えたいんだ。もっと手頃な、おあつらえ向きの仕事は無いか?」
「そうは言われてもな」
「剣士、戦士向けのやつが良い。そう、度胸がつくやつが一番良い」
ガイアリーフは言うと、店主ハーバシルから差し出されたエールをジョッキで飲み干した。




