00-10 謎の聖印
木立を抜けて、急ぎ走った。
「……遅かったじゃないですか!」
ガイアリーフが黒マントを掛けたアリムルゥネを背負って野営地に戻ると、商会員が出迎える。
「何かあったんです?」
「襲われていた。敵は倒した」
「寝ずの番をする。あんたは寝てくれ」
ガイアリーフは手の中の聖印を転がす。
それは、木に人間の男女が寄り添うように見える、ごく平凡な聖印である。
別段変わった点は見られない、銀製の聖印だ。
……細工物としてみた場合、そう精緻な細工ではない。
たいした値は付かないであろうと思われた。
「……この印をご存知か?」
「言え、見かけたこともありません」
「そうか、ありがとう」
ガイアリーフは聞くだけ聞くと、それを懐にしまった。
そしてアリムルゥネを寝かしつけては、商会員にも眠るように促したのである。
◇
アリムルゥネの言い分はこうである。
「ええと、林で落ち枝を拾っていたましたら、急に黒マントの男が現れて、当身を受けてしまいまして」
「……気を失ったわけか」
「はい、師匠」
アリムルゥネが沈む。
「お前が接近を許すとは、相当の手練れのようだな」
「いえ、私なんてそれほどのことは」
アリムルゥネは多少、照れていた。
気分は落ち着き、機嫌も少し、戻ったようだった。
商会員はガイアリーフたち二人の会話に何も口を挟んでこない。
関わり合いになりたくないのだろうということが、肌で伝わって来る。
ガイアリーフは、親身になってくれた店主、ハーバジルの顔を潰したかな? と一瞬だけ思い顔をしかめたが、直ぐに表情を消して歩き始めた。
◇
ガイアリーフは先に頭を下げた。
「マックリン商会には悪いことをした。エルフが拙かったようだ」
「なんだそれは」
髭面の親父は目を丸くする。
「まあ、冒険中少しあった。そこで商会の信用を少し傷つけた」
「それはお前、拙いぞ?」
目が危険な色を浮かべる。
「わかっている。埋め合わせの仕事があるなら、優先的に受けさせてもらう。これが俺たちにできる最大の侘びだ」
「わかった。まあ、良くないが良いだろう。俺が何とか話を通しておく」
親父の目が、優しくなった。
「ありがとう」
「ただ、こう言ったことが重なると困るがな」
「わかった」
ガイアリーフが頷く。そして、聞いた。
「それよりもハーバジル、信頼のおける鑑定士を知っているか?」
「もちろん知っている。が、金が要る。ピンキリだ」
親父は親指と中指の指先を合わせて丸を作る。
「だろうな。時が来れば聞く。ありがとう、ハーバジル」
「気になること言うじゃないか」
「まあ、今は忘れてくれ」
ガイアリーフはひらひらと手を振る。
「おい新顔、そんな事よりお前に頼みたい仕事があるんだが……」
◇
「鑑定に出すと良いんだろうが……金はかかるし、なにより足がつく、か」
シチュー皿を前に、ガイアリーフは迷っていた。
芋を頬張る。蕩ける。美味い。
根菜を噛む。噛まなくとも良いぐらい。やはりこれも美味い。
ハーバジルの料理の腕は確かなようだ。
「師匠?」
「いや、なんでもない」
首をかしげるアリムルゥネ。
ここは、アリムルゥネのためにも黙っていた方が良いだろうと、ガイアリーフには思えたのだ。
彼は例の、別の話題を切り出した。
「畑を荒らす害獣を追い払って欲しいそうだ。この仕事、騎士からは遠いが受けるか?」
「やります!」
アリムルゥネの瞳が輝いた。
「軽騎兵は領主の所領の巡回をし、こまごまとした雑事をこなす。騎士になるためには避けて通れない仕事ではある。だが、今の身分のまま受けても、騎士には近づかないが、それでもやるか?」
「やります! お金を貯めて防具のもっとしっかりしたものが欲しいです!」
アリムルゥネの顔に花が咲く。
防具。金属鎧。
……魅力的なのだろう。
「そうだな、そちらが先か。……冒険者としても、そちらが先」
「はい! 鎧が欲しいんです!」
と、アリムルゥネは元気に答えたものの、
「お前はエルフ。軽い鎧しか着れないぞ? と、なると自然と魔法の鎧。物凄く高価になるが、それでも良いんだな?」
「はい! 私はお金を貯めたいです!」
「良し! それでは、早速明日出発だ!」
「と、その前に、……を買っておけ」
「……ですか?」
「そうだ。必要な投資だ」
自信満々に言うガイアリーフに、アリムルゥネは不思議そうな顔を向けるのだった。
◇
街行く黒マントのアリムルゥネ。
アリムルゥネはフードを被り、種族の特徴は表に見えない。
それでも後ろにガイアリーフが付いた。
アリムルゥネが流し見たのは鎧だ。
金属ですっぽり覆ったプレートメイル。
そして、値札を見た。
銀、千二百。
隣の整理な彫刻の施された立派な魔法の鎧を見る。
銀、一万二千。
値段が十倍違ったのである。
値切ってもそれ相応の価格となるであろうと思われた。
ガイアリーフは別のものを追う。
エルフを見る人々の視線。
特徴的な視線は無いか、危険な香りのするものは無いか、特段匂う視線は無いか。
怪しい人物は見当たらない。
すべては取り越し苦労だと思いたい、ガイアリーフがいるのであった。




