00-01 魔剣、その名も……
男は死にかけていた。
戦である。敵は街に奇襲をかけて来たのだ。
鍛冶場。男はそこにいる。
悲鳴も消えた。
殺戮、略奪に走る男たちの声も遠くなった。
だが、この場の焼けただれた鉄は未だに熱を持ち、男の左腕を焦がし続けている。
……もう、炭化して動かないかもしれない。
男は死の間際まで、己が魂をかけて打ち出した武器のことを考えていた。
人ではなく、魔を切る剣。
そういったものを彼は作りたくて、魔法使いに、錬金術師に、聖職者に教えを請い、己が鍛冶に生かした。
その最高傑作が今、男の尻の下に敷いてある。
笑うことなかれ。
男は自分の身が切られようと、頭から熱湯を浴びせかけられようと、頑として己の最高傑作を隠し、守り通したのだ。
男は、間際の夢を見ていた。
男性の声がする。
女のような優しげな顔をしているが、これは男性の骨格だ。
男性は場違いにも、芝居小屋で見かけるような衣装。深紅のトーガを身に着けている。
おかしい。死の間際に来るのは、真白き衣装に身を包んだ聖女様ではなかったのか。
教団の教えが間違っていたのか。
男は疑問を覚えた。
「おい、生きたくはないか?」
思えば、間抜けな問いである。
戦場で、生きたくはないか、とは何なのか。
だが、男は頷いた。
──生きたい!
男がそう強く思ったからである。
話しかけて来た男性の右手が翻る。
男は頭から足の先まで、赤い液体をぶちまけられる。
次の瞬間、男は頭に濡れる感触を覚えた。
男の左手は今、熱さを感じた。
男の手が、男自身の手により引き戻される。
「楽になったか?」
男は今、神が本当にいることを知った。
いや、信じた。
目の前の男性こそが神なのだと。
「これをお持ちください」
男の言葉は自然に出ていた。
男の右手にたった今、握られたもの。
それは一本の金属の筒だった。
「これは剣でございます、命を助ける剣にございます。命を助けていただいたお礼に、あなた様がお持ちください」
男性は何も言わない。
ただ、薄く笑った気がした。
「刀鍛冶、名は?」
「ライトと申します」
「刀を一振り注文したい。次に私が来るまでに、人を殺す刀を一振り、作っておいて欲しい。魔剣とまで言われるような、素晴らしい傑作を頼む」
「あなた様、ご注文者様のお名前をお教えください」
「ガイアリーフだ。女みたいな名前だろう?」
男は去った。
三年後に来る、という言葉と、高価な体力回復薬の空き瓶を一つ残して。
剣匠ライト。
彼が一生涯を捧げて打つであろう二本目の剣は、街の復興直後から、制作に取り掛かられたという。
ライトが剣を打つその姿はまるで、なにかに憑りつかれたかのような、幽鬼の様なありさまだったと言われている。
◇
ガイアリーフは焼け落ちた街を歩いていた。
濡れたような金の髪、透き通った蒼い瞳、真白き肌。
細面の顔。
赤い服が、余計に目立つ。
そんな彼だったが、彼よりも目立つ存在を見つけた。
今だ煙の立っている街を散策していると、途端に敗残兵狩りに出くわしたのだ。
「へへへ、兄ちゃん、良い身なりしてるじゃないか」
「金目のもの、持ってるんだろ?」
「出しな! 金! 銀! 武器を置いていけ!」
と、男たちに絡まれるのは、ある意味必然と言えた。
「武器、武器か。面白い」
ガイアリーフは笑う。
男たちは互いを見つめて、
「頭が弱いんじゃないのか?」
「まあいい、殺して奪えばこっちのもんだ」
「いや、捕まえて奴隷に売ろう」
ガイアリーフは筒を取り出す。
銀色に輝く筒だ。
男の一人がガイアリーフに向けて、無造作に手を伸ばした。
ガイアリーフは筒を振る。
「ぎぁああああああああ!?」
男が絶叫する。
それもそのはず、男の手が途中から切断されていたのだ。
理由。
それはガイアリーフの手にある筒から伸びた光。
「ば、化け物……! いや、魔法使いだ!?」
「どっちでもいい、殺せ!」
残りの二人が襲い来る。
今度の彼らは腰の剣を抜いていた。
ガイアリーフは男のつま先を踏むと、胸に体当たりを食らわせる。
そして振り向きざまに後ろの一人の喉を光で刺す。
そしてまた回転。
驚く最初の男の首を刎ねる。
あっという間だった。
不思議と男たちの返り血は浴びなかった。
よく見れば、男たちの傷は全て焦げている。
血が一滴も流れ出していないのだ。
彼が、刃の消えた金属の筒を不思議そうに眺めていると、ふと、視線を感じた。
感じたほうに顔を向けてみる。
石造りの建物の影に隠れるように、それはいた。
年の頃、十五、六と思しき、金髪の少女であった。
その金髪は煤や埃で汚れ、まとったマントも泥や跳ね物で汚れきっている。
少女は嗚咽を繰り返していた。
ガイアリーフは声をかけた。
「なにをしている?」
「……っ!?」
驚かせてしまったようだ。
少女は驚いたのか、泣き出した。
「泣き止むことだ。死ぬぞ?」
ガイアリーフの言葉は、裏目に出たようである。
彼は、いつものようにそれ以上は言わず、無視してその場を去ろうとした。
しかし、彼のトーガを引く者がいる。
彼は驚いた。
彼の身のこなしは、こんな小さな少女に止められるものではなかったはずだからだ。
振りむくガイアリーフ。
涙をためて、ガイアリーフと必死に向き合う少女がいた。
いつの間に近寄って来たのだろう。
いつの間に服を掴まれていたのだろう。
彼にはわからない。
少女を注意深く観察する。
耳の先が尖っている。
妖精の、エルフの特徴だ。
このまま捨て置けば、死ぬか、誰かに……それこそ先ほどの様なならず者に掴って奴隷に売られるか。
どちらにせよ、彼には関係のないことだ。